第59話:反撃の盤面
神聖騎士団が時計塔の地下に構える本拠地は、隔離サーバーの薄汚れた路地裏とは一線を画していた。
剥き出しの電子回路と、清廉な白銀の防壁コードが幾重にも交差する作戦室。その中央に置かれたホログラムテーブルが、青白い光を放ちながらブラッドチェインの支配領域――このサーバーの立体マップを映し出している。
「驚きました。まさか、あのトップギルド『百華繚乱』の生き残りが、これほど短期間にレベル25まで到達し、さらに幹部ギルを退けるほどの固有スキルを開花させていたとは」
ルシウスは白銀の長剣を壁に立て掛け、俺たち4人に温かい回復薬の入ったカップを差し出しながら、心底感心したように息を吐いた。
「助かったよ、ルシウス。あんたのバフがなきゃ、あの場は厳しかった。……それで、さっき言っていた『ブラッドチェイン掃討作戦』の話、詳しく聞かせてくれないか」
俺は温かいカップを受け取り、マップの赤く染まった敵陣の座標を見つめながら切り出した。
手の内を読まれている。ギルマスに俺たちの戦術ログが筒抜けになっているという最悪の事態。それを覆すための鍵が、このトップギルドとの共同戦線にある。
ルシウスは表情を引き締め、ホログラムマップの中心――最も禍々しい真紅のノイズが渦巻くエリアを指差した。
「現在、ブラッドチェインのギルドマスターは、この隔離サーバーの最深部、システム中枢エリアに完全に居座っています。奴はサーバーの管理者権限を部分的にハッキングし、配下のプレイヤーたちにバグ武装を配り、この世界を私物化しているのです」
「管理者権限のハッキング……。だからあんな無茶苦茶な武器が作れるわけね」
メグが不快そうに顔を顰め、カレンも腰の剣の柄に手を当てて静かに憤る。
「ええ。我々『神聖騎士団』は、近いうちに全戦力を投入し、奴らの本拠地へ正面から総攻撃を仕掛ける計画を立てていました。ですが……奴の『学習能力』と、こちらの戦術を完璧に先読みしてくる情報網の前に、決定打を欠いていたのも事実です。しかし――」
ルシウスは俺、そしてカレン、メグ、闇風を真っ直ぐに見つめた。
「青真殿。貴方たちがレベル25に上がった瞬間、あのギルが『データにないバグコードだ』と戦慄したのを私は見ました。奴らの先読みの網を破る手段を、貴方はすでに持っているのではありませんか?」
その言葉に、俺は小さく笑みを浮かべ、自分のステータスウィンドウをルシウスと共有した。画面に表示されるのは、レベルアップで得た新スキル――『意念伝達』。
「これだよ、ルシウス。俺がさっき戦闘中に覚醒させたのは、思考をノータイムで仲間に共有する精神リンクのスキルだ。これを使えば、俺の『未来予知』で視た数秒先の未来の光景、敵の攻撃の軌道、そして最適の回避・迎撃座標を、カレンたちに1ミリの遅延もなく脳内に直接送り込める」
「……なるほど。口頭での指示やシステムメッセージを介さない、完全な『無遅延の連携』ですか」
ルシウスの瞳が、驚きと希望に輝く。
「そうだ。ギルマスがこれまでに収集した俺たちの戦術ログは、すべて『過去の行動データ』に基づいている。だけど、この『意念伝達』があれば、戦況のその瞬間、そのコンマ数秒の間に、俺たちが即興で構築する最新のハメ技(戦術)がそのまま実行される。過去のデータなんて、1ミリも役に立たなくなる」
俺はマップを指差し、具体的なカウンターハック作戦を提示した。
「ルシウス、あんたたちの主力部隊が正面から派手にブラッドチェインの軍勢を引きつけてくれ。敵の意識が神聖騎士団に向いたその隙に、俺たち4人と、最高戦力であるあんたの5人で中枢へ電撃突入する」
「私たちが、敵の喉元を突く刃になる、ということですね」
闇風が影から静かに声を上げ、その双剣の刃を確かめる。
「ああ。中枢への道中、おそらくあの『迅雷のギル』が執念で立ち塞がるはずだ。だけど、今度は返り討ちにする。カレンの『飛翔斬撃』、メグの『人形創造』、闇風の『隠密』。この全員の新スキルを、俺の『意念伝達』で繋いで、奴の想定を遥かに超える『完璧な4人ハメ』で今度こそ息の根を止める」
俺の言葉に、カレンが不敵に微笑み、メグが力強く頷く。
「いいですね。王道たる我々の攻勢と、貴方たちの想定外の知略。これが噛み合えば、あの傲慢な支配者を引きずり下ろせる」
ルシウスが右手を差し出してきた。
「やろう、ルシウス。あいつらにハメ殺される絶望ってやつを、今度はこっちが教えてやる番だ」
俺はその手を強く握り返した。
手の内を読まれた絶望は、もう過去のものだ。新たな力、新たな仲間、そして完璧な作戦。ブラッドチェインの支配体制を根底から粉砕する、電撃侵入作戦への秒読みが始まった。
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