第55話:時計塔の檻
「クソがッ! どこだ、レオンの部隊をハメやがったというチーターのゴミ虫どもはァ!」
深夜の『鋼鉄の街』、その入り組んだ迷路のような路地裏に、地鳴りのような足音と怒号が響き渡った。
凄まじい風圧と、周囲の瓦礫を吹き飛ばすほどの威圧感を纏って現れたのは、全身を黒と血色の禍々しい重装甲で固めた巨漢のプレイヤーだった。その背中には、並の人間では持ち上げることすら不可能な、身の丈を超える大剣が背負われている。
ブラッドチェイン幹部、ラスト。
その頭上に浮かぶレベル表示は、俺たちの視覚システムに強烈なエラーを吐き出すほどに真っ赤に染まっていた。レベル差は倍以上。ステータスの絶対値が違いすぎる。
男は偽の救援信号が発信されていた路地裏の中央に飛び込んだが、そこには死体一つ、戦闘の痕跡一つ転がっていない。ただ、冷たい夜気と静寂だけが彼を迎えた。
「あァ? 通信ログの座標は間違いなくここを指してやがったはずだろ……おい、どうなってやがる! レオンの奴らはどこへ消えた!」
「よう。わざわざ本拠地から全力疾走で出向いてくれて助かるよ、ブラッドチェインの偉いさん」
頭上からの乾いた声に、巨漢の幹部がガチリと金属音を立てて首を跳ね上げた。
路地裏を囲む、半ば崩壊した古い雑居ビルの屋上。そこから見下ろすように、俺、カレン、メグの3人が並んで立っていた。
「テメェらか……! 待ち伏せか? いや、あの救援信号は偽物か! 俺を誘い出すために通信システムを弄りやがったな?」
「気づくのが遅い。レベルの割に、頭のステータスは初期値のままのようだな。それとも、不正データに頼りすぎて自分の頭で考える脳みそが退化したか?」
俺があえて挑発的に、冷淡な笑みを浮かべて言い放つと、男の顔が怒りと侮蔑で激しく引き攣った。
「舐めた口を利くんじゃねえぞ、レベル10のゴミ虫どもがぁ! どんなチートを使ったか知らねえが、その程度のペラペラなステータス、俺の固有スキルでお前らの目の前に一歩近づくだけで圧死させられるんだよ!」
男が地面を踏み締めた瞬間、周囲の空気が強烈な重圧を帯びて目に見えるほどに歪んだ。
システム的な威圧効果による空間デバフ。そして魔力が込められた殺気によるプレッシャー。それだけで、屋上にいる俺たちのHPバーがジリジリと持続ダメージで削られ始める。これが上位プレイヤーが放つ、文字通りの『暴力』だ。本能が逃げろと叫びそうになる。
「死ねやァ!」
男が大剣を豪快に抜き放ち、建物の壁をへし折りながら垂直に跳躍してきた。一瞬で屋上まで届く、圧倒的な脚力ステータスの暴力による跳躍。
だが、俺は一歩も動かず、その大剣の軌道をただ見据えていた。
「メグ、今だ。隔離パケット、解放。位置座標を固定しろ」
「了解……いっけぇぇぇ!」
メグが手元の端末のエンターキーを強く叩いた瞬間、跳躍していた男の足元の空間が、激しい電子ノイズと共に入り乱れ、世界から『消失』した。
「なっ……が、あァ!? 体が、動か……、コマンドが受け付けねえ……!?」
空中へと飛び上がったはずの男の身体が、不自然な形で虚空に完全固定される。
そこは、時計塔のセーフエリアからシステム的に漏れ出している「判定境界線」と、この街の移動制限オブジェクト(進入不可領域)が、複雑なハッキングによって交差させられた、マップ上の『バグスポット』だった。
レオンの通信ログを解析した際、俺はこの街の防衛システムが特定の「パケット過負荷」を起こすと、周囲の座標オブジェクトが一時的に完全フリーズを起こす仕様を見つけていた。男の巨体は、あたかも透明な立方体の檻に閉じ込められたように、空中でピクリとも動けなくなっていた。
「ハメ殺すと言ったはずだ。お前のその自慢のステータスも、システム的に動けなければ、ただの削りやすい巨大な肉塊だよ」
俺は冷徹に、宙吊りになった幹部を見下ろした。完全なシステムハメの完成だった。
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