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第54話:蜘蛛の糸

「本当にこれで引っかかると思う、青真?」

薄暗い時計塔のセーフエリア内。メグが不安そうに眉をひそめながら、目の前のホログラムウィンドウに複雑なコードを叩き込んでいた。

外の鉄錆と血の匂いが嘘のように静まり返った空間で、俺は腕を組んで虚空に浮かぶブラッドチェインのデータを睨みつけていた。


「かかるさ。ブラッドチェインは、この『鋼鉄の街』を力と不正データで完全に掌握しているという絶対的な自負がある。レベル28の隊長である『剛剣のレオン』が、レベル10そこそこの『バグ塗れのチーター』にHPを3割も削られて無様に敗走したんだぞ? 組織の面子は丸潰れだ。彼らのプライドの高さこそが、今回最大の脆弱性バグになる」


レオンとの戦闘中、俺たちはメグのハッキング技術によって、彼の通信パケットからブラッドチェイン内部の「緊急連絡網」へアクセスするためのマスターキーを引っこ抜くことに成功していた。

俺がメグに指示して仕込ませたのは、その緊急連絡網を逆流させる『偽の救援信号パニック・ログ』だ。


その内容は、ある特定の入り組んだ路地裏で、レオンの部隊が「未知の即死デバフを持つチーター」に完全に包囲され、全滅寸前であるという深刻なフェイクデータだった。

「レオンたち本人は、今頃別のセーフエリアに逃げ込んで、必死に状況を上層部に報告しようとしているはずだ。だが、俺たちが流した偽の緊急ログのシステム優先度は、通常の報告通信より遥かに高く設定してある。ブラッドチェインの『上』がそのログを見た瞬間、それが通信エラーや偽物だと疑う前に、最優先の迎撃指示として身体が動くようにシステムを誘導した」

「……相変わらず、相手のプライドだけじゃなく、組織のシステム構造そのものをハメ技のパーツに使うわけね」


カレンが傍らで黒鉄刀の柄にそっと手をかけながら、薄く笑みを浮かべた。その涼しげな瞳の奥には、これから始まるであろう圧倒的な「格上狩り」(ジャイアントキリング)への、静かな高揚感が宿っているのが分かった。

「青真、応答があったわ! ギルド上層部……幹部クラスの固有IDがロケーションマップ上で動き出した!」

メグの声が緊張で鋭く弾む。


ウィンドウに表示された街の立体マップ。その中心部にあるブラッドチェインの本拠地から、信じられない速度でこちらへと直進してくる、禍々しいほど巨大な赤色マーカーが出現していた。

「速い……! なにこれ、通常の移動速度スピードステータスの限界値を完全に無視してるわよ!?」

「アイアングリッチの『特権データ』による不正加速コードか、あるいはそれと同等のシステムバグを利用した移動技だな。やっぱり釣れた。バレットたち前線部隊を裏で指揮していた、ブラッドチェインの『幹部』だ」


俺の脳内アラートが、激しく警報を鳴らし始める。

レベル10の俺たちからすれば、相手はかすっただけでHPバーが消し飛ぶステータスの化け物だ。まともに正面から戦えば、一瞬で肉塵に変えられてデスペナルティを迎える。

だが、恐怖と同時に、俺の口元は自然と歪な形に吊り上がっていた。戦術の組み立てが、相手の動きと完全に噛み合った瞬間の快感が、脳を支配していく。


「さあ、案内してやろう。レベル差なんて何の意味も持たない、この『鋼鉄の街』で一番最悪なハメ殺しの舞台へ」

俺たちは時計塔のセーフエリアを飛び出し、鉄錆びた路地の闇へと滑り込んだ。蜘蛛の糸はすでに張られた。あとは、獲物が自ら導火線に火をつけて飛び込んでくるのを待つだけだ。

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