第53話:一手違いの綱渡り
メグが放った「偽のバグ報告パケット」は、ブラッドチェインの網に見事にかかった。
だが――その獲物の動きは、俺の想定を遥かに超えて速かった。
「――いたぞ。ログにあった『チートツール』の出処はコイツらだ」
古びた時計塔のセーフエリアから出た直後、路地の屋根の上から、冷徹な声が降ってきた。
見上げれば、そこには2人の影。
ひとりは、巨大なライフルを構え、すでに銃口をこちらに向けている男――【狙撃の隊長】バレット(Lv.29)。
そしてもうひとり、その傍らで不敵な笑みを浮かべるのは、両手に漆黒の双剣を握った小柄な影――【幻影の隊長】シノ(Lv.27)だ。
(しまっ……五人隊長が同時に2人だと……!?)
背筋に冷たいものが走る。
レオンを退けたことで、向こうもこちらの「ハめ技」を完全に警戒している。だからこそ、現場の最高戦力である隊長格を2人同時に投入し、確実に俺たちを圧殺しにきたのだ。
「メグ、闇風、下がれ! カレン、上だ!」
ガチッ、と脳内の【未来予知】が起動し、「2秒後」の未来の映像が俺の網膜に焼き付く。
バレットのライフルから放たれる『足止め(バインド)弾』がカレンの足を止め、その1秒後、不可視化したシノがカレンの首を背後から双剣で掻き切る最悪の未来。
(カレンのフィジカルでも、バインド弾を食らったらシノの不可視の奇襲は避けられない。カレンが落ちれば、前衛を失って俺たちは10秒持たずに全滅する。……クソ、相変わらずレベル差のある対人ガチ勢の連携は、一歩の妥協もなくてやばいな……!)
一瞬でも判断を誤れば、そこで即死してゲームオーバー。心臓が嫌な音を立てて跳ね上がるのを、俺は奥歯を噛み締めて強引に抑え込んだ。
「カレン、そのまま動くな! 弾道を右肩で受けろ!」
「了解!」
カレンは避ける動作をあえて止め、大柄なバインド弾を右肩の装甲で受け止めた。
パシィィン! と不気味なエフェクトが弾け、カレンの足元に強固な『拘束』の鎖が絡みつく。
「かかったな。どれだけハック知識があろうと、動けなければただの肉塊だ」
屋根の上のバレットが勝ち誇ったように引き金を引く。
(いや、かかったのはアンタらだ……!)
俺は冷や汗の流れる手で、システムウィンドウの「ある項目」を激しくタップした。
「メグ、今だ! カレンの『装備重量フラグ』を書き換えろ!」
「任せなさいっ!」
メグがデバイスに仕込んでいた割込コードを実行する。
カレンが装備しているのは『見習い用の黒鉄刀』と、ペラペラの初期防具。システム上、彼女の重量ステータスは「超軽量」に分類されている。
だが、メグが通信パケットを書き換えた瞬間、カレンの重量データが一時的にバグを起こし、ゲーム内最高値の「超重量」へと上書きされた。
「――なっ!?」
直後、カレンの背後に「完全不可視」の状態で躍り出ていたシノが、驚愕の声を上げた。
シノが仕掛けたのは、相手の操作入力を反転させてハメる暗殺スキル。しかし、その前提条件は「自分より体重(重量フラグ)が軽い相手」への奇襲成功だった。
『システム判定:対象の重量がスキル許容値を過大に超過――物理演算を強制リセットします』
「うわああああっ!?」
突如として発生した物理演算のバグ(同期ズレ)により、カレンの「超重量」に弾かれる形で、不可視化していたシノの身体が激しく後方へ吹き飛んだ。システム的な無理が祟り、シノの隠密バフが強制解除され、その無防備な姿が白日の下に晒される。
「闇風、シノの硬直時間は1.5秒! 『影踏み』からバックスタブで肉壁にしろ!」
「――ハッ!」
影から飛び出した闇風の短剣が、吹き飛んだシノの背中に深く突き刺さる。
形勢は一瞬で逆転した。だが、俺のシャツは、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
(今の重量フラグの上書き、メグのパケット送信があと1フレーム遅れてたら、カレンの首が飛んでた……。マジで綱渡りすぎるだろ……!)
内心の恐怖を押し殺し、俺は屋根の上のスナイパー、バレットへ向けて不敵な笑みを浮かべてみせた。
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