第51話:仕様の死角
「――見つけたぞ、ネズミども」
時計塔のセーフエリアを出てわずか数分。第2層の裏路地を進む俺たちの前に、重々しい足音が響いた。
現れたのは、大剣を軽々と肩に担いだ男――ブラッドチェインが誇る隊長のひとり、『剛剣のレオン(Lv.28)』。その背後には、完全に統率された動きの精鋭プレイヤーが3人、退路を断つように布陣している。
「レベル28……! 周りの取り巻きも全員レベル25オーバーよ!」
メグがノートPCの画面を睨みながら、声を潜めて警告する。
「下っ端のログを見た。レベル10の分際で1フレームの判定をハックしてパリイを決めたそうだな。……だが、タイミングが生命線のカウンターだ。その『タイミング』を狂わされたら、どうなるかな?」
レオンが不敵に笑う。
(来る――!)
脳内の【未来予知】が、レオンの最速の踏み込みを捉えた。
「カレン、前を任せる! 奴の初撃は大剣の『ブレイク・ストライク』だ。さっきと同じ判定の隙間に――」
「言ったハズだ、対策済みだと!」
レオンが巨体に似合わない速度で肉薄する。カレンが迎撃のため黒鉄刀を寝かせ、完全パリイのフラグを立てようとしたその瞬間、レオンは大剣を振り下ろす直前で、あえて不自然にその動きを「静止」させた。
(――しまっ……【ディレイ(攻撃遅延)】……!?)
奴はあえて攻撃の発生を数フレーム遅らせたのだ。カレンのパリイの受付時間が切れた『1フレーム後』を正確に狙う、対人ガチ勢の高等技術。
このままではカレンの防御が破られ、レベル28の威力が直撃して即死する。
「メグ、カレンの足元へ『アクア・ショット』! 弾道はカレンの背中だ!」
「えっ!? 身内撃ちしろっての!?」
「いいから撃て!」
メグが混乱しながらもデバイスを叩く。放たれた水弾が、カレンの背中に命中した。
当然、ダメージは発生する――だが、俺の狙いはそこじゃない。
『ノックバック判定:微小(後方へ1マス強制移動)』
「きゃっ……!?」
水弾の衝撃で、カレンの身体がわずかに後ろへ弾かれた。その直後、レオンの大剣が、カレンが先ほどまでいた地面を激しく叩き割った。
ドゴォォォン!!
「なっ……!? 仲間を撃って位置をズラした(位置同期を強制上書きした)だと!?」
レオンが驚愕の声を上げる。
ディレイをかけて確実に肉体を捉えるはずだった大剣は、フレンドリーファイアの【仕様】による強制移動で、完全に空振りに終わった。攻撃モーションの空振り――それは、大剣ビルドにとって致命的な「超巨大な硬直時間(隙)」の発生を意味する。
「闇風、レオンの右斜め後方! 奴の大剣の物理演算が切れる前に『影踏み』で回り込め!」
「――終わらせます」
大剣を振り下ろした姿勢のまま固まっているレオンの死角へ、闇風が音もなく滑り込む。放たれたのは、防御力を完全に紙にする『装甲貫通』の連撃。
ザシュザシュザシュッ!!
「ぐあああっ!?」
レオンの巨体がよろめき、HPバーが一気に3割ほど消し飛んだ。
「チッ、総員、コンボを切り替えろ! 陣形を――」
レオンが慌てて部下に指示を出そうとした、その時だった。
彼のシステムウィンドウに、突如として赤い警告エラーが乱舞した。
『警告:未知の暗号化通信を検知』
『ギルドマスター直通ライン:強制混線』
「な、なんだこれは……!? ログが書き換わって……」
レオンが目を見開く。そのウィンドウの奥で、メグがノートPCを叩きながら不敵に笑っていた。
「残念。あんたたちの精鋭が位置についてコンボの通信を交わした瞬間、そのパケットの暗号、全部ぶっこ抜かせてもらったわ。……ねえ、これ、あんたたちのギルドの上位ログ。変なバックドアが仕掛けられてるわよ。これって『アイアングリッチ』の割込コードじゃない?」
「お前……何者だ……!?」
レオンの顔から余裕が完全に消え去り、驚愕と戦慄が一気に広がっていく。
レベル差18の隊長格すら、システムの仕様とフレンドリーファイアを逆手にとったロジックで翻弄する。
さらに、裏で蠢くアイアングリッチの尻尾を、俺たちは確かに掴みかけていた。
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