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第50話:敗走と波紋

「ハァ、ハァ……クソがっ! なんだよあのレベル10の群れは……!」

鉄格子の並ぶ薄暗い路地裏を、ブラッドチェインの突撃兵は傷ついた術士を肩に担ぎながら、必死の形相で走り抜けていた。

レベル26と25。この第2層「鋼鉄の街」において、一般プレイヤーを狩る側であるはずの自分たちが、たかがレベル10の初期装備混じりのパーティに完敗した。その事実が、走る足元を恐怖で震わせる。


「おい、お前ら。そのザマは何だ」

冷徹な声が、路地の奥から響いた。

突撃兵がハッとして顔を上げると、そこには数人の精鋭プレイヤーを従え、大剣を地面に突き立てて待つ一人の男がいた。

その胸元にある赤いギルドエンブレムには、下っ端のそれとは違う、隊長格を示す意匠が刻まれている。ブラッドチェインが誇る実力者――『隊長』の一人だ。


「た、隊長……! す、すみません! 斥候任務中に、イレギュラーな4人組に奇襲を受けまして……!」

「奇襲? 笑わせるな。ログを見ればお前たちが仕掛けたのは一目瞭然だ。おまけに、レベル26のお前がコンボを止められ、逆に完封されたようだが?」

隊長の冷たい視線が、突撃兵のシステムウィンドウに表示された戦闘ログを射抜く。


そこには、信じられない文字列が並んでいた。

『シールドバッシュ:1フレーム判定によるパリイ(強制硬直フラグ発生)』

『雷属性魔法:水属性干渉による漏電ショートによりスペルキャンセル』

「……バグか? いや、システムを完全に理解して『狙って』潰されているな。レベル10の分際で、我がギルドの対人コンボを『仕様の穴』で破るとはな」

隊長の目が、獰猛な細目へと変わる。


「あ、アイツら、ステータスはゴミのハズなのに、こっちの動きが全部読まれているみたいで……!」

「もういい、下がれ。幹部の方々に報告するまでもない、俺の部隊だけで処理する」

大剣の隊長は短く告げると、背後の精鋭たちを振り返った。

「面白い。下っ端相手ならともかく、俺たちの隊の『複合コンボ(マルチリンク)』が相手でも、同じ真似ができるか試してやろう。総員、あの4人組を総力でマークしろ。捕らえて、その技術をすべて吐き出させる」


「――はっ!」

数人の精鋭たちが、一斉に影へと消えていく。隊長は大剣を肩に担ぎ直し、青真たちがいるであろう座標を睨みつけた。

一方、その頃――。

俺たちは、下っ端たちの追撃を警戒しつつ、鋼鉄の街のセーフエリア(安全地帯)である古びた時計塔の内部へと移動していた。ここなら、常時PvPエリアであっても攻撃の判定自体が発生しない。


「ふぅ……。ひとまずは安全ね。それにしても、レベル25オーバーの相手にあんなハメ技が綺麗に決まるなんて、正直心臓が止まるかと思ったわよ」

メグがノートPCの画面を閉じ、大きく息を吐き出す。


「メグさんの水たまりを使った『漏電ハメ』、お見事でした。おかげでバックスタブの確定クリティカルまで綺麗に繋がりましたよ」

闇風が短剣を鞘に収めながら、メグへ小さく笑いかける。

「カレンも、あのレベル差のシールドバッシュをよく1フレームで合わせたな。見事な黒鉄刀の捌きだった」


俺が言うと、カレンは『見習い用の黒鉄刀』を愛おしそうに見つめながら、少し照れたように微笑んだ。

「いえ、青真の『未来予知』の指示が正確だったからです。あの瞬間に刃を寝かせろなんて、普通じゃ絶対に思いつきませんから」

「だが、これで俺たちの存在は、あの『ブラッドチェイン』に確実に知られたはずだ」

俺は腕を組み、時計塔の窓から外の鉄格子の街並みを見下ろした。


「下っ端であの連携だ。おそらく次に来るのは、現場を統括している隊長クラスだろうな。こちらのハメ技すら事前に対策したコンボを組んでくるはずだ。ゲームの『仕様』を武器に戦うのは俺たちの専売特許だが、向こうも対人戦のプロだ」

「じゃあ、どうするのよ? 囲まれる前に、この階層のクリア条件を満たして次の層へ逃げる?」


メグの問いに、俺は不敵な笑みを浮かべた。

「いや、逃げない。むしろ好都合だ。あのギルドの接続ログを調べれば、この隔離サーバー(リベラル・ワールド)の裏で糸を引いている『アイアングリッチ』へのアクセスキーが必ず見つかるはず。まずはやってくる隊長とその部隊を全員ハめ殺して、そのデータを根こそぎ奪い取る」


レベル10の最弱パーティが、エリアを支配する巨大対人ギルドの精鋭部隊を逆に「狩る」側のターゲットに据える。

俺たちの、この仮想世界における本格的なハック&カウンターの幕が、ついに上がろうとしていた。

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