第49話:鉄の狩人
眩い金と青の光が収まり、ゆっくりと視界が戻ってくる。
最初に肌を刺したのは、冷徹なまでに無機質で、重厚な歯車が組み込まれた建築群が並ぶ『リベラル・ワールド』の第2層――「鋼鉄の街」の空気だった。
「……みんな、無事か?」
俺――青真は、手にした初期装備の杖(レベル10の補正でわずかに魔力のラインが走っている)を構えながら、周囲を鋭く見回した。
「はい、青真。怪我はありません」
カレンが衣服の埃を払いながら立ち上がる。その手には、レベル10に到達した際に初期装備として支給された『見習い用の黒鉄刀』が握られていた。初期武器とはいえ、この階層の物理演算に適合した鋭い金属光沢を放っている。
「周囲にモンスターの反応はなし。……ですが、ここ、今までのエリアと違って『常時PvP(対人戦闘)可能エリア』に指定されていますね」
闇風が虚空のシステムウィンドウを叩きながら、鋭い視線で周囲の路地を警戒する。彼の姿は、進化したスキル【影踏み】の残滓か、光の当たり方によって輪郭が陽炎のようにブレていた。
「ちょっと、何これ……。私のPC、このエリアの接続ログを拾い始めたんだけど、この階層、一般プレイヤーを無差別に狩り尽くしてる凶悪なPvP専用ギルドが占有してるわよ。名前は――『ブラッドチェイン』」
メグがノートPCの画面を睨みつけ、苦々しく眉をひそめる。
(運営の目を盗んで潜伏したこの隔離サーバー。やはり、一筋縄ではいかない対人ガチ勢の巣窟か……)
俺の脳内にある、進化した【未来予知】が、前方の暗がりから接近する「明確な殺意」を即座にロジックとして弾き出した。
今までは数秒先の敵の動きを線で見せるだけだった。だが今は違う。暗闇の奥、曲がり角の向こうから迫る「2人のプレイヤー」の連携ルート、そして0.5秒後にこちらへ放たれる『対人即死コンボ』のタイムラインが、明確なビジョンとして脳内に直接流れ込んでくる。
「……来るぞ。カレン、下がるな! 前衛の盾を受け止めろ!」
俺の鋭い指示と同時に、路地の奥から禍々しい赤いエンブレムを身にまとったプレイヤー2人組が飛び出してきた。
『ブラッドチェイン・突撃兵(Lv.26)』
『ブラッドチェイン・術士(Lv.25)』
「ハッ、レベル10のゴミが迷い込んできやがった! 動きを止めて焼き殺せ!」
巨大なタワーシールドを構えた突撃兵が、凄まじい速度で距離を詰め、カレンに向けて『シールドバッシュ』を放った。
それと同時に、後衛の術士が雷属性魔法、ライトニング・ボルトの詠唱を一瞬で完了させる。
奴らの狙いは明確だ。突撃兵のシールドバッシュによる【ノックバック】。その吹き飛びモーション中の『完全行動不能(硬直状態)』に対し、術士の最大火力の雷撃を確定で着弾させる、ブラッドチェイン得意の対人ハめ殺しコンボ。
レベル差は15以上。まともにコンボを喰らえば、カレンは一撃でHPを消し飛ばされる。だが、俺の【未来予知】の視界には、その美しいコンボの「繋ぎ目」にある、システム上の致命的な隙間がハッキリと見えていた。
「カレン、黒鉄刀を水平に寝かせろ! 相手の盾が触れる直前、1フレームの隙間に刃を滑り込ませて――【パリイ】の強制フラグをハックしろ!」
「やぁぁぁッ!!」
カレンが叫び、黒鉄刀を突き出す。
本来ならレベル26の突進を受け止めることなど不可能なはず。しかし、カレンの黒鉄刀がタワーシールドの「最も物理演算の計算がブレる極小の判定の隙間」にジャストで触れたことで、システム側が強制的に【完全パリイ】として処理。
レベル差によるダメージ計算やノックバック判定が行われる前に、『攻撃の無効化と体勢崩し』が確定してしまった。
ガキィィィン!!
「なっ……!? モーションキャンセル……だと!?」
突撃兵が愕然と目を見開く。ノックバック硬直が発生せず、逆に突撃兵が大きな隙を晒してその場に棒立ちになった。
「コンボが途切れたぞ! メグ、後衛の術士の足元へ水属性の初期魔法! 闇風は術士の背後へ『影踏み』だ!」
「合点承知! レベル差があっても、足元の『地形効果』までは無視できないわよ!」
待機していたメグが、初期装備の魔導デバイスを叩いて即座に簡易詠唱を完了させる。
術士の足元の石畳に一瞬で水溜まりが広がった。そこへ、術士が放とうとしていた「雷属性魔法」の余剰エネルギーが干渉し、システム上の『漏電』が発生。術士の身体に微小な感電硬直フラグが立ち、一瞬だけ回避行動が完全にロックされる。
「――そこです」
メグの機転によって完全に足を止められた術士の背後から、陽炎のように闇風が姿を現した。
ザシュッ! と、容赦のない短剣の連撃が術士の首筋へ叩き込まれる。闇風の『装甲貫通』と【バックスタブ】が重なり、確定クリティカルが炸裂。
『会心の一撃(確定クリティカル)!』
「がはっ……!? クソ、HPが……っ!」
HPの大半を瞬時に削られ、魔法をバックファイアさせられた後衛の術士が悶絶しながら吹っ飛ぶ。
「チッ、おい! 一旦引くぞ!」
レベル10とは思えない異常な精度のカウンターに戦慄した突撃兵が、大慌てで傷ついた術士を抱え上げると、路地の奥へと脱兎のごとく逃げ出していった。
「ふぅ……。深追いしなくていい。レベル差がある以上、仕留め損ねた奴らが本気で牙を剥いてきたらジリ貧だ。今はこれで十分さ」
俺は初期装備の杖を収めながら、冷徹に言い放った。
「どれだけ強力なハめコンボだろうが、起点の1フレームを潰しちまえばただの自滅回路なんだよ」
対人ギルド『ブラッドチェイン』の凶悪な連携を鮮やかに撃退した俺たちだったが、これがこの階層を支配する狂ったPvPハックの、ほんの序の口に過ぎないことを、俺はまだ知らなかった。




