第38話:クソ運営、まさかのサイレントアップデート
街の中心にそびえる電波タワーから放たれる、不気味な紫色の電磁波。
それによって引き起こされた強力なネットワーク干渉により、臨海地区の監視カメラの映像や通信インフラのデータは、まるでモザイクのように激しくひび割れていた。
俺たちは蓮会長の用意した臨時のセーフハウス――地下コンテナを改造した、電波遮蔽性の高い部屋へと一時的に退避していた。だが、敵の放つ妨害電磁波の出力は凄まじく、鉄壁のはずの部屋のモニターすら、紫色の電子ノイズを放ちながら不自然に同期を乱し始めている。
「……私たちのデータの同期率、すでに78%を突破。現在も秒単位で上昇中よ」
メグが血の気の失せた顔でノートPCのキーボードを叩く。画面に表示されているのは、一般市民のデータではなく、俺たちギルド『百華繚乱』をはじめとする「この街に潜伏しているプレイヤーたち」の精神データログだった。
「この同期率が100%に達した瞬間、私たちプレイヤーの意識は、運営のサーバーに完全に吸い上げられて固定される。一般の人は電波障害にしか気づかない裏で、私たちリベラルワールドのプレイヤーだけが現現実世界の肉体を『もぬけの殻(寝たきり)』にされて、意識だけがあっちの仮想世界に完全上書きされちゃうってこと。」
カレンが悔しそうに拳を握りしめる。
「青真、何か……何か手はないんですか? いつものように、奴らの仕様の穴を突く方法は……!」
すがるようなカレンの視線。だが、俺――青真の脳内にある『予測演算』は、いつになく冷酷な「勝率ゼロ」の破滅の未来ばかりを網羅し、視界を真っ赤に染め上げていた。
(クソが……ダメだ。計算が合わねえ……!)
今回ばかりは、敵の規模が違いすぎる。さっき倒した【DEBUG-01】は、ただの「先鋒(単一のデバッグプログラムを組み込んだドローン端末)」に過ぎなかった。だが今の相手は、高出力の電磁波を用いて俺たちプレイヤーの通信回線をピンポイントでジャックし、強制的にデータを隔離しようとしている「システムそのもの」だ。
いくら俺がゲーム知識を駆使して、個別端末の索敵ロジックや暗号化IDの隙を突いたところで、サーバー側から通信回線ごと強制同期されたら、そんな小細工は一瞬で押し潰される。チェス盤そのものをひっくり返されようとしているのに、駒の動かし方で勝てるわけがないのだ。
「……ここまで、なのか」
俺の口から、無意識に弱音が漏れた。
伝説のゲーマーだ、無敗の軍師だと祭り上げられても、俺の現実の肉体はただのクソ雑魚ステータス。物理的な電波の出力差という圧倒的な現実の暴力を前にすれば、ただ意識を奪われるのを待つだけの無力な存在でしかない。
部屋全体を、重苦しい絶望の沈黙が支配する。
その時、それまで静かに短剣の手入れをしていた闇風が、ふっと小さく鼻で笑った。
「らしくないですね、WISTERIAさん」
「……闇風?」
俺が顔を上げると、闇風は冷徹だが、どこか楽しげな瞳で俺を真っ直ぐに見据えていた。
「システムが絶対だなんて、誰が決めたんですか? 俺たちガチ勢は、いつだって運営の想定を超えた『あり得ない攻略法』を見つけて、あのクソゲーをねじ伏せてきたはずです。仕様が理不尽だからって、WISTERIAさんが戦術を放棄してどうするんですか」
闇風の言葉が、俺の凍りついた脳細胞を激しく叩き起こした。
そうだ。何を縮こまっていやがった、俺は。
完璧な仕様なんて、この世に存在しない。相手が物理法則の範囲内で電波を使い、急ごしらえで俺たちプレイヤーの意識を狙い撃ちにしている以上、その膨大なデータ通信には必ず『処理の歪み』や『回線の過負荷』が存在する。
フィールドの通信勝負で勝てないなら、その電波を放っている「大元のアドレッシング端末」に直接、チェックメイトを叩き込みに行けばいいだけの話だ。
「……そうか。フィールドのルールで勝てないなら、ゲームの『仕様(前提)』そのものを壊しに行く。それしかねえな」
俺の口元に、いつもの不敵な笑みが戻る。脳内の予測演算が、真っ赤なエラーを突き破り、唯一の「勝利へのルート(青い光)」を急速に構築し始めた。
「メグ! 運営が俺たちの意識を吸い上げるために使っている、マスターキー……『メイン接続インターフェース』の出力を探せ! 隔離サーバーへのデータ転送が1点に集中している場所があるはずだ!」
「えっ? あ……待って、今スキャンを最大に……あった! 街の中心、電波タワーの最上階よ! そこからプレイヤーの精神だけを狙い撃ちにする高周波が放射されてる!」
「ビンゴだ。あのタワーの送信端末を物理的に叩き壊す。それが、俺たちを狙ったクソみたいな強制同期を停止させる唯一の攻略法だ」
俺が立ち上がると同時に、セーフハウスの鉄扉が激しい衝撃音を立てて歪んだ。
タワーからの電波に連動し、こちらの位置を逆探知した運営の本隊――【DEBUGシリーズ】と呼ばれる武装ドローンやハッキング車両の軍勢が、じわじわと地下倉庫への包囲網を狭めてくるのがモニターに映し出される。狙いは明確、俺たち4人の完全な排除だ。
「――お出ましだな。敵もこちらの意図に気づいて、完全に潰しに来やがった」
俺はメグのノートPCから引き抜いたデータ中継用の強固なLANケーブルを手に巻き付け、戦闘モードへと切り替えた。物理的な道具とゲーム知識、そして3人の仲間たちこそが、どんな仕様をも穿つ俺の武器だ。
同期率はすでに90%目前。防壁が突破されようとする中、俺たちの本当の反撃――命がけの「強行突入」へのカウントダウンが、今始まった。




