第37話:侵蝕
【DEBUG-01】が光の粒子となって消滅し、静寂が戻ったはずの倉庫内。だが、天井の隙間から見える夜空は、ますます禍々しい紫色へと染まり、不気味に明滅していた。
「……青真、さっきの化け物の戦い方、あまりにも異常です。私の木刀がすり抜けたかと思えば、闇風の完璧な回避すら通用しないなんて。あれは一体、どんな超科学なんですか?」
カレンが息を整えながら、信じられないものを見たという目で俺を振り返る。
「超科学なんて綺麗なもんじゃない。もっとタチが悪い……『現実のシステム化』だよ」
俺――青真は冷や汗を拭い、メグのノートPCの画面に映し出された、街全体のエネルギーログを指差した。
「いいか、読めないかもしれないが、この現実世界の物質には、今や量子レベルで俺たちには見えない『デジタルID』が割り振られているんだ。運営の超高度な量子通信技術によって、この街全体が、知らないうちに大きなサーバーの一部に組み込まれている。さっきのデバッグ兵器は、そのシステム権限を直接書き換えてやがったんだよ」
「……どういうことだ?」
闇風が怪訝そうに眉をひそめる。俺は、足元のコンクリートの床を軽く踏んだ。
「例えば、カレンの攻撃がすり抜けた時。奴は物理的に消えたわけじゃない。攻撃が当たる一瞬だけ、システム側で自分のIDの『衝突判定』をオフにしたんだ。世界というサーバーが『そこに物質はない(ただの背景)』と処理したから、お前の木刀は原子レベルで接触することなくすり抜けた。……プログラムがバグって、壁の中に埋まったりすり抜けたりするクソゲーのバグ現象と同じさ」
「じゃあ、俺の回避が破られたのは……?」
「それも同じだ。奴が攻撃する瞬間、お前のIDの優先順位を最低に書き換えた。お前がどれだけ肉体的に完璧なタイミングで避けても、世界のシステムが『回避の計算処理そのものをスキップ』して、攻撃が『当たった結果』だけを先に確定させて肉体にフィードバックしたんだ。物理法則の上位互換である『システム権限』を使われたら、どんな武術も肉体も意味をなさない」
「なんて理不尽な……! そんなの、世界そのものを書き換えてるのと変わらないじゃない!」
メグがノートPCを叩きながら声を荒げる。
「ああ、その通りだ。そして最悪なのは、その書き換えが、今この瞬間も『街全体』に広がり始めてるってことだ」
俺の言葉を証明するかのように、突然、倉庫の外からズズズ……と地響きのような音が鳴り響いた。
慌てて外へ出た俺たちの目に飛び込んできたのは、言語を絶する光景だった。
臨海地区の海が、まるでデジタルモザイクのように四角く切り取られて紫色に発光している。遠くのビル群のいくつかの窓が、重力を無視して不自然に宙に浮き、点滅を繰り返していた。
「街が……バグっている……?」
カレンが愕然と呟く。
「運営の奴ら、あのクソゲーの仮想世界のシステムを、この現実世界へ本格的に上書きし始めてやがる。現実のデータを丸ごと吸い上げて、自分たちの思い通りになる新世界のベースにしようとしてるんだ。……このままだと、俺たちの肉体も日常も、すべて運営のクソ仕様に上書きされて消されちまうぞ」
夜空に浮かび上がる、巨大な進捗バーのような光の帯。
現実というプラットフォームが、運営の『大型アップデート』によって完全に崩壊を始める、破滅へのカウントダウンが始まった。




