第36話:アップデートのバグ、新仕様をハめ殺せ
「仕様変更は完了した。お前たちのハメ技は、もはやこの世界には通用しない」
異形【DEBUG-01】が宣告すると同時に、その周囲の空間が不気味に歪み、触れたものを強制消去する「デバッグ領域」がじわじわと拡大していく。闇風の絶対回避すら「不正チート」としてシステム側に書き換えられ、無効化された今、倉庫内には絶望的な空気が漂っていた。
だが、俺――青真の脳内にある予測演算は、完全に逆の結論を弾き出していた。
(慌てるな。落ち着いて仕様を読め。完璧なプログラムなんてこの世に存在しない。特に、バグが出たからと焦って突貫で作った『緊急パッチ』ほど、致命的な記述ミスが混ざりやすいものはないんだよ……!)
俺はメグのノートPCに強引に視線を割り込ませ、画面を走るログの文字列を凝視した。
運営が施した修正は二つ。「同一座標内におけるオブジェクト処理数の制限解除」と、「闇風の無敵判定の優先度をゼロに固定」。
(……見つけた。やっぱりな、クソ運営が!)
あまりの美しさに、脳内にアドレナリンが駆け巡る。
運営は処理数の上限を外すために、周囲の全オブジェクトのデータを「一括管理」して処理するコードに書き換えた。さらに闇風の無敵を潰すため、「特定のオブジェクトの優先度を最低にする」という個別パッチを、その上から無理やり重ね掛けしている。
「メグ! 奴が闇風のデータをロックしている『関数』の識別子を逆探知しろ! カレン、木刀を捨てて、俺の指揮車両の『ナンバープレート』を力任せに引き剥がして持ってこい!」
「えっ!? あ、はい! 分かりました!」
カレンは躊躇うことなく木刀を投げ捨てると、倉庫の搬入口に停まっていた指揮車両へとダッシュし、その怪力で金属製のナンバープレートをバリィッ! と引き剥がした。
「青真、識別子を拾ったよ! でも、これを使ってどうするの……っ!?」
「簡単なことさ。新仕様のプログラムの盲点を突く。――カレン、そのプレートを闇風の背中に全力で貼り付けろ!」
カレンが一瞬だけ目を丸くしたが、俺の指示を信じて、壁際に倒れていた闇風の背中へプレートを強く押し当てた。
その瞬間、異形の顔面の文字【DEBUG-01】が、再び不規則にパチパチと点滅を始めた。
「な、んだ……? ターゲットのオブジェクトIDの、消失……? 識別エラーが発生――」
異形の動きが、ガクガクと不自然に硬直する。
「ざまあみろ! 運営のバカどもが、闇風のデータを書き換える処理の指定を『個人名』じゃなく、その時身に付けていたギルドの『登録ID』で指定しやがったんだ!」
ギルド『百華繚乱』の車両ナンバー。それはシステム上、闇風たちの身分証(ID)と同じサーバー配下に登録されている。カレンが車両のプレートを闇風に密着させたことで、システムは「闇風」と「車両」のデータを同一のオブジェクトだと誤認した。
結果として、運営のパッチは「車を消去すべきか、人間を消去すべきか」の計算式で致命的なバグを起こし、異形のデバッグ領域そのものが完全に凍結したのだ。緊急パッチを当てたせいで、逆に「名前の誤認」というお粗末な仕様の穴が生まれる。これこそが、クソゲー運営が最もよくやらかす二次災害バグだ。
「闇風、仕様は上書きされた! 今のお前はシステム上、『登録なしのただのオブジェクト』扱いだ! つまり、奴の消去コードの対象から完全に外れてる!」
「……なるほどな。俺を『存在しないもの』にしたってわけか。だったら――」
闇風がニヤリと不敵に笑い、無傷のまま立ち上がった。
次の瞬間、闇風の身体が世界の法則を置き去りにして加速する。異形が放つ紫色の消去光線は、背景オブジェクトと化した闇風の身体を、まるでただの空気であるかのように虚しくすり抜けていく。
「これで、終わりです!」
無敵の防壁を内側から完全に貫通した闇風の拳が、異形の顔面、【DEBUG-01】の文字を正面から文字通り粉砕した。
バキィィィン!!!
硝子が割れるような甲高いシステム音が倉庫響き渡り、運営の先鋒は光の粒子となって今度こそ完全に消滅した。
「やった……! 新しい仕様ごと、ハめ殺しましたね!」
カレンが歓声を上げる。だが、俺たちの安堵を拒むように、倉庫の天井の隙間から見える夜空が、さらに禍々しい紫色へと染まりつつあった。
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