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第35話:仕様変更の書き換え

「システム、エラー……足場オブジェクトの、消失――」

異形【DEBUG-01】が崩落した地下の闇へと消えていった直後、臨海倉庫の空気は、一瞬だけ静まり返った。

カレンが木刀を構えたままふうと息を吐き、闇風が短剣を収める。だが、俺――青真の脳内の予測演算タクティカル・フォーサイトが映し出す視界は、依然として紫色に激しく点滅したままだった。


「青真、本当にやったの……? あの無敵のバケモノを、ただの消火器や瓦礫でフリーズさせるなんて……」

メグがノートPCを抱えたまま、驚愕と、どこか呆れたような視線を俺に向けてくる。

「ああ。だが喜ぶのは早いぞ、メグ。今のは奴の処理能力の限界という『仕様の穴』を突いたに過ぎない。ゲームの運営って生き物はな、自分たちの想定外のハメ技でボスが倒されると、絶対に黙っちゃいないんだ」


俺が不吉な言葉を口にした、その瞬間だった。

ガガガ、と世界全体の音が歪むような強烈なデジタルノイズが、倉庫の空間に響き渡った。天井の隙間から見える夜空の紫色の光が、さらにその色濃さを増し、まるで生き物のようにうねり始める。


同時に、メグのノートPCの画面に、見たこともない真っ赤なシステムログが滝のように流れ落ちた。

『緊急パッチ:Ver.1.02a の適用を開始します』

『修正項目:同一座標内における動的オブジェクトの最大処理数の上限撤廃』

「な、何これ!? 勝手にPCのデータが書き換えられていく……! 青真、これって!」


メグの悲鳴に近い声に、俺は歯を食いしばった。

「クソが、仕事が早すぎるだろ……! 運営の奴ら、さっきの『オブジェクト過多によるスタックバグ』を検知して、リアルタイムで緊急パッチを当ててきやがった!」

ゲーム版のクソ運営もそうだった。プレイヤーが必死で見つけた攻略法やハメ技が、運営のプライドを傷つけた瞬間、彼らはゲームバランスなど無視した「超絶強化修正」を平然と行ってくるのだ。


「そんな……。じゃあ、さっきの物の数を投げる作戦は、もう通用しないっていうことですか?」

カレンが不安そうに木刀を握り直す。

「ああ、通用しない。次の瞬間には、処理上限を踏み倒した完全体の異形が戻ってくるぞ。……それだけじゃない。ログの続きを読め、メグ!」


俺に促され、メグが血の気の引いた顔で画面のコードを読み上げる。

「『個別修正ホットフィックス:当該サーバー内における特異オブジェクトの回避優先度の上書き』……これ、どういう意味……?」

そのログの意味を、俺たちの中で誰よりも早く、その「肉体」が理解した。

突如として、壁際に控えていた闇風が、鋭い呻き声を上げてその場に膝をついたのだ。彼の全身を、不気味な紫色の電子の鎖のようなエフェクトが激しく縛り付けていく。

「ぐ、あぁっ……!? 体が、重い……。俺の『絶対回避パーフェクト・イベイド』の感覚が、内側から完全に消されていく……!?」


「闇風!?」

カレンが駆け寄ろうとするが、闇風の周囲の空間そのものが「干渉不可」のノイズを起こしており、近づくことすらできない。

「やっぱりターゲットにされたか……! 運営にとって、現実の物理法則を無視して攻撃を躱し続ける闇風の戦闘技術スキルは、システムの根幹を揺るがす『不正チートデータ』そのものなんだ。だから奴らは、闇風の絶対回避のシステム優先度を、強制的にゼロに固定しやがった!」


どんな攻撃も絶対に当たらない。それが闇風の誇る無敵の盾だった。だが、運営はその盾を「壊す」のではなく、「盾という概念そのものをシステムから消去する」という暴挙に出たのだ。ルールを作る側が、ルールそのものを書き換える。これ以上の絶望はない。


「そんなの、ただの横暴じゃない……! 泥棒が勝手にルールを変えるようなものよ!」

メグが悔しそうにキーボードを叩くが、運営の絶対権限で上書きされていくプログラムの前には、天才ハッカーの技術をもってしても干渉の隙がない。


(落ち着け。パニックになるな。仕様が変わったなら、その新しい仕様のコードをもう一度読み解くんだ……!)

俺は脳内の予測演算を再び限界までオーバードライブさせた。

アップデート直後のゲームは、一見するとプレイヤーを絶望させる無敵の調整に見える。だが、急ごしらえで作られた突貫のパッチには、開発者の焦りと傲慢さが、必ず「新たな致命的バグ」として記述の裏に隠されているものだ。


画面を走る『Ver.1.02a』の暗号のような文字列。

運営は、闇風のデータをロックするために、どのような関数を使っている?

彼らは闇風をどうやって「識別」しているんだ?

「……ん? 待てよ……」

俺の視界の中で、ある一つの「不自然な記述(バグの種)」が、ピカリと光ったような気がした。


運営が闇風というオブジェクトを固定するために指定した、そのシステム上の『登録ID』の階層。それが、思わぬ二次災害を引き起こす引き金になるのではないか、という狂気じみた仮説が、俺の脳裏を過る。

その時、倉庫の地下から、凄まじい地響きと共にあの紫色の光が再び噴出してきた。

崩落したコンクリートの破片を、今度は一切の処理遅延を起こすことなく塵へと消去しながら、ゆっくりと這い上がってくる影。


顔面の発光体に【DEBUG-01】の文字を刻んだ異形が、先ほどよりもさらに禍々しい圧力をまとって、俺たちの前に再びその姿を現した。

「仕様変更は完了した。お前たちのハメ技は、もはやこの《世界(サーバー)》には通用しない」

異形が冷酷に宣告する。闇風の絶対回避が封じられ、物量作戦も対策された絶望の第2ラウンド。


だが、俺の口元には、自然と不敵な笑みが浮かんでいた。

(クソ運営め。お前らが焦って敷いたその新仕様の網……、今度はその網の目ごと、盛大にハめ殺してやる!)

俺はメグのPC画面を睨みつけながら、次なる反撃のコードを完全にロックオンしていた。

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