第34話:仕様の穴を穿て
「お前たちの肉体は、この世界の仕様に適合していない。これより、精神データの強制パッチ適用を開始する」
異形【DEBUG-01】の両腕から放たれた不気味な紫色の光の触手が、臨海倉庫の空間を侵蝕するようにうねり狂う。その光が触れた鉄骨やコンテナが、デジタルノイズを起こして次々と消滅していく。当たれば肉体ではなく、意識そのものが消去される最悪の攻撃。
「みんな、あの光には絶対に触れるな! 防御も回避もシステム的に無効化されるぞ!」
俺――青真は叫びながら、脳内の予測演算を極限まで加速させていた。
カレンの木刀をすり抜け(衝突判定の無効化)、闇風の絶対回避を貫通した(優先順位の強制上書き)。現実の物理法則を上書きする、運営の絶対権限。
だが、どれだけ理不尽なチートコードだろうが、この現実世界というサーバー上で動かしている以上、プログラムとしての「処理の限界」が必ず存在する。
「メグ! 奴が光の触手を放っている間の、周囲の空間の『処理負荷』を計測しろ!」
「了解っ……! 待って、今データを引く……出たよ、青真! 奴の周囲だけ、データの送受信量が異常なほど跳ね上がってる! 処理が追いついてない!」
メグの報告を聞いた瞬間、俺の脳裏に、かつてあのクソゲーで運営がやらかした「最大最悪のパッチミス」の記憶が鮮烈に蘇った。
「やっぱりな……! どんなに強力なデバッグツールでも、一度に処理できる『オブジェクトの数』には上限があるんだよ!」
ゲーム版の運営が使っていたデバッグモード。それは対象のデータを消去する際、そのオブジェクトの全座標をリアルタイムで演算し直すという、極めて非効率な処理を行っていた。つまり、画面内のオブジェクト数が一定を超えると、デバッグ処理自体が『無限ループ』を起こしてフリーズするという致命的なバグ(仕様の穴)があったのだ。
「カレン! 倉庫の隅にある予備の消火器を、片っ端から奴の足元へ投げ込め! 闇風、倒れた構成員の武器や周囲の瓦礫、動かせるものは全部奴の空間にブチ込め!」
「はいっ! よく分かりませんが、とにかく数を投げればいいんですね!」
カレンが瞬時に動き、倉庫に配備されていた十数本の消火器を、一条流の豪腕で次々と異形へと投げつける。
闇風も神速の動きで、気絶したサイバーレギオンの銃器や鉄パイプ、コンクリートの破片を、まるで豪雨のように異形の周囲へと投げ込んだ。
「無駄な抵抗を。そのすべてのオブジェクトは消去対象だ」
異形は冷酷に手をかざし、迫り来る消火器や瓦礫を、紫の光で次々と消滅させていく。
だが――数十個目の瓦礫が光に触れた、まさにその瞬間だった。
【エラー:処理上限を超過。座標再計算システムが応答していません】
異形の顔面に表示されていた【DEBUG-01】の文字列が、激しく赤色に明滅し、バグを起こしたように歪んだ。同時に、その動きがピタリと停止する。
「ビンゴだ……! 処理する対象が多すぎて、奴の『無敵権限』の維持コードが完全にパンクしやがった!」
一度に大量のオブジェクトを処理させられたことで、異形のシステムは「どれを優先して消去すべきか」の優先順位を失い、完全なスタック状態(行動不能)に陥ったのだ。これこそが、運営の公式チートをハめ殺す、現実のシステム負荷バグ。
「蓮会長、今です! 奴の足元の床(座標)ごと、物理的に破砕してください!」
「ふふ、合図を待っていたよ。……アイギス、特殊車両の強徹徹甲アンカー、撃ち込みなさい」
後方で静観していた蓮会長が仕込み傘を掲げると同時に、倉庫の壁を突き破ってアイギスの防衛車両が突入してきた。車両から放たれた巨大な鋼鉄のアンカーが、システムフリーズを起こした異形の足元のコンクリート床を、文字通り粉々に粉砕する。
ドゴォォォン!!!
「システム、エラー……足場オブジェクトの、消失――」
無敵の防壁を維持できなくなった異形は、そのまま崩落した地下の配管ダクトの闇へと、無様に真っ逆さまに落下していった。
「やった……! 撃退しました!」
カレンが歓声を上げる。だが、俺の予測演算の視界に映る空の紫色の光は、一向に収まる気配を見せていなかった。
「いや、まだだ。今のはただの小手調べ(先鋒)に過ぎない。運営の本格的なデバッグ(排除)は、ここからが本番だぞ」
俺は拳を握り締め、さらなる鉄の影が迫る夜空を睨みつけた。
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