神に仇なすグリッチ
「青真、そのアイテムとは何だい?」
後方の高級リムジン内、モニターに映る戦況を凝視しながら、ギルド「百華繚乱」のリーダーである一条会長が冷徹な声で尋ねる。
「あいつの『絶対間合い』の正体は、超音波と特殊なホログラム塗料による『遠近感のジャミング(錯視ハック)』です! 奴の服に塗られた超微細な格子模様が周囲の光を乱反射させて、実際より遠くにいるように俺たちの脳をバグらせている。だから、十メートル離れているように見えて、本当の距離はわずか二メートル。さっきの攻撃も、ただの手の届く距離からのナイフの一閃です!」
近づけないのは、すでに目の前にいるあいつに「ぶつかっている」から。
離れているのに攻撃が届くのは、最初から密着しているからだ。あまりにもシンプルで、だからこそ誰も気づけない現実のバグ。
「対策は簡単です。五感を頼るから騙される。――アイギス! リムジンに積んであるリーダーの『仕込み傘』と『完全遮光ゴーグル』を、ドローンで今すぐ前線の闇風に緊急搬送しろ!」
「了解っ! サブリーダーのオーダー、一秒で届けるよ!」
サブリーダーである俺の指示を受け、アイギスが車内のコンソールを叩くと、指揮車のハッチから超高速の補給ドローンが飛び立った。
前線でナイフを構える第一師団長に対し、身動きが取れずにいた闇風の頭上へ、ドローンが猛烈なスピードで急降下する。切り離されたコンテナが闇風の手元へ正確に落ち、彼女はそれを鮮やかにキャッチした。
中身は、視界を完全に遮断するゴーグルと、リーダーである一条会長の象徴たる武器――『仕込み傘』だ。
「これ、は……一条先輩の……! わかりました!」
闇風が即座にゴーグルを装着し、視界を完全にゼロにする。
直後、彼女のイヤホンに、指揮車のレーダーが算出した嘘偽りのない「本当の距離」を告げる電子音が響いた。
『ターゲット、前方一・八メートル。完全に目の前です』
「な、に……!? 目を隠しただと!?」
初めて第一師団長の顔から余裕が消え、焦ってナイフを突き出す。だが、視覚の呪縛から解き放たれた闇風に、その攻撃はもう届かない。
「――そこですね」
闇風が音のナビ通りに最小限の動きでナイフをかわす。
そして、手にした仕込み傘のボタンを押し、傘の先端から薄刃の細剣をシャキィンと突き出した。視界ゼロのまま、音響レーダーの指示通りに完璧な軌道で突きを放つ。
鋭い一閃が第一師団長の肩口を正確に貫き、衝撃で男は脳震盪を起こしてその場に崩れ落ちた。脳のバグを利用した最強の幹部が、ただ「目を瞑った少女」にハめ殺された瞬間だった。
「……バカな。我が黒死蝶の幹部たちが、こうもあっさりと……」
地べたに転がる三人の幹部を見届けて、ついに黒死蝶の『総長』がどす黒い殺意を放って一歩前に出た。
彼こそが、この街の裏社会を牛耳る絶対的な暴力の象徴。
黒死蝶総長の能力は『絶対先制』。
こちらがどんな攻撃を仕掛けようとも、システムが強制的に「総長の攻撃が先に命中する」という判定を下す、文字通りの神の権能。現実においては、人間の筋肉の電気信号を察知して先回りする「完全な超反射」として再現されていた。
「これでお前たちも終わりだ。俺が動けば、すべての攻撃はお前たちの肉体を先に破壊する」
総長が静かに拳を構える。モニター越しでも伝わるその威圧感に、俺の脳内の予測演算の勝率は、無情にも「〇%」を示した。
「青真。彼の反射速度は本物だ。こちらが動こうとする微弱な電気信号を野生の勘で察知して、それよりも早く動いてくる。前線の闇風たちがまともに突撃すれば、こちらの骨が先に砕けるね」
リムジンのシートに深く腰掛けたまま、リーダーである一条会長が冷徹に分析する。
「ええ、人間相手なら無敵の反応速度です。――だけど、人間だからこそ『反射の限界値』がある」
俺は不敵に笑い、ギルドメンバー全員に最後の作戦コードを送信した。
「総長。あんたの超反射は、脳が『敵の攻撃』を認識して、神経を通って筋肉に伝わることで成立している。なら、その超高速の神経伝達回路に、『過負荷(ビジー状態)』を叩き込んでハメ殺す!」
俺がマイクに向かって合図の指示を飛ばした、その瞬間。
「突撃ぃぃぃ!!!」
アイギスが手配した数十台のドローンが一斉に旋回し、総長の頭上で一斉に強烈なストロボ光(閃光弾)と、鼓膜を裂く爆音、さらにキュアが調合した激辛唐辛子成分のガスを炸裂させた。
「ぐ、あああああッ!? 目が、耳が……っ!?」
人間の脳は、視覚・聴覚・嗅覚に同時に「限界以上の異常パニック情報」を叩き込まれると、情報の処理が追いつかなくなり、一瞬だけ完全なフリーズ(情報処理落ち)を起こす。
どれだけ超反射の神経を持っていようが、大元の脳がバグって命令を出せなければ、ただの肉の塊だ。
「闇風! 今です、あいつのシステムは今、クラッシュしてる!」
「はい! ――これで、チェックメイトです!」
フリーズし、完全に無防備になった総長の懐へ、闇風が音を置き去りにするほどの「神速」で踏み込む。
総長の超反射は、もう発動しない。
闇風は仕込み傘をしっかりと両手で構え、会長の技を再現するように、渾身の力で総長の顎へと突き上げた。
「ハァァァァッ!!!」
強烈な一撃が総長の顎を完璧に捉え、その巨体を空中へと文字通り打ち上げた。
全エネルギーを叩き込まれた裏社会の支配者は、受け身すら取れずに地面へと叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。
――勝った。
黒死蝶、完全沈黙。
周囲のモブたちが武器を落とし、絶望の表情でへたり込む中、静まり返った戦場の映像を、俺と一条会長はリムジンのモニターで見届けた。「素晴らしい盤面管理だったよ、青真。まさか私の仕込み傘をそんな形で前線にデリバリーして、闇風に最高のタイミングで使わせるとはね。君の臨機応変な戦術眼には恐れ入るよ」
リーダーである一条会長がフッ、と満足そうに口元を緩めた。ポケットに手を突っ込んだままのその佇まいは、完全にチェスのチェックメイトを後方から見届けた王のようだった。
「いえ、リーダーの事前の備え(武器の用意)と、前線の皆の実行力あってのハめ技です」
俺たちは静かに頷き合い、この現実世界の理不尽な大戦に、完全勝利という名の終止符を打った。
だが、安堵したのも束の間。
前線のモニターが、倒れた総長の懐から転がり落ちた一台のスマートフォンを映し出す。それは自動的にホログラムの画面を空中に投影していた。そこに映し出されたのは、不気味に明滅する緑色のコードと、一つの組織名。
『サイバーレギオン――資金調達プロトコル完了』
「……これは?」
前線で闇風が怪訝そうに画面を覗き込む。
「どうやら、僕たちの戦いはまだ始まったばかりみたいですね」
俺は迫りくる新たな戦いの予感に武者震いを感じながら、静かに眼鏡を押し上げた。
現実のバグをハッキングする俺たちのクソゲー攻略は、ここからさらに加速していく。
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