第23話:不可視の境界
第三師団長、第二師団長が立て続けに撃破され、黒死蝶の兵隊たちは完全に恐慌状態に陥っていた。
ただの油とジャミング、そして高校生の連携だけで、裏社会で恐れられた化け物たちが次々と無様にハめ殺されていく。その光景は、彼らにとって悪夢そのものだったろう。
だが――。
「ふふ……あははは! 面白い、実に面白い! まさかあの二人が、こんな子供騙しの仕掛けで無力化されるとはねえ!」
爆笑しながら前に出てきたのは、黒死蝶『第一師団長』だった。
細身の体躯に、異様に長い前髪。その隙間から覗く三白眼が、狂気的な光を放っている。そいつが一步踏み出した瞬間、俺の脳内の『予測演算』が、激しい警告音と共に真っ赤なアラートを弾き出した。
(なんだこれ……!? 距離感が、狂う……!?)
第一師団長。第二師団長の「回避」とは対極にある最悪のパッシブスキル――『絶対間合い(アブソリュート・ディスタンス)』。
ゲーム内では、あいつに対して近接攻撃を仕掛けようとしても、なぜか「間合いが足りない」という判定になり、こちらの攻撃が絶対に届かない。逆に、あいつからの攻撃は、どれだけ離れていても「必中」になるという、格闘ゲームの根本的なルールを崩壊させるバグスキルだった。
「闇風、下がるんだ! 近づくな!」
「えっ……? でも、先輩、まだかなり距離が――」
闇風が戸惑った、その瞬間だった。
まだ十メートル以上は離れているはずの第一師団長が、その場でただ、目の前の空間を気怠そうに「横一文字に払う」ような仕草を見せた。
直後。
パリィィン!!! と、鋭い風切り音と共に、闇風の目の前の地面が深く抉れ、衝撃波が彼女の身体を弾き飛ばした。
「きゃあぁっ!?」
「闇風!」
一条さんが神速のステップで飛び込み、空中で闇風の身体を抱きとめる。
闇風に怪我はなかったが、防護服の胸元が綺麗に一文字に切り裂かれていた。もし一条さんの救出がコンマ数秒遅れていたら、文字通り肉体が両断されていただろ。
「ね? 届かないでしょう? 僕とあなたたちの間には、絶対に超えられない『距離の壁』があるんですよ」
第一師団長は、クスクスと気味の悪い笑い声を上げながら、一歩、また一歩と近づいてくる。
十メートル離れていても、あいつの攻撃は一瞬で届く。
逆に、こちらがどれだけ走って近づこうとしても、あいつとの距離は永遠に縮まらない。まるで、走っても走っても景色が進まない、バグった無限ループのステージに閉じ込められたかのような絶望感。
攻撃が届かない。近づくこともできない。
さすがの一条さんも、闇風をかばいながらジりジりと後退を余儀なくされる。
「青真。これはいささか、チェスボードのルールそのものを書き換えられたような気分だね」
インカムから、リーダー(一条会長)の冷静ながらも、明確に警戒を強めた声が聞こえる。
「ええ、まともなゲームなら即座に緊急メンテナンスが入るレベルのクソ仕様です。ですが――」
俺は冷や汗を流しながらも、脳内の演算をフル回転させ、あいつの動き、風の動き、地面の抉れ方を徹底的にプログラミング言語のように解体していく。
超能力で空間を歪めているわけじゃない。
あいつはさっき、ただ「手を払った」だけだ。
そして、闇風との距離は、実際には『目に見えている通り』離れている。
だとしたら、なぜ攻撃が届き、こちらの接近が拒絶される?
(……そうか。あいつが操っているのは『空間』じゃない。俺たちの『脳(視覚)』だ……!)
「リーダー、あいつのハめ方が分かりました。一条さんと闇風に『それ』を装備させてください!」




