第20話:集団催眠の狂戦士
「おいおい、冗談だろ……!?」
前線で盾を構えるアイギスの悲鳴がインカムに響く。
目の前に迫る黒死蝶のモブたちの様子が、明らかに異常だった。目が完全に血走り、こちらの打撃を受けても痛みを感じていないかのように、狂った笑みを浮かべて突撃してくる。
「青真、どういうことだ!? あいつら、鉄パイプで殴られても怯みもしないぞ!」
闇風が冷や汗を流しながら、超高速のステップで攻撃をいなしつつ叫ぶ。
俺は後方の指揮車両から、予測演算の視界を広げて敵陣を観察した。
見えた。第三師団長の男が、大型の拡声器を手に、独特のリズムで大音量のコール(掛け声)を響かせている。
「落ち着け、超能力なんかじゃない。あいつがやっているのは『集団心理ハック』だ。新興宗教の洗脳や、軍隊の突撃命令と同じ集団催眠だよ」
拡声器から流れる特殊な音響とコールによって、モブたちの脳内に大量のアドレナリンを強制分泌させているのだ。
人間は理性のリミッターが外れると、火事場の馬鹿力で普段の何倍もの筋力を発揮する。さらに脳が麻痺して痛覚も消える。それが、現実における『3倍バフ』の正体だ。
「だったら、ハめ方はシンプルだ。――スピーカーの音を遮断して、大元の発信源を黙らせる」
俺はインカムの通信を繋いだ。
「アイギス、大型の音響妨害装置を展開しろ! 奴の声をかき消すんだ! キュア、衛生班の強力な催涙ガスを第三師団長の足元へ撃ち込め!」
「了解!」
「任せて、サブリーダー!」
次の瞬間、アイギスの手配した車両から強烈な不協和音が放たれ、キュアの放ったガスが男の周囲を覆う。
勝負あり――そう思った。だが、第三師団長は不敵に笑った。
「甘いな、表の学生風情が! 妨害電波もガスも、裏社会の抗争じゃ使い古された手口なんだよ!」
男は懐からガスマスクを取り出して素早く装着すると、腰のベルトから「有線式」の予備スピーカーを取り出し、さらにボリュームを上げてコールを再開した。電波妨害が効かない有線スピーカーだ。
さらに、ガスを吸って正気を失いかけたモブたちに、容赦なく「さらに強いトランス状態」を誘発する重低音のノイズを浴びせる。
「ウオオオオオッ!」
痛覚の消えたモブたちが、ガスの煙を文字通り肉体の壁で押し返し、闇風と一条さんを包囲するように突撃していく。
「くっ、キリがない……!」
闇風の神速の拳がモブを捉えるが、殴られてもゾンビのようにすぐに立ち上がってくる。
一条さんの木刀も、数人にしがみつかれて動きを制限され始めていた。
「さすがは上級幹部、対策の対策を用意してたってわけか……」
俺は冷や汗を拭い、脳内の予測演算のギアをもう一段上げる。
あいつはガスマスクで視界と呼吸を守り、有線スピーカーで洗脳を維持している。モブの壁に守られて、一条さんたちも直接近づけない。
ならば――あいつが絶対に予測できない「現実のバグ」で、その防壁ごとハメ殺す。
「闇風、一条さん、その場で耳を塞げ! アイギス、音響装置の周波数を最大にして、妨害じゃなく『共振』に切り替えろ! ターゲットは奴の持っている有線スピーカーだ!」
「……! 了解!」
アイギスが即座に装置のレバーを引く。
放たれたのは、人間の耳には聞こえない超高周波の音波。それが、第三師団長が持つ安物の有線スピーカーの内部基盤と「共振」を起こす。
キィィィィィィン!!!!
「――なっ、なんだ、この音は……!?」
ガスマスク越しでも伝わる、脳を揺らすような超高音のハウリング。
そして次の瞬間、過負荷をかけられた有線スピーカーが、パチパチと火花を散らして男の手元で激しく爆発した。
「ぎゃあぁぁぁああッ!?」
至近距離での爆発と、鼓膜を破壊するハウリング。
スピーカーを吹き飛ばされ、激痛でのけ反る第三師団長。
催眠の「音」が完全に絶たれた瞬間、狂戦士化していたモブたちの動きがピタリと止まった。脳の覚醒が一気に解け、現実に引き戻された彼らの身体に、それまで無視していた「殴られた痛み」と「催涙ガス」のダメージが文字通り何倍にもなって襲いかかる。
「ガハッ……痛っ、目が、目がぁぁぁ!」
「ひ、ひええ! 助けてくれ!」
バフが強制解除され、自滅していくモブたち。
その肉体の壁が崩壊した瞬間、ガスを切り裂いて、闇風の神速の突撃が第三師団長の懐へと一瞬で肉薄した。
「これで、チェックメイトです!」
背後から迫る、一条さんの木刀の鋭い一閃。
さすがの上級幹部も、すべての防壁をハッキングされたこの瞬間だけは、避ける術を持たなかった。
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