第180話:4匹の番犬
地下深く。
ネメシス本拠地、その指揮室。
薄暗い室内には、無数の魔導モニターが並んでいた。
そこへ次々と戦闘記録が表示されていく。
《改人部隊――全個体停止》
《ハイエナ――戦闘不能》
《改造魔獣――撃破》
《侵入者――本拠地内部へ侵入》
男は、無言でその表示を見つめていた。
指先が机をゆっくりと叩く。
トン。
トン。
トン。
一定だった音が、次第に速くなる。
「……ありえん。」
男は小さく呟いた。
モニターへ映し出されたのは、青真達四人の戦闘映像。
青真。
闇風。
メグ。
カレン。
たった四人。
それだけだった。
それなのに。
(ハイエナと改人部隊を送ろうが、改造魔獣を送ろうが物ともしないだと……!?)
拳を握る。
(まさか……押されているだと?)
(我らネメシスが、たった四人の人間に!?)
男の視線が別のモニターへ移る。
そこには東京湾岸の外周で繰り広げられている戦闘が映っていた。
蓮率いる特魔災害対策庁の部隊。
一般隊員達。
そしての黒瀬、御堂、桐生、レイジ。
彼らによって外周の戦闘員達も徐々に押し込まれている。
「外周も持たないか……。」
通信が入る。
『外周部隊より報告!』
『戦闘員、複数区域で後退しています!』
男は目を閉じた。
「……まずい。」
ここまで侵入されることなど、想定していなかった。
改人。
改造魔獣。
それらはネメシスが誇る戦力だった。
それを。
たった四人の人間が突破してきた。
しかも。
まだ疲弊している様子すら薄い。
(あの四人……。)
(戦えば戦うほど、連携が強くなっている。)
青真が敵の動きを読み。
闇風が隙を突き。
メグが戦場そのものを変え。
カレンが正面から敵を押し切る。
単純な個人戦力だけではない。
四人が互いの能力を理解し、最適なタイミングで動いている。
(厄介すぎる。)
男はモニターへ映る青真の姿を睨む。
銀色の魔剣。
七つへ分離する刀身。
そして未来予知。
さらに、東京決戦で神獣の力まで手に入れている。
(特にあの魔剣……。)
(あれは、こちらのアーティファクトとは根本的に違う。)
男は歯を食いしばった。
(失敗は許されない。)
(だが、この状況をボスが知れば……。)
背筋を冷たい汗が伝う。
(俺達上級幹部にも処罰が飛びかねない。)
「……。」
室内へ重い沈黙が落ちる。
やがて男は通信装置へ手を伸ばした。
「四人を呼べ。」
『四人……ですか?』
「そうだ。」
「奴らを止める。」
短い返答の後。
指揮室の巨大な扉が開いた。
ギィィィ……。
四つの人影が入ってくる。
先頭に立つのは、一人の男。
黒い戦闘服。
腰には大剣。
鋭い眼差しを持ち、無駄な動きは一切ない。
「ウルフ。」
男が名乗る。
「呼んだか。」
続いて入ってきたのは、細身の男。
二本の短剣を腰へ差し、口元には薄い笑みを浮かべている。
「コヨーテ。」
「面白そうな仕事じゃないか。」
三人目。
魔導杖と複数の魔導具を身につけた男。
周囲の魔力の流れを確認するように、視線を巡らせる。
「ディンゴ。」
「侵入者の位置は?」
最後に現れたのは、大柄な男だった。
巨大な盾を片手で持ち、背中には戦斧を背負っている。
「マスティフ。」
「俺が出ればいいんだな?」
男は四人を見渡した。
「そうだ。」
モニターへ青真達の映像が映し出される。
「侵入者は四人。」
「全員PRIMEだ。」
コヨーテが画面を覗き込む。
「こいつらが?」
「ハイエナを倒した連中か。」
ウルフは青真の映像をじっと見つめる。
「……銀色の魔剣。」
「厄介そうだな。」
ディンゴはメグの映像へ目を向ける。
「錬金術師もいる。」
「施設内部では特に注意が必要だ。」
マスティフはカレンの姿を見て笑った。
「剣士が一人。」
「なら、俺が相手をする。」
男は低い声で告げる。
「相手を選んでいる暇はない。」
「四人まとめて止めろ。」
四人の表情が変わる。
「了解。」
「任せろ。」
「問題ない。」
「叩き潰してやる。」
上級幹部はそれ以上何も言わなかった。
四人が踵を返す。
しかし。
扉へ向かう直前。
「待て。」
四人が振り返る。
男は静かに告げた。
「絶対に中枢へ行かせるな。」
「奴らがそこへ到達すれば――。」
一瞬だけ、声が詰まる。
「……ネメシスの計画そのものが危うくなる。」
ウルフが頷く。
「分かった。」
扉が閉じる。
指揮室へ再び静寂が戻った。
男は一人、モニターを見つめる。
青真達四人は、一定の距離を保ちながら奥へ進んでいた。
壁には見慣れない魔導装置がいくつも埋め込まれている。
淡い光を放つ管。
複雑に絡み合った魔力回路。
そして、何重にも施された結界。
「かなり深いな。」
青真が周囲を見渡す。
「本拠地の中心部へ向かっているはずです。」
カレンが答える。
メグは壁に設置された装置へ視線を向けた。
「この設備……。」
「どうした?」
「普通の研究施設じゃないわ。」
メグが装置へ手を近付ける。
「魔力を一度保存して、それを別の性質へ変換してる。」
「改人の研究にも使われていた可能性が高いわね。」
闇風が足を止めた。
「……来る。」
全員の表情が変わる。
「何人?」
青真が尋ねる。
「四人。」
「かなり強い。」
闇風の言葉と同時に。
地下通路の奥から、ゆっくりと足音が響いてきた。
コツ。
コツ。
コツ。
四つの足音。
青真は銀河へ手を添える。
未来予知を発動。
数秒先。
暗闇の中から四つの影が現れる。
先頭に立つのは、黒い戦闘服を着た男。
大剣を肩へ担いでいる。
その隣には、二本の短剣を持った細身の男。
さらに後方には魔導杖を手にした男。
最後尾には巨大な盾と戦斧を装備した大男。
四人は一定の距離を取って立ち止まった。
「侵入者。」
ウルフが静かに口を開く。
「ここから先へは行かせない。」
青真は四人を見渡した。
「お前達がネメシスの幹部か。」
コヨーテが薄く笑う。
「ご名答。」
「俺達は、この施設の中枢を守る役目を任されている。」
メグが眉をひそめる。
「あいつとは違うのね。」
「当然だ。」
ウルフが答える。
「ハイエナはハイエナ。」
「俺達は俺達だ。」
その言葉に、闇風が短剣を構える。
「コードネームだけは捜査で知っている。」
「ウルフ。」
「コヨーテ。」
「ディンゴ。」
「マスティフ。」
四人の視線が闇風へ集まる。
コヨーテが笑った。
「よく知ってるじゃないか。」
「侵入者の情報くらい、こっちにも届いてる。」
ディンゴが魔導杖を軽く持ち上げる。
「青真。」
「闇風。」
「メグ。」
「カレン。」
「PRIME。」
青真の眉が僅かに動く。
「随分詳しいな。」
「当然だ。」
ディンゴは淡々と答える。
「お前達がここへ来ることは予想されていた。」
「なら、話は早い。」
青真が銀河を抜く。
「そこを退いてくれ。」
マスティフが大きく笑った。
「断る。」
巨大な盾を前へ構える。
「俺達がいる限り、誰も通さん。」
カレンが一歩前へ出る。
「なら、力ずくで突破します。」
マスティフが嬉しそうに笑う。
「いいねぇ。」
「そういう話の方が分かりやすい。」
その瞬間。
ウルフが大剣を抜いた。
ギィン!!
刀身から強烈な魔力が噴き出す。
「来い。」
青真は銀河を構える。
その瞬間。
コヨーテの姿が揺らいだ。
「……?」
闇風が目を細める。
次の瞬間。
コヨーテの姿が三つに分かれた。
「幻影か。」
「正解。」
三人のコヨーテが同時に笑う。
ディンゴは杖を掲げる。
周囲の壁に埋め込まれていた魔導装置が一斉に起動した。
ゴォン。
ゴォン。
地下通路の床へ複数の魔法陣が浮かび上がる。
「この施設そのものが、俺の武器だ。」
メグが警戒する。
「戦場操作型ね。」
そして。
マスティフが盾を地面へ叩き付けた。
ドンッ!!
地下通路全体が揺れる。
「叩き潰す。」
巨大な戦斧を構える。
青真は銀河を握る。
「……なるほど。」
闇風が低く姿勢を落とす。
メグが魔力を集中。
カレンが剣を構える。
四人のPRIMEと。
四人の幹部。
互いの視線が交差する。
静寂。
一秒。
二秒。
そして。
ウルフが地面を蹴った。
「行くぞ!!」
ドォン!!
同時にコヨーテが消える。
ディンゴの魔法陣が一斉に輝き。
マスティフが巨大な盾を構えたまま突進する。
青真も踏み込んだ。
「来い!!」
銀河が閃く。
地下通路へ、八人の戦士が一斉に駆け出した。
読んでいただきありがとうございました!もし面白いと思っていただけたら、ブクマや評価で応援してもらえると励みになりま
す!




