第178話:狂犬の指揮者
お待たせしました〜。
地下通路を進む四人の足音が、静かな施設内へ響いていた。
壁には見慣れない魔導装置が等間隔に設置されている。
青白い光が一定の間隔で明滅し、低い駆動音が通路の奥から絶え間なく聞こえていた。
「……かなり広いな。」
青真が周囲を見渡す。
「表から見た規模とは全然違う。」
「当然です。」
カレンが答える。
「これだけの施設を地下へ隠していたなら、相当な年月を掛けて建造したのでしょう。」
メグは壁へ手を近付ける。
「魔力の流れが複雑すぎる。」
「研究施設だけじゃないわね。ここ自体が巨大な魔導設備になってる。」
闇風が足を止めた。
「……待て。」
三人も同時に止まる。
闇風が前方へ視線を向ける。
「来る。」
遠くから。
足音。
一つではない。
二つ。
三つ。
そして。
十。
数え切れないほどの足音が地下通路を震わせ始めた。
青真が銀河へ手を添える。
「来たか。」
闇風が双短剣を抜く。
通路の奥。
暗闇の中から巨大な影が次々と現れた。
一体。
二体。
五体。
十体。
さらに奥からも姿を現す。
「……多い。」
メグが呟く。
やがて。
通路を埋め尽くすように、十五体の改人が姿を現した。
全員がA級。
それぞれ異なる武器を手にし、全身から濃密な魔力を放っている。
だが。
その中央に立つ男だけは、改人達とは明らかに違っていた。
細身の身体。
長い外套。
そして、獣を思わせる鋭い目。
男は四人を見つめながら、ゆっくりと笑った。
「ここまで来るとはな。」
「PRIMEというのは、随分と無謀らしい。」
青真が銀河を抜く。
「お前がこいつらの指揮官か。」
男は一歩前へ出る。
「そうだ。」
「ネメシス所属、ハイエナ。」
その名を聞いた闇風が目を細める。
「幹部か。」
「よく知っているな。」
ハイエナは笑った。
「なら、俺の戦い方も少しは分かっているか。」
「指揮能力特化。」
メグが答える。
「複数の戦力を強化するタイプね。」
「ご名答。」
ハイエナが指を鳴らす。
パチン。
その瞬間。
十五体の改人を包むように赤黒い魔力が広がった。
ゴォォォ……。
改人達の身体から放たれる魔力が、一気に膨れ上がる。
「……!」
カレンが身構える。
「魔力反応が跳ね上がった。」
玲司から受け取った通信データを確認するため、メグが端末へ視線を落とす。
「全員、強化されてる。」
ハイエナが楽しそうに笑う。
「俺の能力は単純だ。」
「味方を強化しーー」
今度は四人へ向かって手を向ける。
紫黒色の魔力が一瞬で広がった。
「敵を弱体化させる。」
ズンッ!!
身体へ重い何かが乗ったような感覚。
青真の眉が動く。
「……重い。」
魔力を巡らせようとする。
だが。
普段なら容易に動かせるはずの魔力が、明らかに鈍い。
カレンも剣を握り直した。
「身体能力が……落ちています。」
闇風は双短剣を構えたまま、自分の身体を確認する。
「速度が二割ほど落ちた。」
「私も魔力出力が低下してる。」
メグが険しい顔になる。
ハイエナは満足そうに頷いた。
「その通り。」
「俺の支配領域内にいる限り、お前達は本来の力を出せない。」
「そして、こいつらは強化され続ける。」
十五体の改人が一斉に武器を構える。
「いくらPRIMEでも。」
ハイエナの口元が吊り上がる。
「弱体化させた上で強化改人十五体を相手にするのは、きついだろう。」
青真は銀河を握り直した。
「……なるほどな。」
改人達が一斉に駆け出す。
「来ます!」
カレンが叫ぶ。
正面から三体。
左右から四体ずつ。
さらに後方から四体。
完全な包囲。
青真は銀河を振り抜いた。
キィン!!
一体目の攻撃を受け流す。
しかし。
「重い……!」
普段なら簡単に弾ける攻撃が、腕へ大きな負担を与える。
二体目が横から迫る。
未来予知。
右。
青真は身体を捻って回避する。
その直後。
三体目の斬撃。
「くっ!」
銀河で受け止める。
ガキィン!!
衝撃で足が僅かに後退した。
「青真!」
カレンが横から飛び込み、改人を斬り払う。
「助かった。」
「まだ来ます!」
カレンが振り返る。
改人達が再び殺到する。
闇風がその間を駆け抜けた。
「遅い。」
ザンッ!!
一体。
二体。
しかし。
「……っ。」
三体目の攻撃を躱した直後、別の改人が横から突っ込んでくる。
闇風は身体を捻る。
紙一重。
それでも肩を掠めた。
「数が多い。」
メグは後方から魔法を放つ。
「《重力領域》!」
ズンッ!!
周囲の空間が重くなる。
数体の改人が膝を落とす。
だが。
「無駄だ。」
ハイエナが再び手を掲げる。
赤黒い魔力が改人達を包む。
「強化。」
ズンッ!!
改人達が重力を押し切って立ち上がる。
「そんな……!」
メグの表情が険しくなる。
「強化と弱体化を同時に維持してる……!」
「これが俺の戦い方だ。」
ハイエナが笑う。
「俺自身が強い必要なんてない。」
改人の一体が青真へ突進する。
未来予知。
青真は攻撃を躱す。
しかし。
そこへ別の改人が待ち構えていた。
「しまっ――!」
ガキィン!!
銀河で受け止める。
そのまま押し込まれる。
「ぐっ……!」
さらに背後。
もう一体。
カレンが割り込んで攻撃を弾く。
「青真!」
「大丈夫だ!」
青真は距離を取る。
呼吸が僅かに乱れていた。
ハイエナはそれを見逃さない。
「どうした?」
「さっきまでの余裕は。」
改人達が再び隊列を整える。
十五体。
誰一人として倒れていない。
青真達もまだ戦える。
だが。
このままでは、こちらの消耗だけが積み重なっていく。
闇風が低く呟いた。
「このままでは押し切られる。」
メグも頷く。
「ハイエナを直接狙おうにも、改人達が邪魔してくる。」
カレンが剣を構え直す。
「それなら、まず改人達を突破するしかありません。」
青真は黙って銀河を見る。
そして。
ゆっくりと息を吐いた。
ハイエナが笑う。
「諦めたか?」
青真が顔を上げる。
先ほどまでの苦しそうな表情は消えていた。
その瞳には、静かな確信が宿っている。
「いいや?」
一歩。
青真が前へ出る。
「問題ない。」
銀河の刀身から、これまでとは異なる魔力が流れ始めた。
「《真武解放》。」
ドォォォォォン!!
刀身が大きく震える。
銀河の刀身が青真の身体を覆うほどの大きさへ変化していく。
刀身の形状が変わる。
柄が伸びる。
刃が巨大化する。
蒼白い魔力が刃の周囲を渦巻き、まるで龍が剣へ絡み付いているようだった。
「な……。」
ハイエナの表情から笑みが消える。
「何だ……その武具は。」
青真は巨大化した銀河を軽く振る。
ブォンッ!!
振り抜いただけで、地下通路を走る風圧が改人達を押し返した。
「まだ終わってないぞ。」
青真の言葉と同時に、他の三人にも変化が起きる。
闇風の短剣が淡い白い光へ包まれる。
二本の短剣が大型化し、刀身へ雷光が走った。
漆黒の魔力が闇風の身体を包み込む。
その瞬間。
シュンッ!!
姿が消えた。
「なっ!?」
改人の一体が振り返る。
だが遅い。
ザンッ!!
一閃。
さらに別の改人の背後へ回り込む。
ザンッ!!
雷光を纏った二本の短剣が、強化された改人の装甲を次々と斬り裂いていく。
「速すぎる!」
ハイエナが叫ぶ。
一方。
メグの魔導之杖も大きく変形していた。
先端の魔法玉が巨大化し、杖そのものが黄金と深紅の装飾に包まれていく。
紅い魔力が周囲へ舞い上がる。
メグが杖を掲げる。
「これなら。」
魔力が一気に広がる。
「《重力領域》!」
ズンッ!!
再び空間が重くなる。
今度は先ほどとは比べ物にならない。
強化された改人達の身体が一斉に沈み込んだ。
「ぐっ……!」
「何だ、この重さは!」
改人達が膝をつく。
そこへ黄金色の錬成陣が重なる。
「《錬金拘束》!」
ガシャン!!
無数の金色の鎖が地面から伸び、改人達の腕や脚へ絡み付く。
さらに。
「《火炎大魔壁》!」
魔導之杖の先端から紅い炎が走った。
「動けないなら、そのまま止まってて!」
轟ッ!!
炎の奔流が改人達の前方を塞ぐ。
そして。
カレンの剣も姿を変えていた。
剣の刀身が巨大化し、鍔が黒銀色の盾へ変形する。
「まとめます。」
空中で身体を翻す。
「そこです!」
黒銀の盾が一気に巨大化する。
ドォォォン!!
正面にいた改人達がまとめて吹き飛ばされた。
カレンも同時に跳躍する。
空中へ舞い上がった改人達へ追いつき、そのまま連続斬撃を叩き込む。
ザンッ!!
一体。
ザンッ!!
二体。
ザシュッ!!
三体。
さらに方向を変え、別の改人へ急接近する。
「逃がしません!」
一閃。
改人が地面へ叩き落とされる。
ドゴォン!!
その光景を見ていたハイエナの顔が引きつった。
「馬鹿な……。」
十五体。
全てA級。
しかも、自分の能力によって強化されている。
それなのに。
たった数分前まで苦戦していたPRIME達が、まるで別人のように改人達を圧倒していた。
青真は巨大な銀河を振り抜く。
「はあっ!」
ドォォォォン!!
蒼白い斬撃が一直線に走った。
三体の改人がまとめて吹き飛ぶ。
闇風がその間を駆け抜ける。
シュンッ!!
一体。
二体。
三体。
黒雷の残光だけを残しながら、次々と敵を切り崩していく。
メグは重力で動きを封じ、錬金拘束で完全に足を止める。
カレンは宙へ打ち上げ、空中から正確に制圧していく。
「そんな……。」
ハイエナは後退する。
「俺の強化を受けた改人が……。」
その視線が四人の武具へ向けられる。
大型化し青白い魔力を纏うた銀河。
黒雷を纏う双短剣。
紅炎を宿した杖。
黒銀の盾を宿した剣。
どれも、先ほどまでとはまるで別物だった。
「なんだ、なんなのだその武具は!?なぜそこまでの力を!」
青真は少しだけ笑った。
「だって俺達の武器、東京決戦の前から存在してる異世界のS級アーティファクトだもん。」
「……は?」
ハイエナが固まる。
「異世界……?」
「そう。」
青真は銀河を軽く振る。
「お前達が後から作ったパチモンアーティファクトとは――」
蒼白い魔力が爆発する。
「最初から格が違うんだよ。」
ハイエナの表情が凍り付いた。
その直後。
最後の改人が地面へ倒れ込む。
ドォン……。
静寂。
十五体。
全てのA級改人が制圧されていた。
青真はゆっくりとハイエナへ歩き出す。
「さて。」
巨大な銀河を構える。
「次は、お前だ。」
ハイエナは後退する。
「……っ。」
初めて、その顔に明確な焦りが浮かんだ。
しかし。
まだ逃げ道は残っている。
ハイエナの背後。
そこには、本拠地のさらに奥へ続く巨大な扉があった。
「……まだだ。」
ハイエナが低く呟く。
その身体から、さらに膨大な魔力が噴き上がった。
「俺が……この程度で終わると思うな!」
赤黒い魔力が全身を包み込む。
同時に、周囲へ倒れていた改人達の魔力まで吸い上げていく。
「仲間の魔力まで……!」
メグが目を見開く。
「悪あがきだな。」
闇風が短く答える。
ハイエナは拳を握り締めた。
「俺はネメシスの幹部だ!」
「貴様らごときに――!」
その瞬間。
青真の姿が消えた。
「なっ――!?」
ドォン!!
巨大化した銀河がハイエナの防御魔法へ叩き込まれる。
防壁が大きく揺らぐ。
ハイエナは必死に踏み止まる。
「まだ……!」
横から雷光が走った。
闇風だった。
「遅い。」
ザンッ!!
ハイエナの身体を斬撃が掠める。
「ぐっ!」
体勢を崩した瞬間、メグの魔力が広がった。
「沈みなさい。」
ズンッ!!
強烈な重力がハイエナへ掛かる。
「な……!」
膝が地面へ落ちる。
その隙を逃さず、カレンが跳躍した。
「終わりです!」
空中から慣性を利用した盾による打撃を叩き込む。
「ぐああああっ!」
ドォン!!
ハイエナの身体が地面へ叩き付けられる。
砂煙が舞う。
それでもハイエナは立ち上がろうとした。
「俺は……まだ……。」
震える腕で身体を支える。
その目に宿っていたのは、怒りだった。
「ネメシスは……終わらない……!」
青真が静かに歩み寄る。
「それは、お前が決めることじゃない。」
銀河を構える。
蒼白い魔力が巨大な刀身へ集束していく。
ハイエナが顔を上げる。
「待――」
「終わりだ。」
一閃。
ドォォォォォン!!
蒼白い斬撃が一直線に走る。
ハイエナを包んでいた赤黒い魔力が一瞬で吹き飛び、支配・強化用のアーティファクトも同時に砕け散った。
パリンッ!!
ハイエナの身体から力が抜ける。
そのまま地面へ崩れ落ちた。
「……。」
動かない。
メグが魔力反応を確認する。
「……反応、消えた。」
闇風も周囲を確認する。
「ハイエナ、撃破。」
カレンは静かに剣を下ろした。
青真は銀河を見つめる。
真武解放によって大型化した刀身には、まだ青白い魔力が静かに流れていた。
やがて魔力が収まり、銀河はゆっくりと元の姿へ戻っていく。
「これで……。」
青真が倒れたハイエナを見る。
「片付いたな。」
メグが頷く。
「残るのは……この奥だけね。」
四人は、ハイエナの背後にある地下施設の奥へ視線を向けた。
その先には、まだ無数の魔導装置が稼働している。
そして。
さらに奥深くから、何か巨大なものが動く音が響いていた。
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