第174話:支配
夜の街に、突然警報が鳴り響いた。
けたたましいサイレンが建物の間を駆け抜け、街灯の下を歩いていた人々が一斉に足を止める。
「魔力反応を確認!」
通信機から玲司の声が響く。
「市街地東区画、複数です。」
「数……二十を超えています。」
青真は銀河へ手を添えながら、目の前の大通りを見渡した。
遠くで爆発音が響く。
続いて、建物の壁が崩れ落ちた。
「始まったか。」
「ネメシスですね。」
カレンが剣を構える。
その表情に動揺はない。
玲司が周囲を確認しながら続ける。
「現在、特魔災害対策庁が避難誘導を開始しています。」
「各区域の魔力反応をこちらで追います。」
「PRIMEの皆さんは、それぞれ担当区域へ向かってください。」
青真が頷く。
「分かった。」
通信機から蓮の声が入る。
『全員、無理はするな。』
『市街地での戦闘だ。一般人への被害を最優先で防げ。』
「了解しました。」
青真は短く答えた。
その瞬間。
ビルの陰から巨大な影が飛び出してくる。
ドォン!!
道路へ着地したのは、一体の改人だった。
人間の姿を残している。
しかし腕や脚には異様に発達した魔力回路が走り、瞳は赤く輝いていた。
「グォォォォッ!!」
改人が咆哮する。
その背後から、さらに数体が姿を現した。
玲司が即座に報告する。
「青真さんの区域、A級相当が十体前後。」
「こちらで周辺の一般人を誘導します。」
青真は銀河を抜いた。
「十体か。」
蒼い刀身が街灯の光を反射する。
「十分だ。」
改人達が一斉に駆け出した。
一体が拳を振り抜く。
青真は半歩だけ横へ移動する。
拳が空を切った。
そのまま銀河を振るう。
一閃。
改人の武器が弾き飛ばされる。
二撃目。
身体を横へ薙ぎ、改人を道路の端まで吹き飛ばした。
続けて二体が左右から迫る。
青真は未来予知を発動する。
数秒先の動きを確認。
右。
左。
そのさらに後ろから三体目。
「そこだ。」
銀河が閃く。
三体目の攻撃を弾いた瞬間、青真はその身体を踏み台にして跳び上がった。
空中で身体を捻る。
着地と同時に斬撃。
三体がまとめて倒れ込んだ。
「残り七体。」
青真は息一つ乱さない。
その頃。
別の区画では闇風が改人達と対峙していた。
「十体……。」
改人達が武器を構える。
闇風は毒影の短剣を握り直した。
姿が消える。
次の瞬間。
一体の背後。
短剣が走る。
魔力回路を正確に断ち切り、改人が崩れる。
闇風はそのまま次の敵へ移動する。
一体。
二体。
三体。
攻撃を受けることなく、次々と戦闘能力を奪っていく。
「遅い。」
最後の一体が倒れた。
闇風は周囲を確認する。
「……まだ来るか。」
遠くから別の魔力反応が近付いていた。
一方、メグの担当区域。
「そこ!」
メグが杖を振る。
「《重力領域》!」
ズンッ!!
改人達の身体が一斉に地面へ沈む。
「《魔人形》!」
巨大な魔人形が駆け出し、拳を振り抜く。
ドゴン!!
二体の改人がまとめて吹き飛ぶ。
その隙にメグが錬成陣を展開した。
「錬金拘束。」
黄金色の鎖が伸び、残った改人達の腕と脚へ絡み付く。
「動かないでね。」
薬品の入った小瓶を取り出す。
「これで終わり。」
小瓶を投げる。
地面へ落ちた瞬間、淡い煙が広がる。
改人達の魔力回路が鈍く明滅し、その動きが止まった。
メグは魔力反応を確認する。
「よし。」
通信機から玲司の声が入る。
「メグさん、周辺の避難は完了しました。」
「そちらの戦闘反応も低下しています。」
「了解。」
メグは小さく息を吐いた。
「こっちは片付いたよ。」
しかし。
玲司の返答が一瞬途切れた。
「……待ってください。」
「どうしたの?」
「別の反応があります。」
玲司の声が少し低くなる。
「先ほどまでの個体より数が多い。」
「どこ?」
「北東区画です。」
「そこに……カレンさんがいます。」
メグの表情が変わった。
「カレンが?」
「はい。」
「確認できるだけで、五十体近く。」
メグは思わず目を見開く。
「五十……?」
玲司は通信機を握り直す。
「さらに妙なことがあります。」
「何?」
「その改人達、他の区域へ向かっていません。」
「全てカレンさんのいる区域へ集中しています。」
メグはすぐに立ち上がった。
「……狙ってる、カレン...!」
同じ頃。
北東区画。
カレンは一人、大通りの中央に立っていた。
周囲には倒れた改人達。
その数はすでに十体を超えている。
それでも、まだ敵は減らない。
建物の陰から次々と改人が現れる。
「……これで、まだ終わらないのですか。」
カレンは剣を構え直す。
五体の改人が前へ出た。
その後ろにも、さらに数体。
カレンは静かに息を吐く。
「来なさい。」
改人達が一斉に襲い掛かった。
一体目の剣を剣で受け流す。
二体目の攻撃を身体を捻って躱す。
そのまま踏み込む。
横薙ぎ。
ドォン!!
五体の身体がまとめて吹き飛んだ。
道路を転がり、建物の壁へ次々と叩き付けられる。
カレンは細剣を軽く振った。
「この程度ですか。」
だが。
倒れた五体の後ろから、すぐに別の集団が現れた。
「……また。」
五体。
さらに五体。
カレンの周囲を取り囲む。
その全てが、彼女だけを見ている。
「私を囲むつもりですか。」
カレンは一歩前へ出た。
改人達が同時に距離を詰める。
その瞬間。
カレンは剣を地面へ突き刺した。
ズドン!!
凄まじい風圧が周囲へ広がる。
改人達の身体が一斉に浮き上がり、十体以上がまとめて吹き飛んだ。
「私がこの程度の数でやられると思いますか。」
カレンは剣を引き抜く。
その視線は鋭い。
しかし。
吹き飛ばされた改人達が起き上がるより先に、さらに後方から別の集団が前へ出てくる。
五体。
十体。
そしてまた五体。
まるで交代するように、絶え間なく押し寄せてくる。
カレンの表情が僅かに曇った。
「……なるほど。」
「倒すことが目的ではなく、私を戦場へ縛り付けるつもりですか。」
通信機へ手を伸ばす。
「青真。」
返答はない。
もう一度。
「青真さ、聞こえますか。」
ノイズだけが返ってくる。
カレンは通信機を見つめた。
その直後。
背後から改人が迫る。
振り向く。
剣が閃く。
一体を吹き飛ばす。
だが、視界の端からさらに別の改人が迫る。
「……っ。」
カレンは即座に身体を捻る。
剣を受け流す。
反撃。
また一体が倒れる。
そして次の五体が入ってくる。
終わらない。
敵の攻撃そのものは、脅威ではない。
しかし一瞬たりとも集中を切らせない状況が続いていた。
右。
左。
背後。
上。
また交代。
また次の集団。
カレンは一人でそれら全てを処理し続ける。
その様子を、遠く離れた建物の屋上から一人の男が見下ろしていた。
ネメシスの下級幹部。
ジャッカルは手元のアーティファクトへ視線を落とす。
そこにはカレンの魔力反応が表示されている。
「まだ余裕があるか。」
男は静かに呟く。
「さすがS+級。伝説の英雄と言われるだけはある。」
「だが、こちらも急ぐ必要はない。」
画面には、五十体の改人を示す魔力反応。
男は淡々と指示を送った。
「次の部隊、入れ。」
その瞬間。
カレンの前へ、新たな改人達が現れた。
カレンは剣を構える。
まだ、その表情に敗北の色はない。
だが。
男の手元には、別の黒いアーティファクトが静かに置かれていた。
カレンの前へ、また五体の改人が現れた。
「……またですか。」
剣を構える。
疲労はない。
身体はまだ十分に動く。
だが、精神的な負担は確実に積み重なっていた。
一瞬でも判断を誤れば、別方向から攻撃が飛んでくる。
改人の数そのものよりも、その状況を維持し続けることが厄介だった。
「来なさい。」
五体が同時に踏み込む。
一体目の拳を躱す。
二体目の剣を剣で弾く。
三体目へ踏み込み、柄で胸部を打つ。
四体目の攻撃を受け流し、そのまま足を払う。
最後の一体へ向けて剣を横薙ぎに振るった。
ドォン!!
五体がまとめて吹き飛ぶ。
「……次。」
カレンは周囲を見渡した。
倒れた改人の向こうから、すでに次の集団が歩いてくる。
その数は十体。
さらに後ろにも、まだいる。
「やはり。」
カレンは目を細めた。
「私を倒すつもりではありませんね。」
改人達は答えない。
ただ一定の距離を保ち、カレンだけを見ている。
その動きには明らかな規則性があった。
前へ出る。
攻撃する。
吹き飛ばされる。
後退する。
そして別の集団が入る。
「交代制……。」
カレンは小さく呟いた。
「私を削るためですか。」
その言葉を聞いたわけではない。
それでも、遠くの屋上にいる男――ジャッカルは僅かに口元を上げた。
「気付いたか。」
手元のアーティファクトには、カレンの魔力反応が表示されている。
「だが、気付いたところでどうにもならん。」
「お前が一人で戦っている限りな。」
ジャッカルが指を動かす。
新たな指示が送られる。
「続けろ。」
「あと少しだ。」
カレンの前へ、また改人達が殺到した。
「……しつこい。」
カレンは剣を握り直す。
一歩踏み込む。
鋭い斬撃。
二体。
三体。
四体。
次々と改人が倒れていく。
さらに横から迫る五体を、身体を回転させながらまとめて弾き飛ばす。
最後に剣を地面へ突き刺した。
「吹き飛びなさい!」
ドォォン!!
強烈な風圧が広がる。
十体以上の改人が一斉に吹き飛んだ。
カレンは息を整えながら立ち上がる。
その頃。
別の区域では、青真が最後の改人を斬り伏せていた。
「これで終わり。」
銀河を鞘へ収める。
「レイジ、そっちは?」
通信機からすぐに返事が来る。
『周辺の避難誘導は完了しています。』
『残存する敵反応も、こちらで追跡しています。』
「分かった。」
青真が周囲を見渡す。
「カレンは?」
一瞬、通信が途切れた。
『……まだ交戦中です。』
「まだ?」
青真の眉が僅かに動く。
『はい。』
『魔力反応そのものは安定しています。負傷している様子もありません。』
『ですが、交戦時間が異常に長いです。』
闇風からも通信が入った。
「俺の区域は制圧した。」
「メグも終わったか?」
『こっちも終わったよ。』
メグの声が返ってくる。
「カレンのところだけ?」
『うん。』
メグが少し考える。
『A級改人を相手にしてるなら、普通ならもう終わってるはず。』
闇風が続ける。
「つまり、終わらせないようにしている。」
青真の表情が険しくなる。
「……狙いはカレンか。」
その時。
通信機からレイジの声が響いた。
『青真さん。』
『カレンさんの区域に、再び大量の魔力反応が入りました。』
『まだ戦闘を続けるつもりのようです。』
青真は銀河へ手を添えた。
「俺達も向かう。」
『承知しました。』
青真達が走り出す。
その頃、カレンの戦場では。
「……っ。」
カレンが一瞬だけ目を閉じた。
ほんの一瞬だった。
しかし、その一瞬で呼吸が乱れた。
「まだ……。」
剣を構え直す。
前方には、また新たな改人。
数えることすら意味がないほど、次々と入れ替わっている。
カレンはそれでも退かなかった。
「この程度……。」
踏み込む。
一閃。
二閃。
三閃。
改人達が吹き飛ぶ。
だが、また次が来る。
「……!」
カレンの視界が僅かに揺れた。
一体の改人が二体に見える。
「……何?」
瞬きをする。
元に戻る。
カレンは周囲を見渡した。
「今のは……。」
その瞬間。
屋上からジャッカルが立ち上がった。
「十分だ。」
魔力が静かに広がる。
空気が変わった。
カレンが顔を上げる。
「……誰です?」
返事はない。
ただ、周囲の景色がゆっくりと歪み始めた。
建物が二重に見える。
道路が遠ざかる。
改人達の姿が幾重にも重なっていく。
「幻覚……。」
カレンは即座に剣を構えた。
「この程度の幻覚なら……。」
目を閉じる。
魔力を集中させる。
周囲の魔力の流れを探る。
だが。
「……っ。」
目を開けた瞬間。
目の前にいたはずの改人が消えている。
代わりに、左右から十体以上の影が迫ってきた。
「違う……。」
カレンは後退する。
「数まで狂わせている……。」
ジャッカルの声が遠くから響く。
「最上位幻覚魔法、《ファントムディストピア》だ。」
「お前ほどの人間なら、正面からなら破れるだろう。」
「だからこそ、ここまで時間を掛けた。」
カレンの瞳が鋭くなる。
「……私を弱らせるために。」
「その通り。」
カレンは剣を握り締めた。
「なら……。」
「まだ終わっていません。」
魔力が一気に膨れ上がる。
幻覚の中でも、カレンは強引に魔力の流れを掴もうとする。
一つ。
二つ。
三つ。
本物の魔力反応を探す。
「そこ……!」
剣を振るう。
幻影が一つ消える。
しかし、別の幻影が重なる。
さらに別方向から攻撃が迫る。
カレンは避ける。
反撃する。
だが、今までとは違う。
敵の位置が定まらない。
攻撃を防ぐたびに、次の判断を迫られる。
そして、その判断そのものを幻覚が狂わせていく。
「くっ……!」
カレンが片膝をつく。
それでも細剣は手放さない。
「私はPRIME、この程度で……。」
ジャッカルは静かにアーティファクトを取り出した。
黒い金属で作られた小さな装置。
中央には紫色の魔石が埋め込まれている。
「だからこそ、試す価値がある。」
「試作品だが……。」
「PRIMEを支配できるなら、十分な成果だ。」
アーティファクトが起動する。
紫色の光がカレンを包み込んだ。
「……っ!?」
カレンの身体が僅かに震える。
精神へ直接干渉する魔力。
幻覚によって乱された意識へ、さらに別の魔力が入り込んでくる。
カレンは必死に抵抗する。
「……やめ……。」
剣を握る。
魔力を集中する。
しかし、幻覚と精神支配。
二つの干渉が重なり、意識が徐々に沈んでいく。
「私は……。」
カレンの声が途切れる。
ジャッカルが静かに告げる。
「もう抵抗する必要はない。」
「お前の役割は、これから始まる。」
紫色の光が一際強く輝いた。
カレンの瞳から、僅かに光が消える。
剣を握っていた手が、ゆっくりと下がった。
ジャッカルは満足そうに魔導具を見つめる。
「……成功だ。」
遠くでは、青真達がカレンのいる区域へ向かって走っていた。
しかしその時にはもう。
カレンの前に立つ敵は、改人ではなかった。
静かに立つジャッカル。
そして、その隣で無言のまま立ち尽くすカレン。
街には、再び不気味な静寂が広がっていた。
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