第173話:脅威
地下施設の最深部。
改人Ωがゆっくりと一歩を踏み出した。
ドン。
床へ僅かな亀裂が走る。
その身体には青白い電雷が絶え間なく走っていた。
青真は銀河を構えたまま、目の前の敵を見据える。
「……さっきより速いな。」
改人Ωは答えない。
黄金色の瞳が、青真の動きを追っている。
次の瞬間。
バチィッ!!
姿が消えた。
「来る。」
青真は未来予知を発動する。
数秒先。
改人Ωが右側から接近。
拳を振り抜く。
青真は身体を僅かに沈めた。
拳が頭上を通過する。
そのまま銀河を振り上げる。
ガキィン!!
刃が改人Ωの腕へ叩き込まれた。
しかし、浅い。
改人Ωは即座に距離を取った。
「なるほど。」
青真が小さく息を吐く。
「敏捷強化に加えて、身体そのものも強化されてる。」
カレンが剣を構える。
「なら、こちらから行きます。」
地面を蹴る。
一瞬で間合いへ入り、剣が閃いた。
一撃。
二撃。
三撃。
改人Ωは拳で受け、身体を捻って躱す。
しかしカレンは止まらない。
剣の切っ先が肩を掠め、黒い魔力回路を一本断ち切った。
「グッ……。」
改人Ωが初めて声を漏らす。
「効いていますね。」
カレンが静かに構え直す。
その背後から雷撃が走った。
バリィッ!!
カレンは身体を捻って躱す。
雷撃が床を焼いた。
「電雷操作まで……。」
メグが改人Ωを観察する。
「複数の能力を同時に使ってる。」
闇風の姿が消えた。
気配遮断。
改人Ωの死角へ回り込む。
毒影の短剣が首筋へ迫った。
ギィン!!
改人Ωは振り向くことなく腕で受け止めた。
「……読まれたか。」
闇風は即座に後退する。
「五感強化だな。」
「視覚だけじゃない。」
「音も魔力も拾っている。」
メグが頷く。
「厄介ね。」
その瞬間、改人Ωが再び踏み込んだ。
今度の標的はメグ。
「メグ!」
青真が叫ぶ。
改人Ωが拳を振り抜く。
しかし、その直前。
「《重力領域》。」
ズンッ!!
改人Ωの身体へ強烈な重力が掛かった。
床が沈み込む。
拳の軌道が僅かに逸れる。
メグはそのまま後方へ飛び退いた。
「私に近づけると思った?」
「助かった。」
青真が短く言う。
「まだ終わってないよ。」
メグが魔導具を構える。
「魔人形!」
魔人形が改人Ωへ突っ込む。
「ゴォォッ!」
ドゴン!!
巨大な拳が改人Ωの腹部へ叩き込まれた。
改人Ωの身体が吹き飛び、壁へ激突する。
「まだ!」
メグが杖を向ける。
黄金色の錬成陣が床へ展開された。
「錬金拘束。」
金色の鎖が何本も飛び出す。
腕。
脚。
胴体。
改人Ωの身体へ次々と絡み付く。
ギギギギッ……。
改人Ωが力を込める。
鎖が激しく軋む。
「これでも止まらないの?」
メグが眉を寄せる。
「なら……。」
杖の先へ魔力を集中させる。
「重力、追加。」
ズンッ!!
さらに重力が加わる。
改人Ωの身体が床へ押し付けられた。
青真はその隙を逃さない。
銀河を握り直す。
一歩。
踏み込む。
蒼白い斬撃が走る。
しかし。
改人Ωの身体から大量の電雷が噴き出した。
バチバチバチッ!!
電雷が斬撃へぶつかり、軌道を僅かに逸らす。
青真の目が細くなる。
「防御にも電雷を使えるのか。」
改人Ωが鎖を引き千切る。
バキィン!!
そのまま地面を蹴った。
「速い。」
玲司が呟く。
改人Ωの姿を目で追いながら、通信機へ手を伸ばす。
「周囲の設備への被害が拡大しています。」
「戦闘を長引かせるのは危険です。」
「分かった。」
青真が答える。
「短時間で終わらせる。」
改人Ωが再び接近する。
青真は未来予知を見る。
右。
左。
フェイント。
その先に拳。
「見えてる。」
銀河で拳を受け流す。
ギィン!!
改人Ωの身体が流れる。
そこへカレンが踏み込んだ。
「隙あり。」
剣が胸部へ走る。
改人Ωが身体を捻る。
しかし完全には避け切れない。
刃が胸部を浅く裂いた。
闇風がその傷口へ飛び込む。
「ここだ。」
毒影の短剣が魔力回路を断つ。
改人Ωの電雷が一瞬だけ弱まった。
「今。」
メグが魔人形へ指示を出す。
魔人形が改人Ωの腕を掴む。
その隙にメグが再び錬金拘束を展開する。
金色の鎖が改人Ωの身体へ絡み付いた。
青真は改人Ωを見据える。
「なるほど。」
「能力を重ねるほど、切り替えに僅かな隙ができる。」
メグも頷く。
「やっぱり。」
「この改人の身体には、複数の能力が無理やり組み込まれてる。」
「五感強化。」
「敏捷強化。」
「電雷操作。」
「それぞれの能力を独立して使ってるんじゃない。一つの身体で同時に動かしてる。」
闇風が改人Ωを見据える。
「だから切り替えの瞬間だけ、魔力の流れが乱れる。」
「そういうこと。」
カレンが剣を構え直す。
「なら、その瞬間を狙えばいい。」
改人Ωが再び構える。
全身の魔力回路が輝く。
電雷がさらに強くなる。
そして。
敏捷強化の魔力が全身へ流れ始めた。
玲司が周囲を確認する。
「来ます。」
青真は銀河を構える。
「来い。」
改人Ωが床を蹴った。
轟音と共に、その姿が消える。ぶ
未来予知が、次の動きを映し出した。
改人Ωの姿が消える。
直後。
ドォン!!
凄まじい衝撃が地下空間を駆け抜けた。
青真の目の前へ、改人Ωが現れる。
拳が振り抜かれる。
未来予知に映った軌道を、青真は僅かに身体を傾けて躱した。
そのまま銀河を振るう。
ガキィン!!
刃と腕がぶつかる。
電雷が弾ける。
改人Ωは一度距離を取った。
「速い。」
青真は銀河を構え直す。
「でも、もう見えてる。」
改人Ωが再び踏み込む。
右。
左。
さらに一歩。
その動きに合わせて電雷が変化する。
だが、青真には次の動きが見えていた。
「そこだ。」
青真が一歩前へ出る。
その瞬間、カレンが横から踏み込んだ。
剣が改人Ωの腕を正確に捉える。
ギィン!!
改人Ωの拳の軌道が逸れた。
闇風がその死角へ滑り込む。
「もらった。」
毒影の短剣が背中の魔力回路を斬り裂く。
バチィッ!!
電雷が一瞬だけ弱まった。
「今です!」
メグが杖を振る。
「《重力拘束》!」
ズンッ!!
改人Ωの身体が床へ沈む。
さらに魔人形が背後から腕を掴んだ。
ゴォォッ!
改人Ωが力任せに振り払おうとする。
しかし、その足元へ黄金色の錬成陣が広がった。
「錬金拘束。」
金色の鎖が一斉に伸びる。
両脚。
両腕。
胴体。
改人Ωの動きが完全に止まった。
「グォォォッ!!」
全身の電雷が一気に膨れ上がる。
鎖が激しく軋む。
「まだ動くの……。」
メグが魔力を追加する。
「なら、もう一段。」
重力がさらに強くなる。
床が大きく沈み込む。
改人Ωの魔力回路が赤く明滅した。
その瞬間。
メグが目を見開く。
「今、能力が切り替わった。」
青真が頷く。
未来予知にも、同じ瞬間が映っている。
電雷操作から敏捷強化へ。
その切り替えの僅かな間。
魔力回路の流れが乱れる。
「これが最後の隙だ。」
青真が踏み込む。
改人Ωが力を振り絞る。
拘束を破ろうと身体を動かす。
カレンが正面へ立った。
「させません。」
剣が閃く。
改人Ωの視線がカレンへ向く。
その瞬間。
闇風が背後へ回った。
「隙だ。」
短剣が魔力回路を断つ。
電雷が消える。
メグの重力魔法が改人Ωの身体を押さえ込む。
そして。
青真が銀河を振り抜いた。
「終わりだ。」
蒼白い斬撃が一直線に走る。
胸部。
そこへ集約されていた複数の魔力回路が一斉に断ち切られた。
バキィィィン!!
改人Ωの身体から光が溢れる。
魔力回路が次々と砕けていく。
電雷も。
敏捷強化の魔力も。
五感強化の魔力も。
全てが消えていった。
改人Ωの身体がゆっくりと膝をつく。
そして。
ドサッ。
床へ倒れた。
静寂。
青真は銀河を鞘へ戻した。
「終わったな。」
玲司がすぐに改人Ωへ近付き、反応を確認する。
「魔力反応、完全に消失しています。死亡を確認しました。」
カレンが剣を収める。
「A+級でしたが問題ありませんでしたね。」
闇風も短剣を収める。
「能力の種類は多かった。だが、扱い切れていなかったな。」
メグは倒れた改人Ωを見つめる。
「それでも……。」
「これだけの能力を一つの身体へ組み込める技術は、かなり危険。」
青真が周囲を見渡す。
「なら、ここも終わらせよう。」
メグが頷く。
「そうだね。」
彼女は施設中央にある魔導装置へ向かった。
巨大な装置から、無数の魔力供給管が伸びている。
その先には大量の培養槽。
メグが装置へ手を添える。
「この装置が製造設備全体へ魔力を送ってる。」
「ここを止めれば、少なくともこの施設ではもう改人を作れない。」
「壊せるか?」
「壊すだけなら簡単。」
メグは杖を構える。
「でも、せっかくだから中身も残しておきたい。」
錬成陣が展開される。
複雑な魔力回路が一つずつ浮かび上がっていく。
「魔力供給経路を切断する。」
「製造用の術式も停止させる。」
金色の魔力が装置内部へ流れ込む。
次々と魔力回路が消えていく。
ブゥゥゥン……。
施設全体へ響いていた機械音が、少しずつ小さくなる。
一つ。
また一つ。
培養槽が停止していく。
内部の魔力も消えていく。
玲司が周囲を確認する。
「魔力反応、急速に低下しています。製造設備の大半が停止しました。」
「地下構造にも変化があります。このまま停止処理を続けると、施設全体が崩れる可能性があります。」
メグが顔を上げた。
「もう十分。」
青真が頷く。
「撤退するぞ。」
「承知しました。」
玲司が通信機を取り出す。
「長官。」
『どうした。』
「改人の上位個体を撃破しました。」
『そうか。』
「製造設備も停止処理に入っています。」
『無理はするな。』
『証拠を可能な限り確保して撤退しろ。』
「承知しました。」
玲司は通信を切る。
「撤退します。」
一行は来た道を戻り始めた。
その時。
ガコン!!
施設全体が大きく揺れた。
「崩壊が始まります!」
玲司が叫ぶ。
「急ぎましょう。」
全員が一斉に走り出す。
階段を駆け上がる。
通路を抜ける。
そして地上へ出た瞬間。
ドォォォォン!!
背後で廃棄施設が大きく崩れ落ちた。
大量の瓦礫が山間部へ崩れ、地下への入口も完全に塞がれる。
青真は崩壊した施設を見つめた。
「これで、ここから改人が作られることはない。」
メグが静かに答える。
「うん。」
しかし。
玲司は回収した端末を見つめていた。
「一つだけ、気になる記録があります。」
青真が振り返る。
「何だ?」
玲司は画面を確認する。
「改人遊撃連隊の運用予定。」
「この施設で製造する個体とは別に、すでに運用段階へ移っている部隊があるようです。」
青真の表情が変わる。
「……街へ出すつもりか。」
「その可能性があります。」
静かな山間部に風が吹く。
その頃。
遠く離れた場所。
暗い部屋の中で、一人の男が端末へ表示された報告を眺めていた。
ネメシスの幹部。
画面には一つの報告が表示されている。
『改人Ω――撃破。製造拠点B――機能停止。』
男は静かに画面を閉じた。
「Ωは失敗か。」
「まあいい。」
別の画面を開く。
そこには大量の改人が並んでいた。
「遊撃連隊は完成している。」
「予定通り、市街地へ投入する。」
男はその画面を眺めながら、僅かに口元を上げた。
「それに……。」
別の資料へ視線を移す。
そこにはPRIMEの戦闘記録が並んでいた。
青真。
闇風。
メグ。
カレン。
「そろそろ、奴ら自身を利用する計画も実行に移すか。」
男は静かに端末を閉じた。
一方。
青真達はまだ知らない。
次に待っている戦いが、単なる改人討伐ではないことを。
改人遊撃連隊。
その部隊が、すでに街へ向けて動き始めていた。
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