第172話:改人Ω
白い蒸気が地下施設へゆっくりと広がっていく。
培養槽の中に浮かんでいた異形の影が、ゆっくりと動き始めた。
ガシャン。
固定具が外れる。
次の瞬間。
ドォン!!
巨大な腕が培養槽のガラスを内側から叩き割った。
破片が床へ散らばる。
その奥から、一体の改人が姿を現した。
人間に近い姿。
だが、身体の各所には黒い魔力回路が浮かび上がり、肩から背中にかけては魔導装置のような器官が埋め込まれている。
「魔力反応、A−級相当です。」
玲司が静かに告げる。
青真は改人を一瞥した。
「A−か。」
銀河へ手を添える。
「なら、すぐ終わるな。」
改人が咆哮する。
「グォォォォォッ!!」
床を蹴った。
巨体が一気に迫る。
青真は未来予知を発動する。
拳が振り抜かれる未来が見えた。
「そこ。」
半歩だけ身体をずらす。
拳が空を切った。
その横をカレンが通り抜ける。
細剣が閃いた。
一閃。
肩の魔力回路が断ち切られる。
「グォッ!?」
改人の動きが止まった。
そこへ闇風が死角から入り込む。
双短剣が膝裏を正確に切り裂く。
「これで十分だ。」
改人の身体が僅かに沈む。
メグが手を前へ向けた。
「《重力領域》。」
ズンッ!!
改人の身体へ重力が掛かる。
床へ膝が落ちる。
その瞬間、魔人形が横から突っ込んだ。
「ゴォッ!」
ドゴン!!
巨大な拳が改人を吹き飛ばす。
壁へ叩き付けられた改人へ、メグの錬成陣が展開される。
「錬金拘束。」
金色の鎖が一瞬で伸び、改人の腕と脚を拘束した。
「青真。」
メグが振り返る。
「今。」
「了解。」
青真が踏み込む。
銀河が蒼く輝く。
一閃。
蒼白い斬撃が改人の胸部を走った。
改人の魔力回路が一斉に砕ける。
巨体が床へ崩れ落ちた。
静寂。
青真は銀河を鞘へ戻した。
「終わりだな。」
玲司が倒れた改人を確認する。
「反応、完全に消失しています。」
カレンは剣を収めた。
「この程度なら問題ありませんね。」
闇風も周囲を見回す。
「他に来る気配はない。」
メグだけは倒れた改人から視線を離さなかった。
「……待って。」
しゃがみ込み、改人の身体へ手を添える。
魔力を流す。
その瞬間。
メグの表情が変わった。
「やっぱり。」
奥には、数え切れないほどの培養槽が続いている。
その全てへ、太い魔力供給管が繋がっていた。
「……一体だけじゃない。」
青真が呟く。
メグは立ち上がった。
「うん。」
「この設備なら、同じような改人を何体も作れる。」
玲司が周囲を確認する。
「製造設備として稼働している可能性が高いですね。」
「ということは。」
闇風が奥を見る。
「ここはただの改人の製造場所ではないな。」
メグが頷いた。
「しかも、かなり大規模。」
青真は培養槽を見つめる。
先ほど戦った改人は、A−級。
それほどの戦力を持つ存在が、ここでは一体の特別な怪物ではない。
製造される対象の一つに過ぎない。
「……厄介だな。」
青真が静かに呟く。
「街で改人を倒してるだけじゃ、終わらないわけだ。」
「そういうことです。」
カレンが頷く。
メグは近くの魔導装置へ近付いた。
「この設備を調べれば、どうやって改人を作ってるのか分かるかもしれない。」
「それに。」
メグが奥へ続く通路を見る。
「もっと大きな設備がある。」
その時だった。
玲司が突然足を止めた。
「……待ってください。」
全員が玲司を見る。
「地下の奥から魔力反応があります。」
「かなり大きい。」
闇風が目を細める。
「敵か?」
玲司は集中する。
「分かりません。」
「ですが、この施設にいる改人とは違う反応です。」
青真が銀河へ手を添える。
「なら、見に行こう。」
メグも魔導具を手に取った。
「この施設の中心が近いかも。」
五人は地下施設の奥へ向かって歩き始めた。
背後には、停止した培養槽。
そのさらに奥には、まだ稼働を続ける無数の魔導装置。
静かな機械音だけが、地下空間に響いていた。
地下施設の奥へ進むほど、魔力の濃度が明らかに高くなっていった。
壁に埋め込まれた魔導装置が低い音を響かせ、床には複雑な術式が幾重にも刻まれている。
玲司は通信機を確認しながら、周囲へ視線を走らせた。
「この先、広い空間があります。」
「それと、魔力反応が一段階強くなっています。」
青真が足を止める。
「敵?」
「まだ断定できません。」
玲司は少しだけ集中する。
「ですが、通常の改人とは違います。」
メグが前へ出た。
「調べてみる。」
壁際の魔導装置へ手を添え、魔力を流し込む。
すると、目の前の術式が淡く発光した。
「これは……。」
メグの視線が装置から離れない。
「製造記録が残ってる。」
青真達も集まる。
装置へ表示された魔力情報には、改人の製造工程が記録されていた。
そこには複数の能力名が並んでいた。
五感強化。
敏捷強化。
電雷操作。
さらに複数の強化系能力。
カレンが息を呑む。
「一体の改人へ、これだけの能力を?」
「そうみたい。」
メグの表情が険しくなる。
「だから、この施設はただ改人を作ってるだけじゃない、強力な能力を持った改人を、人工的に作り出してる。」
闇風が周囲を見る。
「その完成品は?」
メグが答える前に、玲司が顔を上げた。
「……前方です。」
「大きな魔力反応。」
五人は通路の先へ進む。
やがて巨大な扉が現れた。
扉の向こうから、低い魔力の振動が伝わってくる。
青真が手を掛ける。
ギィィィィ……。
扉がゆっくりと開いた。
その先には、広大な円形の部屋が広がっていた。
中央に巨大な培養槽が一つ。
周囲には無数の魔導装置。
そして、培養槽へ向かって何本もの魔力供給管が伸びている。
「一つだけ……。」
カレンが呟く。
メグが培養槽へ近付く。
「この施設の最重要個体かもしれない。」
魔力を探る。
その瞬間。
メグの表情が変わった。
「……A+級。」
青真が目を細める。
「A+?」
(びっくりしたー。そんな反応するからS以上だと思うじゃん。A+なら十分やれるな。)
「うん。」
メグは培養槽を見上げる。
「でも、それだけじゃない。」
「この魔力回路……普通の改人とは構造が違う。」
メグが装置へ魔力を流す。
培養槽の内部へ情報が表示される。
「改人Ω?」
「五感強化。」
「敏捷強化。」
「電雷操作……。」
「複数のアーティファクト能力を継承してる。」
闇風が短剣を構える。
「一体に複数の能力を?」
「そう。」
メグが頷く。
「アーティファクトそのものを持ってるわけじゃない。」
「能力だけを身体へ組み込んでる。」
青真は静かに培養槽を見つめた。
「つまり、こいつは最初から複数の能力を使うために作られた。」
「その可能性が高い。」
カレンが細剣を抜く。
「起動する可能性は?」
メグが培養槽の魔力値を見る。
「……もう始まってる。」
その瞬間。
培養槽へ大量の魔力が流れ込んだ。
ゴォォォォォ……。
施設全体が震える。
玲司がすぐに通信機を手に取った。
「長官。」
『どうした。』
「地下深部で特殊な改人を確認しました。」
「A+級相当。」
『A+……。』
蓮の声が僅かに低くなる。
玲司は培養槽を見ながら答える。
「複数のアーティファクト能力を継承しているようです。」
『無理はするな。』
「承知しました。」
玲司は通信を切る。
その時だった。
培養槽の中で、改人の指が動いた。
ピクリ。
青真が銀河へ手を掛ける。
「……起きるぞ。」
ガシャン!!
培養槽の固定具が外れる。
白い蒸気が一気に噴き出した。
その奥で、巨大な影がゆっくりと立ち上がる。
改人が目を開いた。
その瞳が、まっすぐ青真達を捉える。
次の瞬間。
バチィッ!!
青白い電雷が身体中を走った。
メグが思わず一歩下がる。
「電雷操作……。」
改人が一歩、前へ出る。
ドン。
床が僅かに揺れる。
二歩目。
ドン。
その瞬間。
姿が消えた。
「――!」
青真の未来予知が反応する。
数秒先。
改人は既に青真の目の前へ到達していた。
「速い。」
だが、青真は動じない。
銀河を抜く。
ガキィン!!
拳と刀身がぶつかった。
雷光が弾ける。
青真は数歩後退する。
改人は追撃しない。
ただ静かに立っている。
「……。」
五感強化によって、青真の動きを完全に捉えている。
その身体には電雷が走り続けていた。
カレンが剣を構える。
闇風が低く姿勢を落とす。
メグは魔人形を呼び出す。
玲司も長剣へ手を掛けた。
青真は銀河を構え直す。
改人の身体へ、さらに雷が集まる。
そして。
一歩。
その瞬間、再び姿が消えた。
地下施設へ、凄まじい衝撃音が響き渡った。
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