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第169話:改人

ハウンドを拘束した後。

青真達は施設の内部を改めて調べていた。

ハウンドが戦闘に使っていた区画からさらに奥へ進むと、そこには今まで気付かなかった通路が続いている。


壁は無機質な金属で覆われていた。

天井には魔力灯が等間隔に並び、薄暗い廊下を青白く照らしている。


「……まだ奥があるな。」

青真が呟く。


闇風が先頭に立ち、周囲を確認する。

「罠はない。」

「ただ、かなり最近まで使われていたようだ。」


「どうして分かるの?」

メグが尋ねる。


「埃が少ない。」

闇風は床を見ながら答えた。

「人が頻繁に出入りしていた形跡がある。」


カレンも壁へ手を当てる。

「魔力も残っています。」


「この施設は、ハウンドが個人的に使っていただけではなさそうですね。」


青真は黙って頷いた。


やがて通路の先に、巨大な扉が現れた。

カレンが扉を確認する。

「鍵は掛かっていません。」


「開けます。」

重い扉がゆっくりと開く。


その先に広がっていたのは、広大な研究施設だった。


「……何だ、ここ。」

青真が足を止める。


室内には巨大な魔導装置がいくつも並んでいる。


中央には人間一人が横になれるほどの台座。

その周囲には魔法陣が幾重にも刻まれていた。

壁際には透明なケースが並んでいる。

中には様々な魔石やアーティファクトが収められていた。


「アーティファクトの研究施設……?」

メグがケースへ近付く。

「でも、普通の研究施設とは全然違う。」


メグはすぐに近くの端末へ駆け寄った。

「ちょっと待って。」

端末へ魔力を流し込む。

淡い光が浮かび上がり、いくつもの記録が表示された。

「……残ってる。」


「何か分かったか?」

青真が尋ねる。


「まだ全部は読めないけど、研究内容はかなり特殊。」

メグが画面を操作する。


「身体能力の強化、魔法への耐性、魔力循環の改変。」


「それから……」

そこでメグの手が止まった。

「アーティファクト融合?」


青真が眉をひそめる。

「融合?」


「うん。」

メグは記録を読み進める。

「普通はアーティファクトを装備するでしょ?」


「でもこれは違う。」

「身体そのものにアーティファクトを融合させて、その能力を取り込ませる研究みたい。」


カレンが驚いた表情を浮かべる。

「そんなことが可能なんですか?」


「理論上は……かなり危険だけど。」


「身体とアーティファクトの魔力が合わなかったら、普通は耐えられないと思う。」


闇風が端末を覗き込む。

「実験対象は?」


メグは画面をスクロールする。

しかし。

「……ない。」

「記録が途中で切れてる。」

「どういうことだ?」

「研究の途中までは残ってる。」

「でも、その後のデータが全部消されてる。」


青真は研究施設を見回した。

大量の装置。

大量のアーティファクト。

そして、誰かが意図的に消した研究記録。


「つまり、ここでは何かを作っていた。」


「でも完成したものが何なのかは分からない。」


メグが小さく頷く。

「そういうこと。」


さらに画面を調べていると、一つのファイルが表示された。


タイトルには、短い文字が記されている。

『改造人間遊撃連隊』


「……。」

全員が黙った。


青真が画面を見る。

「部隊名か?」


「たぶん。」

メグがファイルを開く。


そこには複数の項目が並んでいた。


身体能力強化。

魔法耐性付与。

アーティファクト能力継承。


そして、

ネメシス所属構成員による志願制改造。


「志願制……?」

カレンが呟く。


メグは記録を読み上げる。

「これ、実験体じゃない。」

「ネメシスの構成員自身が改造を受けるみたい。」


青真の表情が険しくなる。

「つまり……兵士か。」


「うん。」

「ネメシスが、自分達の戦力として作った部隊。」


闇風が静かに腕を組む。

「一人一人が戦闘員。」

「そして、改造によって通常の人間を大きく超える力を得ている。」


メグがさらに記録を確認する。

「総合戦力の基準もある。」

「……A級。」


青真が目を細める。

「一人で?」


「うん。」

メグが頷いた。

「改人一人につき、A級相当の戦闘力を想定してる。」


カレンの表情が険しくなる。

「それが正式な部隊として存在している……。」


青真はしばらく画面を見つめていた。


だが、研究記録には人数までは残っていない。

「何人いるのかは分からないか。」


「そこまでは分からない。」

メグが首を横に振る。

「この施設で作られたのか、それとも別の場所で改造されたのかも不明。」


「でも、一つだけ確かなことがある。」

メグは画面に表示された文字を指差した。

『改造人間遊撃連隊』

「これは研究じゃない。」

「実際に運用するための部隊として作られてる。」


青真は静かに息を吐いた。

ハウンド一人でも、十分に厄介な事件だった。


だが。

ネメシスには、まだ知らない戦力が存在している。


しかもそれは、個人ではない。

正式な部隊として組織されている。


「……この情報は持ち帰るぞ。」

青真が言う。

「ネメシスの捜査を、もう一段深くする必要がある。」


カレンが頷く。

「はい。」


闇風も端末を確認する。

「他に手掛かりがないか調べよう。」


メグは残されたデータを保存し始めた。

その時。


施設の奥から、小さな作動音が響いた。

カチ。

全員が一斉に振り向く。


しばらく待っても、何かが現れる気配はない。


闇風が気配を探る。

「誰もいない。」


青真は奥へ続く暗い通路を見つめる。

「……今日はここまでだ。」


メグが保存したデータを確認する。

「じゃあ、これを持って帰ろう。」


四人は研究施設を後にする。


その奥には、まだ誰にも知られていないネメシスの戦力が存在していた。


それから数日後。

東京は、何事もなかったかのように日常を取り戻していた。


街を行き交う人々。

走る魔導車。

店先から聞こえる話し声。


青真達も普段通りに街を歩いていた。

その時。

通信端末が鳴った。


「緊急連絡です。」

カレンが端末を確認する。

「市街地で暴漢が暴れているそうです。」

「建物への被害も出ています。」


青真が周囲を見る。

「場所は?」


「すぐ近くです。」


「行こう。」

四人は現場へ向かった。

到着すると、すでに周囲の人々は避難していた。


道路には破壊された車。

建物の壁には大きな亀裂。

歩道も一部が大きく崩れている。


「……ただの暴漢じゃないな。」

青真が呟く。


闇風が路地の奥へ視線を向ける。

「いる。近付いてくる。」


ドン。

ドン。

重い足音が響く。

そして。

路地の奥から、一人の男が姿を現した。


いや。

男と呼んでいいのか分からない。

身体は人間の形を残している。


しかし、肩幅は異常なほど広く、腕や脚は大きく膨れ上がっていた。


皮膚の一部は黒い装甲のように変質している。

首筋から腕にかけて、赤黒い魔力の紋様が走っていた。


右腕には、刀のような形をした炎が揺らめいている。


「……何、あれ。」

メグが小さく呟く。


男は四人を見る。

「邪魔をするな。」


次の瞬間。

地面が弾けた。

男が一気に距離を詰める。


「速い!」

カレンが剣を構える。


拳が振り抜かれる。

カレンは身体を捻って躱し、そのまま剣を振るった。


一閃。

しかし。

キィン!!

刃が腕の表面で止まった。


「……硬い。」

カレンが距離を取る。


男は構わず追撃する。


青真が前へ出た。

銀河を横薙ぎに振るう。


ガキィン!!


今度は青真の剣が弾かれた。

「こいつ……。」


男の拳が迫る。

青真は半歩だけ身体をずらして回避する。

拳が背後の壁へ直撃した。


ドゴォン!!

コンクリートの壁が大きく砕ける。

「力もかなりあるな。」


青真が呟く。

その背後から闇風が消える。

「……!」


次の瞬間。


男の背後に回り込んだ闇風が、短剣を首筋へ振り抜く。


だが。

ガキッ!


短剣が弾かれる。

「ここも硬いか。」

闇風が舌打ちする。


男が振り返る。

その右腕に纏っていた炎が一気に膨れ上がった。

「燃えろ。」

炎の刃が横薙ぎに振るわれる。


闇風は身を低くして躱す。


炎の刃が背後の建物を切り裂いた。

「アーティファクトの能力……。」

メグが目を細める。


「しかも身体から直接出してる。」

男は炎をさらに大きくする。

その姿を見た瞬間。

メグの脳裏に、数日前に見た研究資料が浮かんだ。

「……アーティファクト融合。」


青真が振り返る。

「やっぱり、あの施設の……。」


男が再び突っ込んでくる。

メグは魔人形を前へ出した。


「《魔人形(ゴーレム)》)!」


魔人形が拳を振り抜く。

ドゴン!!

男の身体が吹き飛ぶ。


しかし、男は地面を転がりながらもすぐに立ち上がった。


「まだ動く。」

メグが驚く。


男の身体には、ほとんど傷が残っていない。


青真が未来予知を発動する。

数秒先。

男が右腕を振り上げる。


その軌道が見えた。

「カレン、右。」


「はい。」

カレンが一歩踏み込む。


男の炎刃を紙一重で躱し、そのまま懐へ入る

一閃。

刃が男の脇腹を捉える。


今度は深く入った。

男がよろめく。


その隙に闇風が背後へ回る。

「ここだ。」

短剣の柄で首筋を打つ。


男の動きが一瞬止まる。

「メグ。」


「任せて。」

魔人形が男を正面から押さえ込む。


青真は静かに銀河を構えた。

男が最後の抵抗を見せる。

炎が再び右腕へ集まる。


「まだ……終わらん……!」


青真の姿が消える。

次の瞬間。

銀河の刃が男の武器を弾き飛ばした。


そのまま青真が手首を掴む。

「終わりだ。」

青真が銀河を振り抜く。


男の身体から力が抜けた。

その場へ崩れ落ちる。

静寂。


メグが男へ近付く。

「……生きてる。」


カレンも剣を収める。

「良かった。」


闇風は周囲を見回す。

「この男だけじゃないかもしれない。」


青真が倒れた男を見る。

その身体には、まだ僅かに赤黒い魔力が流れていた。


「……改人。」


その言葉を口にした瞬間。


通信端末が再び鳴った。

「緊急連絡!」

「別区域でも同様の事件が発生しています!」

「現場から、先ほどの男と同じ特徴を持つ人間が確認されました!」


四人の表情が変わる。


青真は静かに立ち上がった。


東京のどこかで。

また一人。

異形の戦士が動き始めていた。

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