第168話:決戦の記憶
「そんな世界――」
「壊したって良いじゃないか!!」
ハウンドの叫びが地下施設へ響き渡った。
煙がゆっくりと流れていく。
青真は銀河を構えたまま、ハウンドを見つめていた。
その表情から、先ほどまでの余裕が消えている。
「……待て。」
ハウンドが顔を上げる。
青真は一歩だけ前へ出た。
「お前、あの時東京決戦にいたのか!?」
ハウンドの動きが止まった。
「……。」
数秒の沈黙。
やがてハウンドは、短剣を握り直した。
「ああ。」
低い声だった。
「そうだ。」
「家族が消えてしまう、その瞬間もな!」
青真の瞳が僅かに揺れる。
東京決戦。
その言葉を聞くだけで、脳裏にいくつもの光景が蘇る。
崩壊した街。
逃げ惑う人々。
魔王軍、アイアングリッチ、人類の戦い。
そして、あの戦場で失ったもの。
ハウンドは煙の中を歩き始めた。
「俺はあの頃、何の力もなかった。」
「何が起きているのかも分からなかった。」
その声には、怒りよりも深い何かが混じっていた。
「遠くで爆発が起きる。」
「建物が壊れる。」
「化け物みたいな奴らが空を飛び回ってる。」
「そんな場所で、俺に何ができる?」
青真は黙って聞いている。
「逃げるしかなかった。」
ハウンドの拳が震える。
「家族を連れて、ただ逃げ続けた。」
「でも――」
そこで言葉が途切れた。
「逃げ切れなかった。」
煙の向こうから、ハウンドが姿を現す。
ハウンドの瞳に憎しみが浮かぶ。
「俺だけが残った。」
「何も持っていない、俺だけがな!」
その瞬間。
ギュンッ!!
ワイヤーが張り詰めた。
ハウンドの身体が一気に加速する。
「ッ!」
青真が銀河を構える。
キィン!!
短剣と銀河が激突する。
ハウンドは一撃で離脱。
そのまま壁へ飛び、ワイヤーを掴んだ。
「だから力が欲しかった!」
ギュンッ!!
再び空中へ。
「二度と何も守れない自分になりたくなかった!」
ハウンドが煙の中へ消える。
青真は未来予知を発動した。
数秒先。
天井。
右斜め後方。
そして背後。
三つの未来が重なる。
「そこだ。」
青真が振り向く。
キィン!!
短剣を弾く。
ハウンドはその勢いを利用して身体を回転させ、別のワイヤーへ手を伸ばした。
ギュンッ!!
そのまま天井を蹴る。
今度は真正面。
青真が銀河を横へ薙ぐ。
キィン!
ハウンドは身を沈めてかわす。
そのまま青真の脇を抜ける。
「速いな。」
青真が振り返る。
「けど、読める。」
「……!」
ハウンドが舌打ちする。
「未来予知……。」
「何度やっても同じか。」
闇風が静かに口を開く。
「ワイヤーによる機動力は確かに厄介だ。」
「だが、攻撃へ移る瞬間には必ず軌道が生まれる。」
カレンも剣を構えたまま頷く。
「その瞬間を青真が捉えています。」
「それに、私達もいます。」
メグが魔人形の肩を軽く叩く。
「一人で戦ってるわけじゃないからね。」
ハウンドは四人を見渡す。
「……仲間、か。」
その言葉を聞いた青真の表情が僅かに変わる。
ハウンドは短剣を握り直した。
「俺には、もういない。」
「だから――」
ワイヤーが再び張り詰める。
「全部奪ってやる。」
ハウンドの姿が煙の中へ消えた。
青真は銀河を構える。
「来い。」
次の瞬間。
煙の向こうから
ギュンッ!!
ワイヤーが張り詰める。
ハウンドの身体が一気に宙へ飛び出した。
「来る!」
カレンが声を上げる。
ハウンドは壁を蹴り、そのまま天井へ。
さらに別のワイヤーを掴む。
ギュンッ!!
反動を利用して方向転換。
そのまま床すれすれを高速で通過する。
青真は銀河を振るった。
キィン!
短剣を弾く。
しかしハウンドは止まらない。
ワイヤーを掴む。
加速。
再び別のワイヤーへ。
加速。
さらにもう一本。
加速。
「……何だ?」
青真の目が細くなる。
これまでとは明らかに違う。
ハウンドの速度が、急激に上昇していた。
「まだ速くなるのね。」
メグも驚く。
ハウンドは何度もワイヤーを利用し、その反動を身体へ重ねていく。
一度。
二度。
三度。
速度が限界まで引き上げられていく。
そして。
ハウンドの《魔法装衣》が淡く輝いた。
「ステルスモード……。」
闇風が呟く。
ハウンドの姿が煙の中へ溶けるように消えた。
「気配が……。」
闇風が周囲を見渡す。
青真だけが動かない。
未来予知。
数秒先。
見えた。
一本のワイヤー。
その先にいるハウンド。
そして、短剣へ集約されていく莫大な魔力。
魔力が刃となる。
短剣を中心に、巨大な牙を思わせる魔力の刃が形成されていく。
「……そういうことか。」
青真が銀河を握り直す。
「これが、お前の切り札だな。」
煙の中から声が響く。
「そうだ。」
「俺の全部を、この一撃に込める。」
ハウンドがワイヤーを強く引いた。
ギュンッ!!
姿が消える。
次の瞬間。
死角から、一気に青真へ迫る。
「《狼の牙》!!」
巨大な魔力の刃が夜のような煙を切り裂く。
青真は未来予知で軌道を読み切る。
銀河を構える。
キィィィン!!
激しい衝撃音が響いた。
ハウンドの一撃と銀河が激突する。
一瞬。
互いの動きが止まった。
そして青真が銀河を押し返す。
「……!」
ハウンドの目が見開かれる。
青真は一歩踏み込んだ。
「速かった。」
「けど――。」
銀河が振り抜かれる。
ハウンドの短剣が弾かれ、巨大な魔力の刃が霧散した。
ハウンドの身体が後方へ飛ぶ。
ドンッ!
床へ着地。
膝をつく。
「はぁ……はぁ……。」
短剣を握ったまま、ハウンドは青真を見上げる。
「……これでも、届かないのか。」
青真は銀河を下ろした。
「お前は強い。」
その言葉にハウンドが僅かに顔を上げる。
「でも、強さだけじゃ守れない。」
「……。」
「俺も、東京決戦でそれを知った。」
ハウンドの瞳が揺れる。
ただ、ハウンドを見つめる。
その視線には敵への警戒だけではない。
同じ東京決戦を経験した者としての、複雑な感情があった。
ハウンドはゆっくりと短剣を床へ置いた。
「……もういい。」
「俺の負けだ。」
闇風がハウンドの武器を回収する。
カレンは周囲を確認しながら、静かに息を吐いた。
「これで終わりですね。」
「いや。」
青真が施設の奥を見る。
「まだ終わってない。」
メグもそちらへ視線を向ける。
「……あれ?」
奥の壁。
そこに、今まで気付かなかった巨大な扉があった。
扉の隙間から、淡い紫色の魔力が漏れている。
そして。
カチ。
施設の奥から、小さな作動音が響いた。
「……何か動いた。」
メグが魔人形を前へ出す。
闇風が目を細める。
「この施設には、まだ何かある。」
青真は銀河を握り直した。
「行くぞ。」
四人はゆっくりと、巨大な扉へ向かって歩き始めた。
読んでいただきありがとうございました!もし面白いと思っていただけたら、ブクマや評価で応援してもらえると励みになりま
す!




