第167話:狩猟者
白い煙が部屋全体を覆っていた。
視界は数メートル先までしか届かない。
青真は銀河を構えたまま、落ち着いて周囲を見渡す。
「始まったか。」
「気配が消えています。」
カレンが静かに告げる。
闇風は目を閉じ、周囲の気配を探っていた。
「《魔法装衣》のステルスモードと煙幕の組み合わせか。」
「かなり隠密戦に特化しているな。」
メグが魔人形を自分達の近くへ配置する。
「だったら、こっちも見える範囲だけ警戒すればいいわね。」
青真が小さく笑う。
「そうだな。」
「向こうから来る。」
その瞬間。
ギュンッ!
天井からワイヤーが張り詰める音が響いた。青真が未来予知を発動する。
一瞬後。
頭上から黒い影が落ちてくる。
キィン!
銀河が振り上げられ、短剣を弾き飛ばした。
ハウンドの姿が一瞬だけ煙の中へ浮かび上がる。
しかし。
すぐに姿が消えた。
「なるほど。」
青真は銀河を軽く回す。
「こういう戦い方か。」
闇風が天井を見る。
「来るぞ。」
再びワイヤーが鳴った。
ギュンッ!
ハウンドの身体が一気に横へ飛ぶ。
壁に張られたワイヤーを掴み、その反動でさらに上へ。
天井付近で身体を捻り、別のワイヤーへ手を伸ばす。
そこから一気に方向転換。
「三次元機動……。」
メグが感心したように呟く。
「普通に動くより、ずっと速いわね。」
ハウンドが空中から急降下する。
今度は青真ではなく、メグへ向かっていた。
「メグ!」
カレンが叫ぶ。
しかし。
ドンッ!
魔人形が前へ出る。
短剣が魔人形の腕へ弾かれた。
ハウンドはそのまま反動を利用して後方へ飛ぶ。
「ゴーレムで防がれることも計算しているようですね。」
カレンが剣を構える。
「ですが、攻撃の瞬間には姿が見えます。そこを狙えます。」
闇風が頷く。
「その通りだ。」
「ステルス状態でも、攻撃する瞬間だけは動きが変わる。」
「完全に消えているわけじゃない。」
青真も頷く。
「だったら、問題ないな。」
煙の向こうから、再びワイヤーの音。
今度は三方向。
右。
左。
頭上。
しかし青真は動かない。
未来予知に映った一つの軌道だけを見据える。
「そこ。」
銀河を振る。
キィン!
煙の中から飛び込んできた短剣が弾かれた。
ハウンドはそのままワイヤーへ飛び移る。
「……。」
一瞬だけ、ハウンドの目が細くなる。
「未来予知か。」
青真が笑う。
「よく分かったな。」
「お前の攻撃は、姿が見える前から来る場所が分かる。」
ハウンドは答えず、再び煙の中へ消える。
その直後。
カレンが前へ踏み込んだ。
「次はこちらからです。」
剣を横薙ぎに振る。
煙を切り裂く一閃。
ハウンドはワイヤーを使って空中へ逃れる。
「……!」
その動きを闇風が見逃さない。
「そこだ。」
闇風が床を蹴る。
ハウンドの移動先へ回り込む。
短剣同士がぶつかる。
キィン!
しかしハウンドは真正面から打ち合わず、すぐにワイヤーを引いて距離を取る。
「逃げ足が速いな。」
闇風が呟く。
メグが魔人形を操作する。
「じゃあ、逃げる場所を減らそう。」
魔人形が拳を振り抜く。
ドンッ!
ワイヤーの一本が破壊される。
続けて二本。
三本。
ハウンドが利用できる足場が少しずつ減っていく。
「……なるほど。」
ハウンドが煙の中で呟く。
「俺の動きを潰しに来たか。」
青真は銀河を肩へ担ぐ。
「そろそろ終わりにするか?」
「まだだ。」
ハウンドの声が響く。
「ここからだ。」
次の瞬間。
部屋中のワイヤーが一斉に張り詰めた。
ギュギュギュギュッ!!
ハウンドの《魔法装衣》へ、大量の魔力が集まり始める。
青真が目を細める。
「……来るな。」
煙の向こうで、ハウンドの姿が完全に消える。
そして。
これまでとは明らかに違う魔力が、部屋全体へ広がった。
煙の中で、ハウンドの気配が消える。
「……。」
青真は銀河を構えたまま、動かなかった。
「来るわよ。」
メグが魔人形を前へ出す。
次の瞬間。
ギュンッ!!
ワイヤーが弾ける音と共に、ハウンドが煙の中から飛び出した。
短剣を逆手に握り、一直線に青真へ迫る。
「そこです!」
カレンが剣を振る。
しかしハウンドは空中で身体を捻り、斬撃をかわす。
そのまま壁へ着地。
壁を蹴る。
再びワイヤーを掴む。
ギュンッ!!
今度は背後から青真へ迫った。
キィン!
銀河が短剣を弾く。
ハウンドはそのまま後方へ飛び退いた。
「……。」
青真は銀河を軽く振る。
「まだやるのか?」
ハウンドは答えない。
再び姿が消える。
煙の中をワイヤーが走る。
右。
左。
頭上。
そして正面。
連続する気配。
だが、青真には未来予知がある。
「そこ。」
キィン!
「こっち。」
キィン!
「次は――上。」
キィン!
三度、四度。
ハウンドの短剣が銀河によって弾かれる。
闇風もハウンドの移動に合わせて位置を変えていた。
「ワイヤーの振動が分かれば、移動先はある程度絞れる。」
「なるほどな。」
青真が頷く。
カレンは煙の薄い場所へ移動し、ハウンドが姿を現す瞬間を待つ。
メグの《魔人形》も四人を囲むように配置されていた。
「これじゃ、奇襲になってないわね。」
ハウンドの動きが一瞬止まる。
「……。」
これまで何度攻撃しても通らない。
煙幕も。
ステルスも。
ワイヤーによる高速機動も。
目の前の四人には決定打にならない。
それでもハウンドは短剣を握り直した。
「まだだ。」
魔法装衣へ魔力を流し込む。
装衣の各部が淡く輝く。
「ここまで来たんだ。」
「簡単に終われるかよ。」
ハウンドがワイヤーを掴む。
ギュンッ!!
一気に加速。
その速度は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
壁。
天井。
床。
三方向のワイヤーを連続して利用し、ハウンドの身体が高速で空間を駆け巡る。
「速くなった。」
闇風が呟く。
「でも。」
青真は静かにハウンドの動きを追う。
「見えてる。」
未来予知。
数秒先。
ハウンドが一瞬だけステルスを解除する。
短剣へ魔力を集中。
そのまま死角から突撃する。
「そこだ。」
青真が銀河を構える。
ハウンドが現れる。
「終わりだあああっ!!」
短剣が青真の胸元へ迫る。
ドォン!!
凄まじい衝撃音。
だが。
青真は動いていなかった。
体内に圧縮していた魔力を解放する。
短剣は青真の身体へ届くことなく、弾かれていた。
ハウンドの身体だけが反動で大きく後ろへ吹き飛ぶ。
ドンッ!
床を転がり、煙の向こうで止まる。
「……。」
青真は銀河を肩へ担いだ。
そして、不思議そうに首を傾げる。
「今、何かしたのか?」
ハウンドの表情が歪む。
「……グッ。」
握り締めた短剣が震える。
「化け物が。」
メグが青真を見る。
「青真さん青真さん。」
「何?」
「今の、ちょーう痛たい漫画のセリフが聞こえた気がするんですけど?」
「……うるさい。」
「やっぱり言ったよね?」
「うるさいって。」
カレンが小さく笑う。
「青真、少し楽しんでませんか?」
「そんなことない。」
闇風も呆れたように息を吐く。
「顔に出てるぞ。」
一瞬。
張り詰めていた空気が緩んだ。
だが。
「……笑うな。」
ハウンドの低い声が響いた。
煙の向こうで、ゆっくりと立ち上がる。
「何も知らないくせに。」
青真の表情から笑みが消える。
ハウンドは短剣を握ったまま、震える声で続けた。
「……お前達には分からない。」
「力を持っている奴らにはな。」
青真が静かにハウンドを見る。
ハウンドの瞳に怒りが宿る。
「所詮、この世界は選ばれた者しか幸せになれないんだ!」
「俺達みたいな日陰者は、化け物共に殺される運命なんだ!」
声が地下施設全体へ響き渡る。
「そんな世界ーー」
煙の向こうで、ハウンドの姿が浮かび上がる。
「壊したって良いじゃないか!!」
その叫びが、静まり返った地下施設へと響き渡った。
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