第166話:狩場
地下施設へ続く階段を降りた四人は、先ほど制圧した戦闘員達を一か所へ集め、拘束を済ませた。
「これで大丈夫です。」
カレンが最後の一人の拘束を確認する。
「じゃあ、先へ進もう。」
青真が地下通路へ視線を向ける。
突入した直後とは違い、地下へ入ってからは明らかに空気が変わっていた。
壁には金属製の補強材。
天井には魔力を帯びた照明。
そして。
「……監視カメラ。」
メグが天井を見上げる。
小型の魔導カメラが、ゆっくりと四人の動きを追っていた。
「見られてるな。」
青真が言った瞬間。
カメラのレンズが赤く光る。
「だったら。」
青真が右手を上げる。
「《魔力弾》。」
パァン!
放たれた光弾がカメラを正確に撃ち抜いた。
火花を散らしながら、魔導カメラが床へ落ちる。
しかし。
一つ壊れた直後。
通路の奥から、別のカメラが姿を現した。
さらにその先。
また一つ。
「……多いな。」
青真が苦笑する。
「侵入者対策が徹底していますね。」
カレンが周囲を見渡す。
「この規模なら、最初から戦闘を想定して設計されています。」
闇風が足元へ視線を落とした。
「待て。」
全員が止まる。
闇風がしゃがみ込み、床を指差す。
「ワイヤーだ。」
細い金属線が床を横切っている。
ほとんど見えないほど細い。
「踏んだら?」
青真が聞く。
「分からない。」
「だが、わざわざ隠してある以上、何かある。」
青真は未来予知を発動する。
数秒先。
ワイヤーへ触れた瞬間、壁から無数の刃が飛び出す光景が映った。
「壁から刃が出る。」
「迂回するぞ。」
「分かりました。」
四人はワイヤーを避けて進む。
その先には、さらに複数のワイヤーが張り巡らされていた。
「これ……。」
メグが目を細める。
「ただの防犯設備じゃない。」
「どういうことだ?」
「配置が変。」
メグは周囲を見渡す。
「普通の侵入者対策なら、入口付近に罠を集中させる。」
「でも、ここは違う。」
「通路の奥へ行くほど、罠の種類が増えている。」
闇風が頷いた。
「侵入者を殺すためじゃない。追い込むためか。」
「うん。」
メグが答える。
「逃げ道を限定して、自分達が戦いやすい場所へ誘導する構造。」
青真が通路の先を見る。
「つまり……。」
「ここ全体が戦場ってことか。」
その時。
カチッ。
遠くで何かが作動した。
次の瞬間。
白い煙が天井から噴き出す。
「スモーク!」
メグが叫ぶ。
瞬く間に通路が煙で満たされる。
「視界が……!」
カレンが目を細める。
青真は魔力を強める。
しかし煙は魔力を乱す特殊な成分を含んでいるらしく、遠くまで見通すことができない。
「面倒だな。」
青真が呟く。
闇風は目を閉じた。
視界に頼らず、気配だけを探る。
「敵はいない。」
「これは俺達を止めるためだけの煙だ。」
「なら、進みましょう。」
カレンが剣を構える。
「この程度で止まっている時間はありません。」
四人は煙の中を進む。
やがて前方に巨大な金属製のバリケードが現れた。
「閉じ込めるつもりか。」
青真が近付く。
しかしカレンが先に前へ出た。
「退いてください。」
剣を抜く。
一閃。
ズバンッ!
分厚い金属板が真っ二つに切断された。
「行きましょう。」
「頼りになるな。」
青真が笑う。
さらに奥へ進む。
煙が晴れてくる。
そこには巨大な部屋があった。
壁一面に並ぶ魔石。
棚には大量のアーティファクト。
奥には魔法武器の製造設備。
「……これは。」
メグが足を止めた。
「すごい。」
「何か分かるか?」
青真が尋ねる。
メグは近くの装置へ手を触れる。
魔力を流す。
装置の内部が淡く輝いた。
「アーティファクトの製造設備。」
「しかも、一つずつ手作業で作るタイプじゃない。」
メグは周囲を見渡す。
「大量生産を前提にしてる。」
「これだけの設備を維持するには、かなりの資金が必要。」
青真が棚を見る。
そこには大量の魔石が積まれていた。
「ネメシスって、思ってたよりずっと大きな組織なのか?」
「おそらく。」
メグは別の装置へ向かう。
その隣には、複数のアーティファクトが並べられていた。
「……これ。」
メグの表情が変わる。
「精神干渉用。」
「やっぱりここで作ってた。」
アーティファクト内部の術式を確認する。
「この術式……。」
「全部、ほぼ同じ規格です。大量に作っているのに、性能も安定している。」
メグは静かに息を吐いた。
「資金力も技術力も異常ね。」
「普通の犯罪組織にできることじゃない。」
青真は施設の奥へ視線を向ける。
「それだけの組織なら……。」
「ハウンドも、この中にいるはずだな。」
闇風が周囲を見渡す。
「……いや。」
「いない。」
青真が振り返る。
「分かるのか?」
「気配がない。」
「少なくとも、この部屋にはいない。」
闇風は静かに目を細めた。
「だが。」
「監視は続いている。」
その言葉と同時に。
部屋の天井に設置された監視カメラが、四人へゆっくりと向きを変えた。
赤いランプが点灯する。
一つ。
二つ。
三つ。
そして。
部屋中の監視カメラが、同時に四人を捉えた。
「……趣味が悪いな。」
青真が天井を見上げる。
闇風は周囲へ視線を走らせる。
「違う。監視しているだけじゃない。」
「俺達の動きを記録している。」
「戦い方を分析しているのか?」
青真が尋ねる。
「おそらくな。」
闇風は一台のカメラを見つめる。
「俺達がどこへ進むか、何を壊すか。」
「どの罠に反応するか、全部見ている。」
メグが眉をひそめた。
「つまり、ここまでの動きも全部……。」
「向こうに筒抜けということですね。」
カレンが剣を握り直す。
「ならば、こちらも急ぎましょう。」
「長く滞在するほど不利になります。」
四人は再び通路へ入った。
しかし。
先ほどまでとは違う。
監視カメラの向きが、四人の移動に合わせて変化している。
右へ曲がれば右へ。
階段を下りれば、下のカメラが起動する。
まるで施設そのものが四人を追いかけているようだった。
「……本当に嫌な場所だな。」
青真が呟く。
その先に、さらに大きな扉が現れる。
扉の横には魔力認証装置。
メグが装置を確認する。
「高位の魔力鍵。」
「普通には開けられないわよ。」
カレンが前へ出る。
「斬りますか?」
「いや。」
青真が止める。
「その前に、何があるか確認しよう。」
未来予知を発動する。
数秒先。
扉を斬った瞬間、内部から大量の魔力弾が飛び出してくる。
さらに床が開き、落とし穴。
「……罠だらけだ。」
青真は苦笑する。
闇風が扉の周囲を調べる。
「ここだけじゃない。この先、複数の部屋が連続している。」
「どれも侵入者を迎撃するための構造だ。」
メグが小さく息を吐く。
「まるで要塞ね。」
「いや。」
闇風が静かに答えた。
「要塞より厄介だ。」
「ここは、誰か一人が戦うために作られている。」
その言葉に青真が目を細める。
「誰か一人?」
闇風は頷いた。
「狭い通路。」
「大量のワイヤー。」
「煙幕。」
「監視。」
「そして複数の退路、普通の戦士が使うには、あまりにも特殊すぎる。」
カレンが周囲を見渡した。
「……隠密戦闘に特化している。」
「そういうことだ。」
四人の間に沈黙が落ちる。
やがてメグが口を開いた。
「ハウンド。」
その名前が地下施設へ静かに響いた。
「この施設は、ハウンドのために作られたんじゃない?」
青真が前を向く。
「だったら、本人も近くにいる。」
「探すぞ。」
四人はさらに奥へ進んだ。
通路は徐々に広くなっていく。
そして。
突然、監視カメラがなくなった。
「……?」
青真が足を止める。
さっきまで無数にあったカメラが、一台もない。
ワイヤーもない。
罠もない。
ただ、広い空間だけが広がっている。
「急に何もなくなったわね。」
メグが周囲を見渡す。
カレンも剣へ手を添えた。
「逆に不自然です。」
闇風は何も言わず、部屋の奥を見つめていた。
「……いる。」
その一言に、全員が身構える。
すると。
部屋の奥から、一人の男がゆっくりと歩いてきた。
黒い非公式《魔法装衣》。
腰には一本の短剣。
男は四人を一瞥すると、その場で足を止める。
「ようこそ。」
低く落ち着いた声。
「俺のアジトへ。」
青真は銀河へ手を掛けた。
「お前がハウンドか。」
男は僅かに口元を上げる。
「ああ。」
「そういうことになるな。」
闇風がハウンドを観察する。
気配はほとんど感じられない。
それでも、目の前にいる男がこれまでの敵とは違うことだけは分かった。
「随分と派手に入ってきたな。」
ハウンドが周囲を見渡す。
「俺の部下も、かなりやられたようだ。」
青真は答える。
「お前を捕まえに来た。」
「そうか。」
ハウンドは短剣へ手を添える。
だが、抜くことはなかった。
「なら、ここまで来たことは褒めてやる。」
「だが――。」
カチッ。
《魔法装衣》の内部から、小さな作動音が響いた。
次の瞬間。
ハウンドの姿が消えた。
「……!」
全員が一斉に周囲を見渡す。
「ステルスモード……?」
メグが呟く。
その直後。
部屋の天井に設置されたスモーク装置が一斉に作動した。
白い煙が勢いよく噴き出し、瞬く間に部屋全体を覆い始める。
「全員、警戒!」
青真が叫ぶ。
青真は銀河を抜き、煙の向こうを見据える。
しかし。
ハウンドの姿はどこにもない。
「……。」
静寂。
煙の向こうから、ハウンドの声だけが響く。
「ここからが本番だ。」
青真は剣を構え直した。
「来い。」
その言葉を最後に、煙が部屋全体を完全に包み込んだ。
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