第156話:覚醒
東京タワー最上階。
漆黒の魔力が空間を埋め尽くし、床も壁も悲鳴を上げるように軋んでいる。
青真は銀河を構えたまま魔王を睨む。
蓮は仕込み傘を静かに開いた。
ルシウスも聖剣を握り直す。
三人とも理解していた。
目の前の存在は今まで戦ってきたどの敵とも違う。
融合前。
魔王城で倒したはずの存在。
だが今の魔王は、世界融合によってさらに強大な力を手にしていた。
魔王はそんな三人を見渡し、小さく笑った。
「なるほど。」
「確かに貴様らは強い。」
黄金の瞳が細められる。
「だが。」
「まだ足りぬ。」
次の瞬間。
《終焉》がゆっくりと持ち上げられた。
ゴォォォォ……
黒い魔力が刀身へ収束していく。
空気が震える。
床が砕ける。
東京タワー全体が悲鳴を上げ始めた。
ルシウスの表情が変わった。
「まさか……!」
蓮も即座に理解する。
「青真。」
「下がれ。」
青真が反応するより早かった。
《終焉》が振り下ろされる。
「《深淵波動砲》」
世界が黒く染まった。
轟音すらない。
音そのものが消滅したような静寂。
空間を喰らいながら進む漆黒の奔流が一直線に青真達へ襲い掛かる。
「《三重結界》!!」
蓮が前へ出た。
一枚目。
蒼い結界。
二枚目。
翠色の結界。
三枚目。
黄金の結界。
三重の防御障壁が展開される。
直後。
ドォォォォォォォォォン!!
深淵波動砲が激突した。
一枚目が砕ける。
バキィッ!!
一瞬。
本当に一瞬だった。
二枚目。
バキィィィン!!
三枚目。
ガシャァァァン!!
全てが粉砕された。
しかし。
蓮はまだ退かない。
「まだだ。」
仕込み傘を両手で握り魔力を込める。
黒い傘が展開される。
現実世界から黒死蝶を相手に使ってきた武器。
数え切れない戦場を共に越えてきた武器。
蓮は歯を食いしばった。
「ここは通さない。」
深淵波動砲が傘へ直撃する。
ギギギギギギギギ……
仕込み傘が悲鳴を上げる。
蓮の足元が砕ける。
床が沈む。
それでも。
蓮は踏み止まった。
青真の脳裏へ過去が過る。
最初に出会った日。
百華繚乱結成。
無数の攻略。
蓮はいつも後ろにいた。
前へ出るタイプではない。
だが。
誰よりも仲間を守り続けた。
「会長!!」
青真が叫ぶ。
蓮は振り返らない。
ただ小さく笑った。
「青真。」
「後は頼むよ。」
次の瞬間。
限界が訪いた。
バキィィィィィィィン!!
仕込み傘が完全に砕け散る。
深淵波動砲が蓮の身体を飲み込んだ。
轟ッ!!
爆発。
衝撃波。
東京タワー最上階の窓ガラスが全て吹き飛ぶ。
蓮の身体が夜空へ弾き飛ばされた。
高層ビル群を越える。
新宿を越える。
渋谷を越える。
数キロ先の夜空へ小さな点となって消えていく。
「会長ォォォ!!」
青真の叫びが響く。
だが返事はない。
魔王は静かにその光景を見つめていた。
「防いだだけでも見事だ。」
「だが。」
「人間の限界だ。」
蓮の姿は既に見えない。
残されたのは青真とルシウスだけだった。
そして。
魔王は再び剣を構える。
黄金の瞳が静かに輝いた。
蓮の姿は夜空の彼方へ消えた。
東京タワー最上階。
静寂。
ほんの数秒。
それだけだった。
魔王は再び終焉を構える。
「終わりか。」
「次は貴様らだ。」
その瞬間。
魔王の姿が消えた。
《時間加速》。
「っ!」
青真が反応する。
だが間に合わない。
魔王は既に背後へ回り込んでいた。
終焉が横薙ぎに振り抜かれる。
「青真殿!!」
ルシウスが飛び込んだ。
ガァァァァァン!!
聖剣が終焉を受け止める。
だが。
受け止めた瞬間。
魔王は剣筋を変えた。
滑るような一撃。
防御を抜ける。
ザシュッ!!
鮮血。
ルシウスの身体が大きく揺れた。
「ぐっ……!」
胸部から大量の血が噴き出す。
魔王の蹴りが追撃する。
ドォン!!
ルシウスは瓦礫の山へ吹き飛ばされた。
「ルシウス!!」
青真が叫ぶ。
しかし魔王は視線すら向けない。
「何度も。」
「何度も。」
「愚かな男達だ。」
ルシウスは立ち上がろうとする。
だが身体が動かない。
聖剣を支えにしても膝が崩れる。
致命傷。
誰の目にも明らかだった。
その時だった。
「ルシウスさん!!」
入口から駆け込んできた人影。
キュア。
アイギス。
百華繚乱の後方メンバー達だった。
キュアは即座に回復魔法を発動する。
淡い光。
だが。
傷は塞がらない。
「だめです……!」
「魔王の魔力が残っています!」
アイギスも顔色を変える。
「担架!」
「急げ!」
百華繚乱のメンバー達が一斉に動く。
ルシウスは薄く目を開いた。
その視線の先。
青真。
青真は振り返らない。
魔王だけを見ていた。
銀河を握り締めたまま。
ルシウスは小さく笑う。
かすれた声。
「勝ってください。」
それだけだった。
転移陣が展開される。
眩い光。
キュア達はルシウスを担架ごと包み込み、そのまま離脱した。
ルシウスを乗せた転移陣の光が消える。
東京タワー最上階。
残されたのは二人。
青真。
そして魔王。
夜風が吹き抜ける。
瓦礫だけが静かに転がった。
魔王は《終焉》を肩へ担ぎ、ゆっくりと口を開く。
「また一人消えた。」
黄金の瞳が青真を見下ろす。
「貴様の周囲から次々と仲間が消えていく。」
静かな声だった。
だがその言葉は鋭く胸へ突き刺さる。
銀河を握る手だけが震えていた。
「アルナ、会長、ルシウス...!」
魔王はさらに続ける。
「絶望か。」
「それもまた人間の本質。」
沈黙。
数秒。
青真は唇を噛み締めた。
「グッ……!」
脳裏へ浮かぶ。
アルナの笑顔。
蓮の背中。
ルシウスの最後の言葉。
守れなかった。
また。
守れなかった。
胸の奥から込み上げる感情。
怒り。
悲しみ。
悔しさ。
それら全てが渦を巻く。
「来い!青氷龍!!」
ドォォォォォォォォォッ!!
東京タワー最上階を蒼白い光が包み込んだ。
轟音。
暴風。
氷結。
空間そのものが凍り付く。
魔王は思わず目を細めた。
その光の中から。
巨大な影が現れる。
青白い鱗。
巨大な翼。
神々しい威圧感。
青氷龍、その姿が東京の夜空へ現れた。
魔王は静かに笑う。
「ほう。完全顕現か。」
巨大な龍の瞳が魔王を捉える。
そして。
低く響く声が東京全域へ轟いた。
「久しぶりだな。魔王よ。」
魔王の黄金の瞳が細められる。
青氷龍は巨大な翼を広げた。
氷嵐が唸る。
「貴様の好きにはさせん。」
青真の目が血走る。
「ぶっ殺してやる。」
神獣、攻略者、魔王。
異色の対峙。
その光景を前に。
青真は静かに銀河を構えた。
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