第155話:風が止む時
東京タワー最上階。
轟音。
魔王の放つ暗黒波動が玉座の間を薙ぎ払った。
「散れ!」
蓮の声と同時に三人が飛び退く。
ドォォォォォン!!
黒い奔流が壁を飲み込み、展望台そのものを削り取った。
ガラス片が夜空へ舞う。
青真は銀河を構えながら舌打ちする。
「威力が洒落にならないな……!」
ルシウスも聖剣を握り直した。
「まともに受ければ即死です。」
魔王は静かに歩みを止めない。
一歩。
また一歩。
その度に空間が震える。
「どうした。」
「融合前はもっと楽しませてくれたはずだが。」
黄金の瞳が三人を見下ろした。
蓮は仕込み傘を開く。
「挑発か。」
「随分余裕だな。」
魔王は薄く笑った。
「事実を言ったまでだ。」
直後。
蓮の手首が僅かに動く。
シュッ!!
無数の投げナイフ。
一直線。
魔王の急所だけを正確に狙う。
しかし。
キィィィン!!
目の前へ黒い障壁が展開された。
全て弾かれる。
「面倒だ。」
魔王が片手を振る。
空間が歪む。
「《時間加速》」
ゴォッ!!
魔王が加速する。
青真の未来予知が警鐘を鳴らした。
「来る!」
魔王の姿が消える。
次の瞬間。
ルシウスの背後。
「っ!?」
ガァァァン!!
聖剣と終焉が激突する。
ルシウスが数十メートル吹き飛ばされた。
床が砕ける。
「ルシウス!」
青真が叫ぶ。
だが魔王は止まらない。
再び加速。
今度は青真。
銀河が火花を散らした。
「くっ……!」
融合前より速い。
圧倒的だった。
その頃。
新宿。
高層ビル群。
夜空を吹き抜ける風。
アルナは屋上へ降り立ち、大きく息を吐いた。
「終わった……。」
足元。
スナイパー幹部の身体が倒れている。
胸を風の矢が貫いていた。
完全に致命傷。
もう動けない。
アルナは弓を下ろす。
「これで……。」
その時だった。
カシャン。
金属音。
アルナの表情が凍る。
「え?」
倒れていた男が僅かに動いた。
右手。
まだ銃を握っている。
アーキュラシー・インターナショナルAXMC。
その銃身へ残された全魔力が流れ込む。
男は血を吐きながら笑った。
「……最後だ。」
「一人くらい道連れにしてやる。」
照準。
発射。
パンッ!!
夜空へ放たれた一発。
しかし普通の弾丸ではない。
赤黒い魔力を纏った極大魔力弾。
さらに。
発射直後。
空中で軌道を変えた。
「追尾……!?」
アルナの顔色が変わる。
弾丸の向かう先。
首都高速。
闇風。
メグ。
カレン。
戦いを終えた仲間達だった。
「まずい……!」
アルナは反射的に飛び出した。
風を纏う。
「《聖霊解放》!」
翠色の光。
巨大な風の翼が再び背中へ広がる。
魔力は残り僅か。
だが迷いはなかった。
アルナは一気に上空へ飛ぶ。
魔力を最大出力で放出。
弾丸の照準が変わる。
ピタリ。
標的がアルナへ移った。
「よし。」
これでいい。
闇風達から離れる。
さらに遠くへ。
さらに高く。
夜空を駆ける。
その頃。
闇風達も異変に気付いていた。
「……何だ?」
闇風が空を見る。
赤黒い光。
一直線に空を飛ぶ。
その先。
アルナ。
「アルナ!?」
メグが叫ぶ。
カレンの表情が変わった。
「まさか……!」
アルナは振り返らない。
飛び続ける。
ただ仲間達から離れるために。
魔力は急激に減っていく。
風の翼が少しずつ薄くなる。
それでも飛ぶ。
まだ。
まだ。
まだ。
そして。
東京タワー。
魔王がふと視線を外へ向けた。
遠く。
夜空。
赤黒い光。
風の翼。
逃げ続ける少女。
魔王は小さく目を細める。
「……。」
蓮が違和感を覚える。
「何を見ている。」
魔王は静かに答えた。
「やってくれる。」
「我が軍の狙撃手も、最後まで役目を果たしたか。」
青真の表情が変わる。
「何?」
魔王は外を見たまま続けた。
「もう終わる。」
その言葉に。
青真も反射的に振り返った。
夜空。
風の翼。
そして。
アルナの姿が見えた。
「……アルナ?」
風の翼が崩れる。
魔力切れ。
高度が落ちる。
それでも。
アルナは最後に振り返った。
遠く。
東京タワー。
青真と目が合う。
アルナは笑った。
「青真。楽しかったよ。」
アルナが極大魔力弾に呑み込まれる。
「アルナァァァァッ!!」
静寂。
ほんの一瞬だった。
青真は動かなかった。
視線だけが前を向いている。
銀河を握る手が微かに震えていた。
「……青真。」
蓮の声。
ルシウスの声。
何も耳に入らない。
視界の中にはただ一つ。
倒れたアルナの姿だけが映っていた。
胸の奥が熱い。
怒りなのか。
悲しみなのか。
自分でも分からない。
ただ一つだけ理解していた。
許さない。
絶対に。
その瞬間。
銀河が唸った。
ギィィィィン――――
青白い光。
刀身全体が震える。
青氷龍の魔力。
銀河。
未来予知。
全ての力が共鳴を始める。
蓮が目を見開いた。
「まさか……。」
ルシウスも息を呑む。
青真はゆっくりと銀河を抜いた。
「……殺す!」
低い声だった。
怒りが込められた声。
だがその一言だけで空気が凍る。
銀河が分離する。
一本。
二本。
三本。
四本。
五本。
六本。
七本。
七振りの銀河が青真の周囲へ浮かび上がる。
さらに。
ゴゴゴゴゴ……
空気中の水分が凍結を始める。
巨大な氷塊。
七本の剣を中心に形成されていく。
竜。
まるで竜そのものだった。
青白い氷で構成された七体の巨大な氷竜。
青真は前を向く。
高層ビル。
数キロ先。
スナイパー幹部がいる位置。
《数秒先の真実》。
完全展開。
脳内へ無数の未来映像が流れ込む。
逃走。
回避。
反撃。
狙撃。
全て見える。
その中から。
唯一。
確実に殺せる未来だけを選ぶ。
「《氷竜星軍》。」
七体の氷竜が咆哮した。
ギャオオオオオオオオオオオッ!!
夜空が震える。
次の瞬間。
七体同時発射。
轟音。
音速を超える速度で東京上空を突き進む。
スナイパー幹部が異変に気付いた。
「何だ……?」
見上げる。
巨大な氷竜。
七体。
「馬鹿な。」
回避しようとする。
しかし。
未来は既に読まれている。
一体目。
回避先を塞ぐ。
二体目。
退路を潰す。
三体目。
建物を破壊する。
四体目。
逃走経路を凍結する。
五体目。
上空を封鎖。
六体目。
背後へ回り込む。
七体目。
真正面。
完全包囲。
スナイパー幹部は初めて恐怖した。
「やめ――――」
言葉は最後まで続かなかった。
ドォォォォォォォォォォォォン!!!
七体同時着弾。
高層ビルごと巨大な氷柱へ変わる。
数秒後。
轟音が東京全域へ響き渡った。
完全沈黙。
スナイパー幹部の気配は消えていた。
青真は動かない。
ただ前を見ている。
風が止んでいた。
黄金の瞳が細くなる。
「……そうか。」
静かな声。
怒りではない。
焦りでもない。
ただ理解した。
「あの男。」
「ついにそこまで到達したか。」
魔王はゆっくりと玉座の間から歩き出す。
決戦は近い。
東京全域を巻き込んだ最終決戦。
その幕が静かに上がろうとしていた。
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