第153話:開幕
ゴォォォォォ……
魔王の放つ魔力が玉座の間を満たしていた。
空気が重い。
息を吸うだけで肺が軋むような圧迫感。
床に刻まれた魔法陣が赤黒く明滅し、空間そのものが震えている。
青真は銀河を構えたまま魔王を睨み続けた。
ルシウスは聖剣を両手で握り締める。
蓮は静かに仕込み傘を開いた。
誰も動かない。
しかし。
戦いは既に始まっていた。
「来ないのか。」
魔王が小さく笑う。
「ならばこちらから行こう。」
その瞬間。
姿が消えた。
「速――!」
青真が叫ぶより早い。
ガギィィィィン!!
ルシウスの聖剣と漆黒の大剣が激突した。
火花が弾け飛ぶ。
「ぐっ!」
ルシウスの身体が数メートル後方へ押し飛ばされる。
「ルシウス!」
青真が駆け出す。
しかし。
「遅い。」
魔王の姿が再び消える。
《時間加速》。
融合前から何度も見た技。
だが。
今の速度は別格だった。
未来予知が映す未来が歪む。
予測より先へ魔王が移動している。
「何だこの速度……!」
青真は思わず歯を食いしばった。
未来予知は発動している。
見えている。
それなのに追いつけない。
「青真!」
蓮の声。
同時に青真の横へ半透明の結界が展開される。
ドォン!!
黒い斬撃が結界へ直撃した。
結界表面へ無数の亀裂が走る。
「危なかった。」
蓮が冷静に呟く。
「助かった。」
青真が短く礼を言う。
魔王は十数メートル先へ着地していた。
黄金の瞳が静かに三人を見渡している。
「防いだか。」
「だが。」
「どこまで持つ?」
魔王が剣を構える。
黒い魔力が刀身へ集中していく。
「させるか!」
ルシウスが飛び出した。
聖剣が白銀の軌跡を描く。
神速の踏み込み。
騎士として極限まで磨き上げられた剣技。
しかし。
ガギィン!!
魔王は片手で受け止めた。
「重い……!」
ルシウスが驚愕する。
力負けしている。
融合前の魔王より遥かに強い。
「押し切る!」
ルシウスは連続で剣を振るう。
一撃。
二撃。
三撃。
怒涛の連撃。
しかし。
全て防がれる。
「甘い。」
魔王の反撃。
横薙ぎ。
ルシウスは咄嗟に防御姿勢を取る。
ドゴォォォン!!
凄まじい衝撃。
床を削りながら吹き飛ばされる。
「ルシウス!」
青真が叫ぶ。
だが。
「大丈夫です!」
ルシウスは即座に立ち上がった。
まだ戦える。
だが明らかに押されていた。
「なるほど。」
魔王が呟く。
「剣士としては一流。」
「だが。」
「我には届かぬ。」
その瞬間。
シュッ。
黒い影が魔王の死角へ飛ぶ。
蓮だった。
投げナイフ。
一投。
二投。
三投。
四投。
五投。
全て異なる角度。
異なる軌道。
異なるタイミング。
常人なら避けられない。
しかし。
魔王は振り返りもしない。
キィン!
キィン!
キィン!
全てが弾かれた。
「へぇ。」
蓮が僅かに眉を上げる。
「今のも見えてるのか。」
「当然だ。」
魔王が答える。
「面白い戦い方をする。」
「だが。」
「小細工だ。」
黒い魔力が爆発する。
蓮は即座に後方へ跳んだ。
同時に結界展開。
「《多重結界》!」
ドォォォン!!
衝撃波が結界へ激突する。
ガラスのような音。
結界が一枚砕けた。
二枚目。
三枚目。
四枚目。
蓮は後方へ吹き飛ばされながらも結界を張り続ける。
「本当に化け物だね。」
それでも蓮は笑っていた。
青真は銀河を強く握る。
見えている。
未来予知もある。
それでも押されている。
「なら。」
「攻略するだけだ。」
銀河七刀。
展開。
七本の刀身が宙へ浮かび上がる。
青白い光が玉座の間を照らした。
魔王は初めて口元を歪めた。
「来るか。」
青真が前へ出る。
銀河七刀が一斉に魔王へ照準を合わせた。
次の瞬間。
消えた。
ドォォン!!
黒い衝撃波が玉座の間を吹き飛ばす。
「ぐっ!」
青真は銀河を構え、防御する。
重い。
まるで巨大なトラックが激突したような衝撃だった。
ルシウスも聖剣で受け流す。
蓮の結界が何重にも展開される。
しかし。
防戦一方だった。
「速すぎる……!」
ルシウスが歯を食いしばる。
未来予知で見えていても身体が追いつかない。
「青真!」
蓮が叫ぶ。
「このままだと削り負ける!」
青真も理解していた。
未来予知だけでは足りない。
今の魔王は、そのさらに先を行っている。
「……なら。」
青真は小さく息を吐いた。
銀河を握る。
そして。
静かに目を閉じる。
脳内へ膨大な魔力が流れ込む。
神経が焼けるような感覚。
頭蓋の奥が軋む。
それでも。
青真は笑った。
「《数秒先の真実》。」
世界が変わった。
視界の中へ、無数の未来映像が流れ込む。
一秒後。
二秒後。
三秒後。
四秒後。
魔王の動き。
剣筋。
踏み込み。
呼吸。
全てが映る。
それが二十分。
絶え間なく。
脳内へ流れ続ける。
普通の人間なら発狂する。
だが青真は慣れていた。
何度も。
何度も。
死線の中で使ってきた。
「見える。」
魔王が再び消える。
しかし。
青真は動かなかった。
未来映像では既に見えている。
左。
0.8秒後。
そこから上段斬り。
「そこだ。」
ガギィィィン!!
銀河が魔王の剣を正面から受け止めた。
魔王の表情が初めて変わる。
「……何?」
速さでは負けている。
だが。
来る場所が分かっている。
それだけで違う。
「まだだ。」
青真が銀河七刀を放つ。
七本。
同時。
未来座標へ。
ドドドドドッ!!
魔王は避ける。
だが。
避けた先も見えている。
「右。」
銀河が回り込む。
「左。」
二本目。
「上。」
三本目。
魔王の逃げ道が少しずつ消えていく。
「面白い。」
魔王が笑う。
「未来予知か。」
「違う。」
青真も笑った。
「これは未来そのものだ。」
魔王が加速する。
さらに加速。
玉座の間が歪む。
床が砕ける。
しかし。
青真の視界には全て映っていた。
未来。
未来。
未来。
未来。
四秒先まで。
全て。
「見えてるぞ。」
銀河が振り抜かれる。
ズバァッ!!
初めて。
魔王の頬が切れた。
黒い血が宙を舞う。
静寂。
魔王は自らの頬へ触れる。
指先へ付着した血を見る。
そして。
小さく笑った。
「なるほど。」
「ようやく理解した。」
黄金の瞳が青真を見据える。
「貴様。」
「面白いな。」
圧倒的な魔力が再び膨れ上がる。
玉座の間全体が軋む。
ルシウスが聖剣を構える。
蓮も結界を展開する。
だが。
青真だけは笑っていた。
脳内では既に。
四秒先の魔王が見えている。
「見える。」
銀河を構える。
「お前の未来が。」
魔王も剣を構えた。
未来視。
対。
時間加速。
融合世界最強同士の決戦が、本格的に幕を開けようとしていた。
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