第145話:再開
世界が白く染まった。
視界も、音も、感覚さえも消え去る。
次の瞬間――。
「っ!!」
青真は猛烈な風圧と共に目を開いた。
「落ちてる!?」
見渡す限りの青空。
自分の身体は数千メートル上空から真っ逆さまに落下していた。
「青真!」
「きゃあああっ!」
カレン、闇風、メグ、アルナもそれぞれ離れた位置で落下している。
さらにその上では――。
魔王城。
大地。
森。
山脈。
異世界そのものが崩れながら東京へ落ちていた。
「各自着地しろ!」
青真は叫ぶ。
「了解!」
五人はそれぞれ即座に動いた。
青真は右手へ魔力を集中する。
「《魔力弾》!」
ドドドドドッ!!
真下へ連続で魔力弾を撃ち込む。
凄まじい反動が身体を押し返し、落下速度が目に見えて落ちていく。
最後に銀河を抜く。
「氷属性付与!」
蒼白い刀身を地面へ突き立てた。
ズガァァァァッ!!
氷が一直線に生成され、巨大な滑走路となる。
青真はそのまま氷の上を数十メートル滑り、衝撃を完全に逃がして着地した。
一方。
闇風は全身の力を抜き、身体を極限まで広げる。
風を読む。
空気抵抗を最大限利用。
地面が迫る。
「……今。」
クルリと身体を回転。
両手。
両足。
片膝。
五点着地。
土煙一つ立てず静かに立ち上がった。
「問題ない。」
その横ではメグが杖を掲げる。
「《人形創造》!」
落下地点へ巨大なゴーレムが一瞬で生成された。
ゴーレムは両腕を広げる。
ドォン!!
メグを受け止めた衝撃でゴーレムは粉々に砕け散る。
だが。
メグ自身は無傷だった。
「ふぅ……危なかった。」
カレンもまた地面へ向け剣を構える。
「《飛翔斬撃》!」
真空の斬撃が真下へ放たれる。
爆風。
その反動で身体が大きく減速する。
最後は軽く膝をつき、そのまま静かに立ち上がった。
「着地成功です。」
最後。
アルナ。
「大聖霊!」
淡い翠色の魔力が身体を包む。
背中から巨大な風の翼が広がった。
そのまま空を滑空するように旋回。
ふわり、と羽根が消え、羽毛のように静かに地面へ降り立つ。
「みんな無事?」
「全員いるな。」
青真は周囲を確認する。
誰一人欠けていない。
だが。
安心したのも束の間だった。
青真はゆっくりと顔を上げる。
「……東京。」
そこにあったのは、青真の知る東京ではなかった。
高層ビルには巨大な世界樹が絡み付き、道路は異世界の岩盤によって引き裂かれている。
空中にはリベラルワールドのUIが無数に浮かび、
【Lv.41 :ワイバーン】
【Lv.35: オークジェネラル】
【Lv.52: ダークドラゴン】
無数のHPバーが空を埋め尽くしていた。
地上では魔物が暴れ回り、人々が必死に逃げ惑う。
炎。
黒煙。
崩壊した高速道路。
異世界の森と東京の街並みが無理矢理繋ぎ合わされたような光景だった。
「そんな……。」
メグが言葉を失う。
「街全部が……。」
闇風は周囲を見回す。
「魔物だけで数万。」
「いや、それ以上だ。」
カレンも表情を曇らせた。
「東京全域が戦場になっています。」
アルナは初めて見る巨大都市を見上げ、小さく呟く。
「ここが……。」
「青真の故郷。」
青真は拳を強く握った。
「俺の街が……。」
絶望。
胸が締め付けられる。
その時だった。
遠くから二つの声が同時に響く。
「「青真!!」」
青真は勢いよく振り返る。
二方向から駆け寄ってくる二人の姿。
一人は黒いロングコートに仕込み傘を携えた青年。
もう一人は白銀の鎧を纏った聖騎士。
「蓮会長!」
「ルシウス!」
青真は思わず笑みを浮かべた。
蓮会長も静かに頷く。
「無事だったようだね。」
ルシウスも安堵したように微笑む。
「ようやく再会できました、青真殿。」
蓮会長はすぐ真剣な表情へ戻った。
「青真。」
「何が起きた。」
青真は深呼吸し、真っ直ぐ二人を見る。
「信じられない話になります。」
「俺たちはアイアングリッチが開発した人工異世界へ飛ばされていました。」
「そして、その世界で魔王と戦った。」
「ですが奴は最後に禁呪《世界融合》を発動した。」
「その結果――。」
青真は崩壊した東京を見渡す。
「現実世界とリベラルワールド、そして異世界が融合してしまったんです。」
蓮会長は一瞬だけ目を見開く。
しかしすぐ冷静さを取り戻した。
「……なるほど。」
「状況は理解した。」
ルシウスも自らの剣を見つめながら口を開く。
「どうやら融合の影響で、我々もリベラルワールド時代のステータスと装備を取り戻しているようです。」
眩い光が白銀の剣を包み込む。
「私だけではありません。」
「神聖騎士団全員が同じ状態です。」
蓮会長も静かに頷いた。
「百華繚乱も同様だ。」
「アイギス達は既に住民救助を始めている。」
そして空を見上げる。
「それと。」
「アイアングリッチも管理者権限を得て暴れているようだね。」
「アイアングリッチ!」
青真達の表情が一変した。
遠く、東京駅方面。
巨大なホログラムの中で、一人の男が不気味な笑みを浮かべていた。
アイアングリッチ。
その背後には無数の管理者ウィンドウが展開され、東京そのものを書き換えるように光が走っている。
東京。
魔王軍。
アイアングリッチ。
全てが同時に牙を剥いていた。
青真は銀河を握り締め、目の前に広がる惨状を見渡す。
「東京で……。」
「魔王軍とアイアングリッチを同時に相手か。」
あまりにも絶望的な状況だった。
その時――。
ドドドドドドドドドッ!!
街中へ轟く爆音。
無数の大型バイクが交差点へ雪崩れ込んできた。
黒い特攻服。
背中には巨大な蝶の刺繍。
東京を支配した不良組織。
黒死蝶。
先頭の大型バイクから一人の男が飛び降りる。
「ガキ共!!」
青真が目を見開いた。
「は!?」
「黒死蝶の!?」
蓮会長も静かに息を吐く。
「総長……。」
総長は煙草を投げ捨てる。
「勘違いすんな。」
「てめぇらと仲直りしに来た訳じゃねぇ。」
青真は銀河を構えたまま睨み返す。
「じゃあ何しに来た。」
総長はニヤリと笑う。
「一時休戦だ。」
「アイアングリッチは俺達が相手してやる。」
「はぁ?」
青真は思わず聞き返す。
「何で急に……。」
総長は腕を組み、周囲の崩壊した東京を見渡した。
「状況が変わった。」
「この国がなくなっちまったら。」
「俺達の《領地》もクソもねぇ。」
「だったら先に東京を守る。」
黒死蝶らしい理由だった。
世界平和でも正義でもない。
自分達の居場所を守るため。
それだけだった。
青真はまだ疑っていた。
「でも。」
「お前ら戦えるのか?」
その瞬間。
総長が笑う。
「オイ。」
パチン、と指を鳴らした。
後方。
数百人の黒死蝶構成員達が一斉に前へ出る。
次の瞬間。
全員の身体が眩く輝いた。
特攻服は消え去り。
重装鎧。
魔法衣。
巨大剣。
弓。
槍。
リベラルワールド時代の装備へ一斉に変化する。
「なっ……!」
青真達が息を呑む。
総長は肩を竦めた。
「俺達もリベラルワールドじゃトップランカーだった。」
「融合でステータスも装備も全部戻ってる。」
そして青真を真っ直ぐ見据える。
「お前ら花がいなかったら。」
「俺達蝶は飛べねぇだろ。」
一瞬。
青真は言葉を失った。
百華繚乱。
黒死蝶。
敵同士だった二つの組織。
その名前を掛けた総長らしい不器用な言葉だった。
蓮会長が静かに前へ出る。
「青真。」
「ここは信じよう。」
ルシウスも頷く。
「敵意は感じません。」
「今は共闘すべきでしょう。」
青真はゆっくりと銀河を下ろした。
「……分かった。」
「アイアングリッチは任せる。」
総長は豪快に笑う。
「任せとけ。」
「魔王軍は全部お前らがぶっ飛ばせ。」
「おおおおおおお!!」
黒死蝶数百人が雄叫びを上げる。
総長はバイクへ跨がった。
「黒死蝶!!」
「東京を守るぞォォォォ!!」
「オオオオオオオオオオッ!!」
爆音と共に黒死蝶は一斉に走り出す。
その先。
巨大ホログラムの下。
アイアングリッチ軍団。
両勢力が激突した。
ドゴォォォォォン!!
爆発が東京駅方面を包み込む。
青真はその光景を見届けると、静かに前を向いた。
魔王軍。
無数の魔物。
魔王。
全てがこちらを見ていた。
蓮会長は仕込み傘を開く。
「百華繚乱。」
「東京防衛を開始する。」
ルシウスは白銀の剣を抜く。
「神聖騎士団。」
「総員、住民保護を最優先!」
闇風は短剣を回した。
「久々に暴れるか。」
メグは魔導之杖を握る。
「東京は絶対守る。」
カレンは静かに剣を構える。
「ここが私達の最終決戦です。」
アルナも弓へ矢を番えた。
「青真。」
「全部終わらせよう。」
青真は銀河を静かに抜く。
七振りの刀身が空中へ分離し、背後でゆっくりと旋回を始めた。
目の前には魔王軍。
背後には守るべき東京。
もう退く場所はない。
「百華繚乱。」
「出撃だ。」
東京決戦。
その幕が、ついに切って落とされた。
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