第144話:融合
静寂。
魔王城の玉座の間に、重苦しい沈黙が広がっていた。
肩で荒く息をする魔王。
対する百華繚乱の五人も決して無傷ではない。
それでも。
立っていた。
誰一人として膝をついてはいなかった。
青真は銀河を静かに構える。
「……終わりだ。」
その一言には確信があった。
未来予知。
闇風の追跡。
メグの多重錬成。
アルナの風魔法。
カレンとの連携。
全てが噛み合った。
もう魔王に攻略される要素は残っていない。
魔王は静かに笑う。
「見事だ。」
その声には皮肉も怒りもない。
ただ、純粋な称賛だけが込められていた。
「人類がここまで辿り着くとは思わなかった。」
青真は眉をひそめる。
「随分素直だな。」
「敗北を認める気になったか?」
魔王はゆっくりと頷いた。
「ああ。」
「戦いは貴様達の勝ちだ。」
その言葉に、百華繚乱の空気が僅かに緩む。
アルナが小さく息を吐いた。
「勝った……?」
闇風は短剣を握り直す。
「まだ油断するな。」
そう言いながらも、その視線から先ほどまでの緊張は少しだけ消えていた。
メグは魔導之杖を握り直しながら苦笑する。
「流石にもう限界だよ……。」
黄金色に輝いていた錬成陣もゆっくりと消えていく。
カレンも剣先を下ろし、小さく息を整えた。
「青真。」
「最後は任せる。」
「ああ。」
青真は一歩前へ出る。
銀河の刀身が淡く蒼く輝く。
七振りへ分離した刀身がゆっくりと魔王を取り囲んだ。
逃げ場はない。
魔王もそれを理解していた。
「その剣。」
「実に面白い。」
魔王は銀河を見つめながら静かに呟く。
「歴代の勇者達でも、そこまで神話級のアーティファクトを扱えた者はいなかった。」
「勇者じゃない。」
青真は笑う。
「ただのゲーマーだ。」
「攻略なら負けない。」
魔王はその言葉を聞き、小さく笑みを浮かべた。
「だからこそ。」
「我は貴様を高く評価している。」
その瞬間だった。
青真の脳裏へ、微かな違和感が走る。
(……何だ?)
警告ではない。
未来予知でもない。
ほんの僅かなノイズ。
思考が一瞬だけ乱れた。
「青真?」
カレンが怪訝そうに声を掛ける。
「どうした。」
「……いや。」
気のせいか。
そう思った。
未来予知にも何も映らない。
目の前の魔王も満身創痍。
もう勝負は決している。
青真は銀河を構え直した。
「終わらせる。」
七振りの刀身が一斉に魔王へ照準を合わせる。
百華繚乱。
最後の一撃。
その時だった。
魔王はゆっくりと目を閉じ、小さく笑った。
「一つだけ教えてやろう。」
「……?」
「最初から。」
「我の目的は――」
魔王は静かに両手を広げた。
その笑みだけが、どこか不気味だった。
青真は銀河を構えたまま睨む。
魔王は赤い瞳を細め、小さく笑う。
「……なるほど。」
「さすがは、あの管理者の子だ。」
青真の表情が変わる。
「……管理者?」
「誰のことだ。」
魔王は静かに目を閉じた。
「知らぬか。」
「ならば、まだ話す時ではない。」
「ただ一つ。」
「貴様の父は、実に面白い男だった。」
――。
魔王の脳裏に、遥か昔の記憶が蘇る。
◇◇◇
まだ人類と魔族が争い続けていた頃。
魔王城。
玉座の間。
一人の男が魔王の前へ立っていた。
黒髪。
白衣。
その男は、どこまでも自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「遠くない未来。」
「俺の息子がこの世界へ来る。」
魔王は玉座から男を見下ろす。
「来るなら殺す。」
「それだけだ。」
男は笑った。
「殺せるもんか。」
「あいつは。」
「俺の息子だからな。」
魔王は鼻で笑う。
「愚かな父親だ。」
男は踵を返す。
最後に一度だけ振り返った。
「その時になったら分かる。」
◇◇◇
「……あの男の言う通りだった。」
魔王は現在へ戻り、小さく笑った。
青真は銀河を握る手に力を込める。
「親父を知ってるのか!」
「管理者って何なんだ!この世界に親父が来てたのか!」
魔王は答えない。
ただ静かに両腕を掲げた。
「我は。」
「戦いでは敗れた。」
「それは認めよう。」
青真は一歩踏み込む。
「だったら終わりだ!」
「いや。」
魔王はゆっくりと首を横へ振る。
「終わるのは。」
「世界の方だ。」
その瞬間。
黒と紫の魔力が爆発した。
ゴォォォォォォッ!!
巨大な魔法陣。
玉座の間だけではない。
魔王城全体。
いや。
王都全体を覆い尽くすほど巨大な時空魔法陣だった。
メグの表情が変わる。
「なっ……!この魔力量……!」
「止めないと!青真!」
「分かってる!」
青真は銀河七刀を一斉に射出する。
「全部ぶち抜け!」
七本の魔剣。
アルナの風神乱射。
闇風の影縫六閃。
メグの多重錬成。
カレンの神速連撃。
百華繚乱。
最後の総攻撃。
轟音が魔王を飲み込む。
ドガァァァァァァン!!
煙が晴れる。
魔王は片膝をついていた。
身体中から黒い血を流している。
それでも。
魔法陣だけは光り続ける。
止まっていなかった。
「そんな……!」
メグが目を見開く。
「全部当てたのに!」
魔王は苦しそうに笑う。
「もう。」
「遅い。」
「禁呪は止まらぬ。」
その瞬間だった。
ズガァァァァァァン!!
玉座の間へ巨大な亀裂が走る。
床が割れる。
壁が崩れる。
城全体が激しく揺れ始めた。
「何だ!?」
青真が叫ぶ。
揺れは止まらない。
魔大陸全体。
いや。
異世界そのものが震えていた。
アルナが悲鳴を上げる。
「大地が……!」
「割れてる!」
魔大陸。
王都。
山脈。
森。
湖。
草原。
全てを飲み込む巨大な裂け目が世界を縦断していく。
闇風は咄嗟に周囲を見回した。
「逃げるぞ!」
「どこへ!?」
カレンが叫ぶ。
「逃げ場がない!」
崩れる。
世界そのものが崩れていた。
青真は裂けた大地の底を見た。
その瞬間。
言葉を失う。
「……東京。」
遥か下。
異世界の裂け目の向こう側。
見覚えのある街並み。
無数の高層ビル。
高速道路。
東京スカイツリー。
リベラルワールドのUIやエフェクトも見える。
「嘘だろ……。」
青真の声が震える。
アルナが青真を見る。
「青真!」
「知ってる場所なの!?」
青真は呆然と頷いた。
「ああ……。」
「俺の世界だ。」
その言葉を聞いた全員が裂け目の向こうを見る。
誰一人として意味が分からない。
異世界の下に。
もう一つの世界が存在していた。
魔王は静かに笑う。
「禁呪。」
「《世界融合》。」
異世界の大地が音を立てて崩れ落ちる。
巨大な大陸そのものが、東京へ向かって落下を始めた。
「みんな!!」
青真は叫んだ。
「手を伸ばせ!」
五人が互いへ手を伸ばす。
闇風。
メグ。
カレン。
アルナ。
あと少し。
届く。
その瞬間。
世界が白く染まった。
眩い閃光が全てを飲み込む。
異世界。
現実世界。
リベラルワールド。
三つの世界が、一つへ重なっていく。
魔王は最後に青真だけを見つめた。
「次は。」
「貴様の世界で会おう。」
白い光が世界を覆い尽くした。
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