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第132話:魔喰師

眩い転移の光が消える。

メグはゆっくりと目を開いた。

目の前へ広がっていたのは、巨大な図書館だった。


何十メートルもある本棚が幾重にも並び、天井へ届くほど無数の魔導書が収められている。

静寂。


紙の擦れる音すら聞こえない、不気味な空間だった。

「ここが……私の戦場。」

メグは魔導之杖を静かに構える。


朱炎雀の力が杖の奥で微かに脈打つ。

しかし今はまだ使わない。

神獣の力は魔王との決戦まで温存すると決めていた。

その時だった。


パラッ……

一冊の魔導書が勝手に開く。

黒い魔力が本棚の隙間から溢れ出し、人の形を作り始める。


やがて、一人の男が静かに姿を現した。

漆黒のローブ。

左手には巨大な魔導書。


右手には細身の杖。


眼鏡の奥から覗く瞳は、まるで獲物を観察する学者のように冷たかった。

「魔王親衛隊。」

男はゆっくりと魔導書を閉じる。


「《魔喰師スペルイーター》グリモア。」


「錬金術師か。」

「面白い。」

メグも小さく頭を下げる。

「百華繚乱。」

「メグ。」

互いに名乗り終えた瞬間。


二人は同時に魔力を解放した。


メグは迷わず錬成陣を展開する。

「フレアランス!」

紅蓮の槍が一直線にグリモアへ飛ぶ。

しかし。

グリモアは微動だにしない。

魔導書を開くだけだった。


「魔喰。」

黒い魔法陣が開く。

炎の槍はその中へ吸い込まれ、跡形もなく消えた。


「えっ?」

メグの表情が僅かに変わる。

続けて。

「アイシクルランス!」

氷槍。

「サンダーボルト!」

雷撃。

風刃。

光弾。


次々と魔法を放つ。

しかし。

全て。

魔導書が飲み込んでいく。


「全部……。」


「吸収してる?」


グリモアは静かに頷いた。


「魔法とは魔力の塊。」


「ならば喰える。」


「それだけの話だ。」


魔導書をゆっくりと掲げる。


「返そう。」


黒い魔法陣が開いた。


そこから放たれたのは。


先程メグが放った炎槍だった。


「!」


メグは咄嗟に横へ飛ぶ。


轟音。


炎槍が本棚を吹き飛ばし、爆炎が図書館中へ広がった。


「私の魔法……!」


「威力まで上がってる!」


グリモアは淡々と言う。


「吸収。」

「解析。」

「再構築。」


「そして増幅。」


「これが私の能力だ。」


メグは魔導之杖を握り直した。


「厄介だね……。」


しかし。


その口元には焦りよりも、どこか冷静さが残っていた。


「じゃあ。」


「これならどう?」


巨大な錬成陣が足元へ展開される。


鋼鉄の杭が地面から飛び出し、四方からグリモアを貫こうと迫る。


しかし。


グリモアは再び魔導書を開いた。


黒い魔法陣。


鋼杭までも黒い光へ包まれる。


そして。


音もなく消えた。


「そんな……。」


メグは目を見開く。


「錬金術まで?」


グリモアは静かに笑う。


「錬成にも魔力を使う。」


「ならば同じだ。」


「魔力で構築された術式は。」


「全て喰らう。」


その言葉と同時に。


先程消えた鋼杭が今度はメグの背後へ出現した。


「!」


慌てて前へ飛び込む。


鋼杭は床を貫き、激しい音を立てて石畳を砕いた。


メグは息を整えながら距離を取る。


(まずい。)

(魔法も。)

(錬成も。)

(正面からじゃ全部吸われる。)


グリモアは魔導書を閉じ、小さく息を吐いた。


「終わりか。」


「期待したほどではない。」


メグは黙って周囲を見渡す。


本棚。

机。

椅子。

床。


天井。

図書館全体をゆっくり観察していく。

その視線を見たグリモアは眉を僅かに動かした。


「何を見ている。」

メグは小さく笑う。

「別に。」


「ちょっと。」

「考え事。」

その笑顔は、不思議と余裕を失っていなかった。



グリモアは魔導書を静かに閉じた。

「終わりか。」

「期待したほどではない。」


メグは答えない。

魔導之杖を握ったまま、周囲の本棚をゆっくりと見渡していた。


(真正面からじゃ勝てない。)

(魔法も。)

(錬成術式も。)

(全部吸収される。)


なら。


戦い方そのものを変えるしかない。

メグは小さく息を吐き、懐から一本の小瓶を取り出した。


「それなら。」

「これはどう?」


小瓶を足元へ叩き付ける。

パリンッ!!


次の瞬間。


真っ白な煙が一気に図書館中へ広がった。

「煙幕?」


グリモアはすぐに魔導書を開く。


しかし。


「これは魔法ではない……。」


錬金術で調合された《白煙薬》。


魔力ではなく薬品によって発生する煙は、《魔喰》では吸収できなかった。


視界は完全な白。


グリモアは魔力感知を広げる。


「そこか。」


煙の中に一つだけ大きな魔力反応を見つける。


迷わず魔導書を掲げた。


「魔弾。」


黒い魔力弾が一直線に飛ぶ。


ドォン!!


煙の中で爆発が起こる。


「捉えた。」


そう思った瞬間だった。


煙の奥から巨大な拳が飛び出した。


ゴォッ!!


「!」


グリモアは咄嗟に後ろへ跳ぶ。


拳は石畳を粉砕し、本棚を吹き飛ばす。


煙が少し晴れる。


そこへ立っていたのは。


巨大な《魔人形ゴーレム》だった。


「ゴーレムか。」


グリモアは小さく笑う。


「本体を隠し、壁役を立てる。」


「悪くない判断だ。」


ゴーレムは咆哮と共に突進する。


巨大な拳。


蹴り。


体当たり。


グリモアは魔導書で魔法を撃ち返しながら距離を取る。


「所詮は人形。」


「私の敵ではない。」


黒い魔法陣が展開される。


無数の魔力刃。


ゴーレムの腕が砕ける。


脚が崩れる。


それでもゴーレムは止まらない。


ただひたすら前へ出る。


時間を稼ぐように。


グリモアは眉をひそめた。


「しぶとい。」


その時だった。


煙の中。


誰もいないはずの背後から、小さな声が聞こえた。


「引っ掛かった。」


「!」


振り向く。


そこにはメグが立っていた。

白煙へ紛れ、完全に気配を消していたのだ。

「いつの間に……!」

メグは小さく笑う。


「タンクが敵を引き付けてる間に、後衛が動くのは基本だから。」

グリモアはその意味を理解する前に、足元へ視線を落とした。


黄金色の錬成陣。

いつの間にか、自分の立っている床一面へ展開されている。

「しまっ――」

「もう遅い。」


メグは魔導之杖を振り下ろした。


「錬成。」

ゴゴゴゴゴ……

床が一気に隆起する。

魔力ではない。

石そのものが形を変え、巨大な鉄檻となってグリモアを閉じ込めた。

「馬鹿な!」


グリモアは《魔喰》を発動する。

しかし。

何も起こらない。

「吸えない……?」


メグは静かに答えた。 

「これは魔法じゃない。」

「物質そのものを作り変えただけ。」

「錬金術は"魔法"じゃないんだよ。」


鉄檻の隙間から、一本の鉄槍がゆっくりと生成される。


グリモアは初めて焦りを浮かべた。


「待――」

「終わり。」


鉄槍が一直線に突き出される。


ズガァァァッ!!


胸を貫かれたグリモアは目を見開き、そのまま静かに笑った。


「……なるほど。」

「魔法を喰らう者へ。」

「錬金術そのもので挑むか。」

「見事だ……。」


その言葉を最後に、魔喰師グリモアの身体は黒い粒子となり、静かに消滅していった。


図書館を包んでいた黒い魔力も音もなく消え去る。


静寂。


メグは大きく息を吐き、魔導之杖を握り直した。


「みんな。」

「負けてないよね。」


その直後。


足元へ新たな転移魔法陣が展開される。


「次のところか。」


メグは小さく微笑む。


眩い光が彼女を包み込み、その姿は静かに次なる戦場へと消えていった。


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