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第131話:罠師ガルム

眩い転移の光が消える。

闇風はゆっくりと目を開いた。

そこは石造りの迷宮だった。


薄暗い通路が幾重にも続き、壁や床には複雑な魔法陣が刻まれている。

空気は静かだ。

静かすぎる。


「……。」

闇風はその場から動かず、ゆっくりと目を閉じた。

気配察知。

意識を極限まで研ぎ澄ませる。


魔力。

足音。

呼吸。

殺気。

迷宮全体へ感覚を広げる。

しかし。


「いない……。」

敵の気配が全く掴めなかった。

隠れているのではない。

最初から姿を見せる気がない。


闇風は静かに短剣を構え、一歩だけ前へ踏み出した。

その瞬間だった。


カチッ。

小さな音。

闇風の瞳が鋭く細まる。


「!」

反射的に真横へ跳ぶ。

ドォン!!

今まで立っていた場所が爆発した。

石畳が砕け、破片が周囲へ飛び散る。


着地したその足元。

今度は床から黒い鎖が飛び出した。

「チッ!」

短剣で鎖を切り裂く。


さらに天井から無数の魔力糸が降り注ぐ。

闇風は身を低くしながら、その全てを紙一重で回避した。


「……なるほど。」

静かに呟く。

「最初から近付かせる気はないか。」

その時。


どこからともなく声が響いた。

「流石だ。」

「今の一連を避けるとは。」


男とも女とも分からない、落ち着いた声。

闇風は声の方向を探らない。

探しても意味がないと理解したからだ。


「姿を見せろ。」

静かに言う。

すると迷宮の奥から、一人の男がゆっくりと姿を現した。


黒い軽装鎧。

腰には短剣ではなく、小さな金属器具が幾つも吊り下げられている。

両腕には細い魔力糸が何本も巻き付いていた。


「魔王親衛隊。」

男は僅かに頭を下げる。

「《罠師トラッパー》ガルム。」


「歓迎しよう。」

闇風は短剣を構えたまま答える。


「百華繚乱。」

「闇風。」


「知っている。」

ガルムは口元を僅かに緩めた。

「暗殺者。」

「気配を消し。死角から仕留める。実に厄介な相手だ。」

「だからこそ。」


ガルムは指先を軽く鳴らす。

パチン。


その音と同時に、迷宮中の魔法陣が一斉に淡く輝いた。

ゴゴゴゴ……

床。

壁。

天井。


至る所へ新たな魔法陣が浮かび上がる。

「この迷宮全体を戦場にした。」

「好きに隠れてみろ。」

「必ず罠へ掛かる。」


言葉が終わるより早く、ガルムの姿が霧のように消えた。


「……。」

闇風は追わない。

代わりに、その場へしゃがみ込んだ。


床を見る。

壁を見る。

天井を見る。

魔法陣。

魔力糸。

細かな傷。

設置痕。


罠は無数にある。

だが。

「全部見てる訳じゃない。」

闇風は静かに立ち上がる。

一本の短剣を逆手へ持ち替えた。


「なら。」

「見せてやる。」


腰から予備の短剣を一本取り出す。

そのまま迷宮の奥へ向かって投げ放った。

カラン……

短剣が石畳を滑る。


ガルムは見逃さなかった。

「そこか。」

その瞬間。


投げられた短剣の周囲で一斉に魔法陣が起動した。

爆裂罠。

拘束罠。

毒霧罠。


三つの罠が同時に発動し、轟音と共に石畳を吹き飛ばす。

しかし。


そこには誰もいない。

ガルムの眉が僅かに動いた。

「囮か。」


闇風は暗闇の中で、小さく笑っていた。



爆煙がゆっくりと晴れていく。

砕けた石畳の中央には、闇風が投げた短剣だけが転がっていた。


ガルムはその様子を静かに見つめる。

「なるほど。」

「囮か。」

声は迷宮全体へ響く。


だが、その姿は依然として見えない。

闇風も焦る様子はなかった。


「一回じゃ引っ掛からないか。」

小さく呟く。


腰へ手を伸ばし、今度は肩当てを外した。

黒い軽装用の肩当て。

それを通路の先へ放り投げる。


ガランッ――。

乾いた音が迷宮へ響く。

その瞬間。

ガシュン!!

壁から魔力糸が飛び出す。


続いて床が開き、拘束鎖が射出される。

さらに天井から爆裂魔法陣。

三重の罠が肩当てへ集中した。


ドォォォン!!

爆発。

煙。

拘束鎖。


全てが空振りに終わる。

「……。」

ガルムは少しだけ考え込む。

(本体ではない。)

(なら、本命はどこだ。)


その僅かな思考の時間。

闇風は迷宮全体を見渡していた。

「動いた。」

罠の配置。

さっきまで封鎖されていた通路。

逆に新しく罠が設置された場所。


ガルムはデコイへ反応する度に、自ら罠を書き換えている。

つまり。

罠の動きこそが、ガルム自身の位置を教えていた。

「そこか。」


闇風は地面を蹴る。


気配を完全に消し、一気に迷宮の奥へ駆け抜ける。

しかし。

カチッ。


「!」

転移罠。

闇風の身体が一瞬で数メートル横へ飛ばされた。

着地と同時に爆裂罠。


さらに拘束鎖。

闇風は紙一重で全てを避けながら舌打ちする。

「流石に甘くない。」


その時だった。


「ならこれはどうだ。」

闇風は最後の一本ではない、予備の短剣を抜く。


その刀身へ軽く毒を流し込む。

そして。


今度は短剣を投げず、壁へ突き刺した。

カンッ。

金属音が響く。


ガルムは再び意識を向ける。

「また囮か。」

そう判断した瞬間だった。


壁へ突き刺さった短剣から毒がゆっくりと流れ始める。


毒は床へ。


壁へ。


そして。


見えない魔力糸へ付着した。


「……!」


ガルムの表情が初めて変わる。


魔力糸は迷宮中へ張り巡らされている。


つまり。


毒は糸を伝い、設置者の元へ辿り着く。


「しまっ――」


ガルムが糸を切ろうとした、その瞬間。


「見つけた。」


背後。


闇風はすでに立っていた。


「いつ……!」


振り返る。


しかし遅い。


毒影の短剣が一閃。

ガルムは咄嗟に身を捻る。

肩へ浅い傷。


「くっ!」


すぐに距離を取ろうとする。

だが。

闇風は逃がさない。


一歩。

二歩。


音もなく間合いへ入り込む。

二撃目。

三撃目。

毒影の短剣がガルムの防御を正確に切り裂いていく。


「終わりだ。」

最後の一撃。

短剣が首元へ突き付けられる。


ガルムは静かに笑った。


「……罠を見るのではなく。」

「罠の動きから俺を読んだか。」

闇風は無言のまま短剣を押し込む。


「悪くない。」

「魔王様が興味を持つ理由も理解した。」

その言葉を最後に。


ガルムの身体は黒い粒子となり、静かに崩れていった。

迷宮全体へ張り巡らされていた魔力糸も音を立てて消えていく。


静寂。


闇風は短剣を軽く振り、血を払うように毒を散らした。


「……次。」

その直後。

足元へ新たな転移魔法陣が展開される。


「やっぱりか。」


抵抗することはない。

闇風は静かに短剣を納めた。


「青真。」

「死ぬなよ。」


その小さな呟きと共に、眩い光が闇風を包み込む。


次なる戦場へ向け、百華繚乱の暗殺者は静かに姿を消した。


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