第126話:矜持
黒い魔力が戦場を覆う。
ゼクトは胸当てへ刻まれた傷へ静かに視線を落とした。
百華繚乱が初めて幹部へ届かせた一撃。
その事実を否定することなく、小さく頷く。
「見事だ。」
「幹部である私へ傷を付けた。」
「その実力には敬意を払おう。」
黒剣をゆっくりと構え直す。
「ならば。」
「騎士として全力で応える。」
黒い魔力が一気に噴き上がる。
地面が砕け、空気そのものが震え始める。
青真は未来予知を発動した。
脳裏へ映る未来は、先程までとは全く違っていた。
「全員気を付けろ!」
「来る!」
その瞬間。
ゼクトの姿が完全に消えた。
「魔法付与――加速。」
未来予知が見えていても追い付けない。
黒剣は一瞬でカレンの目前へ現れ、そのまま聖盾へ叩き付けられた。
ガァァァン!!
衝撃が戦場全体へ響く。
カレンの身体が数メートル押し込まれ、足元の岩盤が砕け散る。
それでも彼女は盾を離さなかった。
「まだ……!」
ゼクトは静かに呟く。
「強い。」
「だが足りない。」
再び黒剣へ魔力が流れ込む。
「魔法付与――重力。」
二撃目。
玄盾武が大きく軋む。
カレンの膝が地面へ沈み、腕が僅かに震え始める。
百華繚乱の誰よりも、防御へ特化した彼女でさえ押されていた。
「アルナ!」
風を纏った矢が次々と放たれる。
ゼクトは身体を動かさない。
黒剣だけで全ての矢を叩き落とした。
「メグ!」
巨大な錬成陣が足元へ展開される。
鋼鎖が地中から飛び出し、ゼクトの足を拘束する。
しかし黒剣が一閃。
鎖は一瞬で断ち切られた。
「闇風!」
死角から黒雷閃。
闇風が背後へ回り込み、毒影の短剣を首筋へ走らせる。
しかしゼクトは振り向くことなく黒剣を背中へ回し、その一撃を受け止めた。
「見えている。」
闇風は舌打ちしながら距離を取る。
ここまで完璧に連携しても、一度も決定打にならない。
ゼクトはまるで百華繚乱全員の動きを読んでいるかのようだった。
青真は銀河を握り締めたまま、未来だけを見続けていた。
一秒先。
二秒先。
三秒先。
未来が何度も書き換わる。
勝てない未来。
青真は銀河を強く握り締める。
「――《数秒先の真実》。」
その瞬間。
世界が静止したように感じた。
四秒先の未来が、断片ではなく一本の映像となって脳裏へ流れ込む。
ゼクトの踏み込み。
魔法付与の順番。
黒剣の軌道。
カレンの防御。
アルナの射線。
闇風の潜入経路。
全てが鮮明に映し出されていく。
「ぐっ……!」
激しい頭痛が青真を襲う。
視界が揺れ、鼻先から血が一筋流れ落ちる。
それでも青真は歯を食いしばり、映像を最後まで見続けた。
そして能力を解除すると、小さく笑う。
「見えた。」
「勝てる。」
青真は仲間達を見渡した。
「カレン!」
「次の一撃を受け止めて!」
「アルナ、右肩!」
「闇風、左後方!」
「メグ、俺の合図で拘束!」
四人は迷わず頷いた。
「了解!」
ゼクトは黒剣を静かに構える。
「まだ抗うか。」
「ならば、その覚悟ごと断つ。」
「魔法付与――加速。」
黒い雷が刀身を駆け抜ける。
未来で見た通り。
ゼクトは一瞬でカレンの目前へ現れ、渾身の一撃を振り下ろした。
ガァァァン!!
玄盾武が激しく軋む。
凄まじい衝撃にカレンの膝が沈む。
それでも彼女は退かない。
「まだ……耐えます!」
その瞬間だった。
「今!」
青真の声が戦場へ響く。
アルナの風を纏った矢がゼクトの右肩を射抜く。
僅かに体勢が崩れる。
続いてメグの錬成陣が足元へ広がり、鋼鎖が黒剣ごとゼクトの腕へ巻き付いた。
「闇風!」
黒い影が背後から飛び出す。
毒影の短剣が鎧の隙間を正確に切り裂き、ゼクトの動きが一瞬だけ止まる。
「見事。」
ゼクトは小さく呟いた。
「だが――」
「遅い。」
黒剣へ再び魔力を流そうとした、その瞬間。
青真は既に踏み込んでいた。
「そこだ!」
銀河が青白く輝く。
青氷龍の力が刀身へ宿る。
「氷河斬!」
蒼白い斬撃が一直線に走る。
先程《数秒先の真実》で見た、魔法付与直前――唯一防御が遅れる瞬間。
その一点だけを狙い澄ました一撃だった。
ズバァァァッ!!
蒼い斬撃が黒い鎧を深く切り裂く。
ゼクトは静かに目を見開き、そのまま膝をついた。
黒剣が地面へ突き刺さる。
「……見事だ。」
「先を読むだけではない。」
「掴み取ったか。」
ゼクトは青真を見上げ、小さく笑った。
「百華繚乱。」
「この先で待つ者達は……私より遥かに強い。」
「どうか、最後まで抗え。」
その言葉を残し、暗黒騎士ゼクトの身体は黒い粒子となって静かに消えていった。
戦場に静寂が訪れる。
しかし、それは束の間だった。
ゴゴゴゴゴ……
大地が不気味に震え始める。
無数の白骨の腕が地中から這い出し、辺り一面を埋め尽くしていく。
「これは……!」
メグが息を呑む。
黒いローブを纏った一人の男が、骸骨の杖を手にゆっくりと姿を現した。
その背後には、数え切れないほどのアンデッドの軍勢。
男は不気味な笑みを浮かべ、静かに杖を掲げる。
「歓迎しよう。」
「魔王軍幹部。」
「死霊術師――モルドレイス。」
「さあ、生者達よ。」
「死者の軍勢と踊る時間だ。」
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