第127話:死者の軍勢
骸骨兵の群れが絶え間なく押し寄せる。
剣を振るって倒しても、紫色の魔力が骨を包み込み、再び立ち上がる。
まるで終わりのない悪夢だった。
「キリがない!」
アルナが風を纏った矢を放つ。
矢は骸骨兵の頭蓋を正確に射抜き、後方の死霊騎士まで貫いていく。
しかし、崩れ落ちた骨は数秒もしないうちに再び形を取り戻していた。
「また蘇った!」
「面倒にも程があるわ!」
カレンは玄盾武を構え直し、百華繚乱の最前線を守り続ける。
盾へ何本もの剣や槍が叩き付けられ、鈍い音が戦場へ響く。
「誰一人……通しません!」
全身へ衝撃が伝わる。
それでも一歩も退かない。
百華繚乱の盾として、カレンはその場へ立ち続けた。
闇風は黒い影のように戦場を駆け抜ける。
死霊騎士の懐へ潜り込み、毒影の短剣で急所だけを正確に斬り裂く。
一体。
二体。
三体。
次々と倒していく。
しかし、その奥からさらに新たな死霊騎士が現れ、モルドレイスへの道を完全に塞いでいた。
「近付けないか。」
闇風が小さく舌打ちする。
その様子を見ながら、モルドレイスは不気味な笑みを浮かべていた。
「無駄だ。」
「死者は尽きぬ。」
「我が術式が存在する限り、何度でも蘇る。」
骸骨の杖が紫色に輝く。
新たな魔法陣が戦場へ展開され、さらに数十体もの骸骨兵が地面から這い出してきた。
「まだ増えるの!?」
アルナが思わず声を上げる。
青真は銀河を構えたまま未来予知を発動する。
しかし映る未来は変わらない。
アンデッドを倒す。
蘇る。
倒す。
また蘇る。
同じ未来だけが繰り返されていた。
「……違う。」
青真は眉をひそめる。
「倒し方が間違ってる。」
その横でメグは静かに地面へ膝をついていた。
彼女の視線はアンデッドではなく、戦場一面へ広がる巨大な召喚術式だけを見つめている。
「やっぱり……。」
小さく呟く。
指先で術式をなぞるように確認し、その構造を一つずつ頭の中で組み立てていく。
「メグ!」
青真が声を掛ける。
「何か分かったか?」
メグは頷いた。
「うん。」
「この召喚陣、普通の召喚魔法じゃない。」
「何重にも術式が重ねられてる。」
さらに地面へ手を当て、魔力を流し込む。
すると紫色だった術式の一部が淡く青く発光した。
「やっぱり。」
「核がある。」
青真が目を細める。
「核?」
「うん。」
メグは術式の中心部を指差した。
「あの杖から魔力を流して、この巨大な召喚陣全体を維持してる。」
「だからアンデッドを倒しても意味がない。」
「術式が壊れてないから、何度でも再構築される。」
モルドレイスは初めてメグへ視線を向けた。
「ほう。」
「術式を読めるか。」
「流石は錬金術師。」
その表情から笑みが消える。
「だが。」
「読めることと、壊せることは別だ。」
紫色の魔力が一気に膨れ上がる。
巨大な死霊騎士が五体同時に召喚され、百華繚乱へ向かって歩き始めた。
その一体一体が、先程までの死霊騎士より遥かに大きい。
「カレン!」
青真が叫ぶ。
「時間を稼ぐ!」
「メグは術式に集中して!」
カレンは力強く頷き、玄盾武を正面へ構えた。
「任せ てください!」
その背後でメグは静かに目を閉じる。
「術式なら……。」
「書き換えられる。」
錬金術師だけが持つ知識と技術。
勝負は力ではなく、術式そのものへ移ろうとしていた。
メグは静かに目を閉じる。
骸骨兵ではない。
死霊騎士でもない。
その視線は巨大な召喚術式だけを見据えていた。
「見つけた。」
「ここが核。」
指先を術式へ添え、魔力をゆっくりと流し込む。
錬金術師にとって魔法陣とは"構築物"。
構築されたものなら解析できる。
解析できるものなら、組み替えられる。
「青真!」
「あと少しだけ時間稼いで!」
「任せろ!」
カレンが盾を地面へ叩き付ける。
死霊騎士五体が同時に襲い掛かる。
轟音が響き、盾が激しく軋む。
それでもカレンは一歩も退かなかった。
「絶対に通しません!」
アルナは風を纏った矢を連射する。
頭部ではなく関節だけを狙い、死霊騎士達の動きを止めていく。
闇風は黒い影となって戦場を駆け抜け、本体へ迫ろうとする敵だけを正確に切り伏せた。
青真も銀河を振るい、押し寄せるアンデッドを次々と薙ぎ払っていく。
「メグ!」
「まだか!」
「もう少し!」
その瞬間だった。
巨大な錬成陣が黄金色に輝く。
「術式改変!」
黄金の魔力が紫色の召喚陣へ流れ込み、複雑に絡み合っていた術式を書き換えていく。
モルドレイスの表情が初めて崩れた。
「馬鹿な!」
「私の召喚術式が……!」
紫色だった魔法陣は黄金色へ変化し、魔力の流れが完全に逆転する。
ガシャッ……
骸骨兵が一斉に崩れ落ちる。
死霊騎士も立っていられず、その身体は砂のように崩壊していった。
「終わり!」
メグが叫ぶ。
モルドレイスは慌てて杖へ魔力を流し込む。
しかし何も起こらない。
召喚術式は完全に支配権を奪われていた。
「そんな……。」
「私の死者達が……。」
「青真!」
メグが振り返る。
「今!」
「分かった!」
青真は銀河へ魔力を集中させる。
蒼い刀身が青氷龍の力を宿し、眩く輝いた。
「氷河斬!」
蒼白い一閃。
モルドレイスの身体を真っ二つに切り裂く。
「グッ、そんな。」
その一言を最後に、死霊術師モルドレイスは紫色の粒子となって静かに消滅した。
戦場を覆っていた召喚陣も音もなく消え去り、辺りはようやく静寂を取り戻す。
「終わっ――」
アルナが息を吐いた、その時だった。
ズォォォォォ……
空気が凍り付く。
四つ。
いや、四人。
今までとは比較にならない魔力が魔王城の方角から迫ってくる。
黒い瘴気の中から、四つの人影がゆっくりと姿を現した。
巨大な戦斧を担ぐ鬼人。
禍々しい魔弓を携えた女。
無数の魔獣を従える大男。
妖しく微笑む魔族の少女。
魔王軍、残る四幹部。
その圧倒的な威圧感に、百華繚乱は思わず武器を構えた。
「まだ……四人も。」
青真が銀河を握り直す。
だが連戦の疲労は隠せない。
《数秒先の真実》の反動も残っている。
今ここで四幹部全員を相手にするのは無謀だった。
その瞬間。
轟ッ!!
巨大な雷撃が戦場を駆け抜ける。
四幹部の目前へ一直線に落ち、大地を大きく抉った。
「そこまでだ。」
聞き覚えのある声だった。
煙の中から姿を現したのは、水帝。
その隣へ槍聖。
さらに雷将、拳王、剣聖。
軍団長達との戦いを終えた元七英雄組が、百華繚乱の前へ並び立つ。
剣聖は静かに剣を抜いた。
「蒼剣。」
「ここは俺達に任せろ。」
槍聖が槍を肩へ担ぐ。
「お前達は先へ行け。」
雷将は豪快に笑う。
「魔王はお前達が倒すんだろ?」
水帝は静かに三叉槍を構えた。
「時間は俺達が稼ぐ。」
青真は一瞬だけ迷う。
しかしカレンが静かに頷いた。
「行きましょう。」
闇風も前を向く。
「ここで止まる理由はない。」
アルナとメグも力強く頷いた。
青真は剣聖へ視線を向ける。
「……必ず戻ります。」
剣聖は不敵に笑った。
「待ってる。」
「土産は魔王の首な。」
その言葉を背に、百華繚乱は魔王城へ向かって再び駆け出した。
その背後では、7人の英傑と魔王軍四幹部による新たな激突が、今まさに幕を開けようとしていた。
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