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第115話:氷雪に眠る龍

王国から魔王軍討伐の勅命を受けた百華繚乱は、北方大陸へと足を踏み入れていた。

空は厚い雲に覆われ、絶え間なく雪が降り続いている。

吹き付ける冷気は肌を刺し、吐く息さえ白く凍り付いて見えた。

王都とはまるで別世界だった。


「寒い……。」


アルナが肩を震わせる。

分厚い防寒具を身に着けていても、この寒さは防ぎ切れない。

メグは錬金術で作った耐寒薬を全員へ配り、小さく笑った。

「少しは楽になるはずです。」


「助かる。」


青真は薬を飲み干し、ゆっくりと周囲を見渡す。

見えるのは一面の銀世界。

どこまでも続く雪原と氷山だけだった。


「目的地まではあと少しです。」


カレンは地図を確認しながら前を指差す。

「この先に氷神山があります。」

「青氷龍は、その山頂付近を縄張りにしているそうです。」


闇風は目を閉じ、静かに気配を探る。

吹雪の中では視界よりも感覚の方が頼りになる。

しばらくしてゆっくりと目を開いた。


「何かいる。」


その一言で全員の表情が引き締まる。

しかし現れたのは魔物ではなく、一人の老人だった。

厚い毛皮を纏い、長い杖を突きながら雪道を歩いてくる。


「旅人か。」


老人は百華繚乱を見ると驚いたように目を細めた。

「この先へ行くつもりなら引き返した方がいい。」

「あそこは神の領域じゃ。」


「青氷龍ですか。」


メグが尋ねる。

老人は静かに頷いた。


「そうじゃ。」

「あの御方は何百年もの間、この地を守り続けておる。」

「人が近付けば容赦なく力を振るう。」

「だが悪しき存在ではない。」


「神獣だからな。」


青真は静かに呟く。

これまで戦った魔物とは違う。

相手は世界を守護する存在だ。


老人は青真をじっと見つめる。

「もし戦うことになっても、決して憎しみを向けるでない。」

「あの御方は心を見ておられる。」


その言葉を残し、老人は吹雪の中へ姿を消していった。


「心を見る、か。」


青真は小さく息を吐く。

神獣との戦いは、力だけではない。

そんな予感が胸をよぎった。


百華繚乱は氷神山への登山を開始する。

険しい崖を越え、吹雪の尾根を進み、数時間。


やがて山頂へ辿り着いた。


そこには巨大な氷の湖が広がっていた。

湖面は鏡のように澄み渡り、周囲には無数の氷柱が林立している。

幻想的な景色。


しかし、その静寂は一瞬で破られた。


ゴゴゴゴゴ……。


湖全体が大きく震え始める。

厚い氷へ亀裂が走り、轟音と共に中央が砕け散った。


巨大な蒼い影が、ゆっくりと姿を現す。


氷のように透き通る蒼白の鱗。

天を覆うほど巨大な翼。

黄金色の双眸が百華繚乱を静かに見下ろしていた。


「グオオオオオオ……。」


神々しい咆哮が極寒の大地へ響き渡る。


「青氷龍……。」


青真は銀河を静かに抜いた。


「行くぞ。」

その一言で、5人は一斉に駆け出した。


青氷龍は大きく翼を広げた。

吹雪は一瞬で暴風雪へ変わり、周囲の温度がさらに下がっていく。

湖面は凍り付き、空気そのものが白く軋んだ。

神獣の魔力が山全体を支配していく。


「来る!」


青真が叫ぶ。

青氷龍は大きく息を吸い込み、膨大な冷気を口元へ集めた。

次の瞬間、巨大な氷のブレスが一直線に放たれる。


「風よ!」


アルナが風魔法で軌道を逸らそうとする。

しかし神獣のブレスは風を押し潰し、そのまま百華繚乱へ迫った。

全員が咄嗟に飛び退き、間一髪で回避する。


「なんて威力……。」


メグが息を呑む。

ブレスが通った場所は一瞬で巨大な氷柱へ変わり、地面ごと凍り付いていた。

まともに受ければ無事では済まない。


「近付く!」


カレンが雪を蹴る。

鋭い斬撃が前脚を狙い、闇風も死角から短剣を振るう。

しかし蒼い鱗は鋼鉄以上に硬く、刃を容易く弾き返した。


「硬い!」


闇風はすぐに距離を取る。

その直後、巨大な尾が横薙ぎに振り抜かれる。

衝撃波だけで雪原が吹き飛び、五人は再び後退した。


「未来予知。」


青真は静かに目を閉じる。

数秒先の未来が脳裏へ映し出される。

胸元へ一瞬だけ生まれる隙――だが、無属性では決定打にならない未来も見えた。


「なら……。」


青真は右手を静かに前へ突き出す。

掌へ集まるのは、いつもの無属性マナショット。

だが今回は違う。


朱炎雀との激闘。

あの神炎の流れ。

未来予知で幾度も見続けた魔力の構成を、青真は脳内で一つずつ再現していく。


「魔力の流れは……こうだ。」


無色だった魔力弾が、ゆっくりと紅蓮へ染まっていく。

炎が渦を巻き、雪を溶かしながら掌の上で揺らめいた。

百華繚乱の仲間達も、その変化に目を見開く。


「まさか……。」


メグが驚いたように呟く。

青真は小さく笑った。


「見て覚えた。」


「属性付与魔力弾――」


「エンチャント・マナショット。」


紅蓮の魔力弾が一直線に放たれる。

炎の軌跡を描きながら青氷龍の胸元へ直撃し、雪原へ轟音が響いた。


ドォォン!!


爆炎が吹雪を押し返す。

青氷龍は初めて大きく後退し、胸元の鱗にはこれまでより深い傷が刻まれていた。


「効いた!」


アルナが声を上げる。

青真は銀河を握り直し、静かに頷く。


「炎は通る。」


「これなら勝機がある。」


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