第108話:謎の監視者
毒砂蠍蝎の巨体は淡い光の粒子となり、ゆっくりと砂漠の風へ溶けていく。
やがて戦場には静寂だけが残った。
青真は蒼海の剣を鞘へ納め、大きく息を吐く。
「終わったな。」
額には汗が滲んでいたが、その表情には確かな達成感が浮かんでいた。
「お疲れ様です。」
カレンも剣を収める。
アルナはその場へ座り込み、肩で息をしていた。
「流石に疲れたぁ……。」
メグも魔人形を回収しながら苦笑する。
「A級主魔物ですもの。」
「これくらいは覚悟していました。」
闇風だけは周囲への警戒を解かない。
「まだ油断するな。」
「主魔物を倒した直後は、別の魔物が寄ってくることもある。」
その言葉に全員が再び気を引き締めた。
しかし数分待っても、新たな魔物が現れる気配はなかった。
その時だった。
毒砂蠍蝎が消えた場所の地面がゆっくりと震え始める。
砂が左右へ割れ、何か長い物が姿を現した。
「出た。」
青真が小さく笑う。
「ドロップアイテムか。」
アルナも嬉しそうに駆け寄る。
「今回は何かしら。」
青真はゆっくりと手を掛け、静かにを持ち上げる。
一振りの短剣だった。
黒い刀身。
柄には深紫色の魔石が埋め込まれている。
闇風は目を細めた。
「短剣……?」
メグは鑑定魔法を発動し、静かに魔力を流し込む。
「A級アーティファクト。」
「『毒影の短剣』です。」
「攻撃時に微量の麻痺毒を付与する能力があります。」
「さらに装備者の気配遮断能力を強化する効果もあります。」
全員の視線が自然と闇風へ集まった。
「完全に闇風向けね。」
アルナが笑う。
闇風は少し困ったように頭を掻いた。
「俺でいいのか?」
青真は即座に頷く。
「もちろんだ。」
「この中で一番使いこなせるのは闇風しかいない。」
「遠慮なく受け取れ。」
闇風は短剣を手に取り、軽く振ってみる。
「……軽い。」
「今までの短剣よりずっと扱いやすい。」
黒い刀身が僅かに紫色の光を放ち、その周囲の空気が揺らめいた。
「良い武器だ。」
珍しく闇風の口元に小さな笑みが浮かぶ。
それぞれが着実に力を手に入れていた。
四神獣との戦いへ向け、一歩ずつ確実に前進している。
その様子を、遠く離れた岩柱の上から静かに見つめる一つの影があった。
黒いローブを深く被った男。
その瞳は青真達ではなく、毒砂蠍蝎が消えた場所だけを見つめている。
「……やはり。」
男は誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「宝玉は砕けたか。」
その声は、砂漠を吹き抜ける熱風の中へ静かに溶けていった。
男はゆっくりと岩柱から飛び降りる。
足音一つ立てず青真達の前まで歩み寄ると、その場で静かに立ち止まった。
闇風が即座に双短剣を構える。
「……いつ近付いた。」
青真達も一斉に武器を構える。
目の前の男からは魔力も気配もほとんど感じられない。
それでも、本能が危険を告げていた。
「誰だ。」
青真が問い掛ける。
男は答えず、毒砂蠍蝎が消えた場所へ視線を向ける。
そして静かに呟いた。
「やはり宝玉は完全に破壊されたか。」
「……回収は不可能だな。」
「宝玉って何だ。」
青真が問い詰める。
男は僅かに視線を向けるだけだった。
「知る必要はない。」
「任務は終わった。」
「逃がすか!」
青真が地面を蹴る。
蒼海の剣へ水属性を纏わせ、一気に間合いを詰めた。
男は短剣を抜き放ち、その一撃を受け流す。
甲高い金属音が砂漠へ響いた。
その瞬間、闇風が背後へ回り込む。
気配遮断からの奇襲。
二本の短剣が男の死角を突く。
しかし男は振り向きもせず身体を捻り、紙一重で回避した。
「ほぉ……。」
男は初めて感情を見せる。
「A級にしては悪くない。」
次の瞬間、アルナの風を纏った矢が飛来する。
男は後方へ飛び退くが、その着地点へメグの魔法が炸裂した。
爆煙の中をカレンが駆け抜ける。
鋭い剣閃が男のローブを浅く裂いた。
「……。」
男は初めて一歩後退する。
青真はその隙を見逃さない。
「未来予知。」
男の次の動きを読み切り、蒼海の剣を横薙ぎに振るう。
水属性を纏った一撃が男の短剣を弾き飛ばした。
男はすぐに距離を取り、小さく息を吐く。
「連携も悪くない。」
「任務中でなければ、少し興味が湧いたかもしれない。」
淡々と呟くと、男は指を軽く鳴らした。
ボンッ!!
紫色の煙が周囲へ一気に広がる。
「煙幕!?」
青真が叫ぶ。
次の瞬間、景色が大きく歪み始めた。
岩柱が二重に見え、仲間達の姿までも揺らいでいく。
「幻覚魔法です!」
メグが叫ぶ。
闇風も気配を探るが、男の位置を完全に見失っていた。
「本体が掴めない……!」
煙の奥で青白い魔法陣が展開される。
男は静かに呟いた。
「テレポート。」
「次に会う時まで、生き延びることだ。」
光が弾け、男の姿は完全に消え去った。
煙が晴れた頃には、そこには誰もいない。
青真は蒼海の剣をゆっくりと下ろし、小さく息を吐く。
「逃げられたか。」
闇風は周囲を警戒しながら頷く。
「あいつ、最初から戦う気はなかった。」
メグは砕けた地面を見つめる。
「宝玉……。」
「一体、何だったのでしょう。」
新たな敵。
新たな謎。
青真達はまだ知らない。
この男との再会が、やがて魔王軍との本格的な戦いの幕開けとなることを。
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