第105話:動き出す影
薄暗い石造りの祭壇。
無数の魔法陣が床一面へ刻まれ、その中心には大小様々な宝玉が浮かんでいた。
黒衣を纏った男は静かに宝玉を見つめる。
その一つ――蒼く輝く宝玉へ一本の亀裂が走る。
パキン。
乾いた音と共に宝玉は砕け散った。
男は僅かに目を細める。
「……海皇が敗れたか。」
背後の部下が静かに頭を下げた。
「回収部隊を向かわせますか。」
「不要だ。」
「宝玉は所詮試作品。」
「海皇から得られる情報は十分に回収できた。」
部下は再び頭を下げる。
「では次の対象は。」
男は宙へ浮かぶ別の宝玉へ視線を向けた。
深い翠色に輝くその宝玉の中には、巨大な蠍の影が映し出されている。
「岩石砂漠の主――毒砂蠍蝎。」
「予定通り支配を続行する。」
男は静かに笑う。
「奴らがどこまで辿り着けるか。」
「見届けさせてもらおう。」
足元へ巨大な魔法陣が展開される。
黒い霧が男達を包み込み、その姿は静かに消えていった。
◇◇◇
深海神殿攻略から二日。
青真達は王都へ帰還していた。
冒険者ギルドへ足を踏み入れると、多くの冒険者達の視線が一斉に集まる。
海皇討伐の噂は既に王都中へ広まっていた。
「帰ってきたぞ。」
「本当に海皇を倒したらしい。」
「A級ダンジョンを攻略したパーティーか。」
周囲のざわめきを聞きながら、青真は小さく笑う。
「なんか居心地悪いな。」
「これだけ注目されるのは慣れない。」
闇風は呆れたように肩を竦めた。
「有名税だ。」
「諦めろ。」
メグとアルナも苦笑し、カレンだけはいつも通り落ち着いた表情を浮かべている。
その時、受付嬢が駆け寄ってきた。
「青真さん!」
「皆さん、お帰りなさい!」
「ギルドマスターがお待ちです。」
青真達は頷き、そのまま執務室へ向かった。
部屋へ入ると、ギルドマスターは静かに立ち上がる。
「よくやった。」
「深海神殿攻略、そして海皇討伐。」
「王国を代表して礼を言う。」
ギルドマスターは一枚の依頼達成書類を机へ置いた。
「こちらが今回の討伐報酬だ。」
「A級ダンジョン攻略報酬、海皇討伐報酬、それと海皇素材の買い取り分を合わせた金額になる。」
「好きに使うといい。」
青真は書類へ目を通し、小さく目を見開く。
「……結構な額だな。」
「しばらく金には困らなさそうだ。」
アルナは嬉しそうに笑い、メグも安堵したように胸を撫で下ろした。
ギルドマスターとの話を終え、執務室を出ると入口付近で一人の男が腕を組んで待っていた。
「終わったか。」
ヴェイルだった。
青真達は自然と笑みを浮かべる。
「ヴェイルさん。」
「世話になりました。」
カレンが深々と頭を下げる。
ヴェイルは静かに首を振った。
「礼を言うのはまだ早い。」
「お前達はまだ強くなる。」
「俺は少し手を貸しただけだ。」
その言葉には、七英雄としての揺るがない自信が滲んでいた。
青真は蒼海の剣へ視線を落とす。
「この剣も、あんたがいてくれたから手に入った。」
「次に会う時は、もっと強くなってる。」
ヴェイルは小さく笑う。
「期待している。」
「またどこかで会おう。」
そう言い残すと、ヴェイルは王都の人混みへ消えていった。
その背中を見送りながら、青真は新しい剣の柄を静かに握る。
その日の夕方。
再び青真達はギルドマスターの執務室へ呼び出されていた。
机の上には王国全土の地図が広げられ、各地へ赤い印が記されている。
「これからお前達へ任せる依頼について説明する。」
ギルドマスターは一本の棒で地図を指し示した。
「この赤印は全て"主魔物"の確認地点だ。」
「主魔物?」
アルナが首を傾げる。
ギルドマスターは静かに頷いた。
「主魔物とは、一つの地域を縄張りとして支配する特異個体。」
「周囲の魔物を従え、土地そのものへ影響を及ぼす存在だ。」
「放置すれば周辺の村や町は壊滅する。」
「王国も優先的に討伐を進めているが、数が多すぎて手が回っていない。」
部屋の空気が自然と引き締まる。
青真は真剣な表情で地図を見つめた。
ギルドマスターは地図の一角を指差す。
そこは王都から西へ広がる広大な砂漠地帯だった。
「最初の依頼はここ。」
「岩石砂漠。」
「そこには主魔物――毒砂蠍蝎が棲みついている。」
「強力な毒に加え、地中を自在に移動する厄介な相手だ。」
「A級相当の危険度と判断されている。」
青真は蒼海の剣を腰へ差し、静かに立ち上がる。
「新しい剣の試し斬りには、ちょうど良さそうだ。」
闇風は呆れたように肩を竦め、メグ達も苦笑する。
「準備を整えろ。」
「明日の朝、お前達は岩石砂漠へ向かう。」
こうして百華繚乱の新たな戦いが、静かに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございました!もし面白いと思っていただけたら、ブクマや評価で応援してもらえると励みになりま
す!




