第102話:萬屋「黒鉄」
翌朝。
青真達が王都南門へ向かうと、そこには既に水帝が腕を組んで待っていた。
青い外套を揺らしながら立つ姿は、それだけで周囲の冒険者達の視線を集めている。
「全員揃ったな。」
短く確認すると、ヴェイルはそのまま街の方へ歩き始めた。
「港は反対だぞ。」
青真が声を掛ける。
水帝は振り返ることなく答えた。
「その装備でA級へ挑むつもりなら止める。」
「なるほど、そういうことか。」
青真は納得したように頷き、その後を追う。
闇風達も何も言わず続いた。
A級ダンジョン――。
全員がこれまでとは違う領域へ踏み込むことを理解していた。
十分ほど歩くと、大通りから外れた石畳の路地へ入る。
そこには年季の入った木造の店が静かに建っていた。
看板には力強い文字で、
**萬屋《黒鉄》**
と刻まれている。
「ここだ。」
水帝は迷うことなく扉を開ける。
店内には武器、防具、魔道具、薬品、魔石まで所狭しと並び、普通の武器屋とは比べ物にならない品揃えだった。
冒険者なら誰もが目を奪われる空間だった。
「いらっしゃ……。」
低い声が店内へ響く。
奥から現れたのは筋骨隆々の大男。
白髪交じりの髪に鋭い眼光、歴戦の戦士を思わせる風格を纏っていた。
「……おや。」
男は水帝を見るなり豪快に笑う。
「珍しいじゃねぇか。」
「お前が店に来るなんて半年ぶりくらいじゃねぇか?」
「依頼前だ。」
水帝は短く答える。
「こいつらの装備を見てやってくれ。」
その一言で店主の視線が青真達へ向いた。
一人ひとりを見渡した店主は、小さく腕を組む。
「なるほど。」
「全員いい面構えをしてる。」
「だが、その装備じゃA級は少し荷が重いな。」
店内の空気が僅かに引き締まった。
店主は次々と武器を並べていく。
青真には魔力伝導率を高めた片手剣。
闇風には刃の精度を極限まで研ぎ澄ました双短剣。
カレンには切れ味を重視した新たな剣、アルナには魔力を込めやすい魔弓、メグには錬金術用の高品質な魔道具が手渡された。
「どれもA級を想定して仕上げてある。」
店主は腕を組みながら満足そうに頷く。
「武器は使い手次第でいくらでも応えてくれる。」
「後はお前達が、どこまで引き出せるかだ。」
青真達はそれぞれ新しい武具を手に取り、その感触を確かめた。
「悪くねぇ。」
青真は軽く剣を振る。
刃へ流した魔力が今までとは比べ物にならないほど滑らかに巡る。
闇風も短剣を一振りすると、小さく頷いた。
全員が装備の違いを実感していた。
「それじゃ行くぞ。」
店を出ると、水帝はそのまま港へ向かって歩き出す。
船へ乗り込むと、船員達は一斉に頭を下げた。
「お待ちしておりました、水帝様。」
その光景を見た青真は、思わず感心したように笑う。
船が出航してしばらく経った頃。
青真は船首へ立つ水帝へ歩み寄る。
「そういや、まだ名前聞いてなかったな。」
水帝は静かに海を見つめたまま答える。
「……ヴェイル。」
「ヴェイルか。」
青真はその名を一度だけ口にする。
「俺は青真。」
「知っている。」
短いやり取りだったが、それだけで十分だった。
やがて船は巨大な渦の前で停止する。
船長が険しい表情で前を指差した。
「ここから先は船じゃ進めません。」
激しい海流が何重にも渦を巻き、近付くだけで飲み込まれそうな勢いを見せている。
普通の船なら、一瞬で沈むだろう。
ヴェイルは静かに三叉槍を掲げた。
槍先の蒼い魔石が輝き始める。
魔法陣が海面いっぱいへ広がり、荒れ狂っていた海流が徐々に静まり返っていく。
「水流制御。」
次の瞬間。
巨大な渦の中心が左右へ割れ、海底へ続く一本の水路が姿を現した。
まるで海そのものが命令へ従ったかのような光景だった。
青真達は思わず息を呑む。
「これが七英雄……。」
誰かが小さく呟く。
ヴェイルは振り返ることなく歩き出した。
「深海神殿はこの先だ。」
「行くぞ。」
青真達は新たな武器を握り締め、その背中を追って海底へ足を踏み入れた。
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