第10話:負けイベント
「……おかしいわ。ドロップしたスマホ、全ての通信ログがリアルタイムで消去(初期化)されていく……!」
メグが焦った声を上げた。先遣隊を完封し、余韻に浸っていた俺たちの耳に、突如として不気味な重低音のノイズが響く。
『――よくもやってくれたなぁ、クソガキどもがよォ』
スピーカーから聞こえたのは、地鳴りのように低く狂暴な男の声。同時に、工事現場の防犯カメラが不自然に動き、レンズが真っ直ぐに俺たちを捉えた。
「カメラがジャックされてる……!? 嘘、この街のセキュア回線を外部から一瞬で!?」
メグが悲鳴を上げる。
『お前らが「百華繚乱」か。俺の部下どもをよくもハメ殺してくれたじゃねえか、あァ? ……今からそこへ行く。全員、生きて帰れると思うなよ』
ブツリと通信が切れた、次の瞬間だった。
工事現場の強固な鉄製フェンスが、凄まじい衝撃音と共に、まるで紙クズのようにひしゃげて吹き飛んだ。
「――おい。どいつが指揮官だ」
砂煙の向こうから現れたのは、優に2メートルを超える巨躯。はち切れんばかりの筋肉を特攻服に包み、額に青筋を浮かべて凄まじい殺気を放つ大男――第四師団長だった。
その圧倒的な質量を見た瞬間、俺の「直感演算」が、かつてない最大級のアラートを脳内で鳴り響かせる。
(ステータスが違いすぎる……! こいつ、ただの不良じゃない。本物のチート持ちだ!)
「一条さん、闇風、下がれ! 迎撃体制を――」
「オラァッ!!」
第四師団長が地面を爆破するように踏み込んだ。大柄な体躯からは想像もつかない、フレームを飛び越えるような異常な突進速度。
「そこをどきなさい!」
一条さんが本能的に木刀を構えて前に出るが、振り下ろされた大男の拳の圧倒的な質量とパワーの前に、自慢の剣術ごと強引に弾き飛ばされた。
「一条さん!?」
「次は、影の中に隠れてるネズミちゃんだ!」
第四師団長は、闇風が潜む死角へと迷いなく裏拳を薙ぎ払う。まるで、最初から闇風の『ステルス』が画面上に強調表示されているかのような正確さだった。
重低音と共に闇風の身体が激しく吹き飛び、地面を転がる。
「くそっ、これを使え!」
俺は震える手でポケットからメグのデバフアイテムを投げつけようとしたが、それより早く、大男の冷酷な視線が俺を射抜いた。
「おい、もやし。お前が指図してたんだな? 最初に潰す」
迫る丸太のような拳。完全に詰んだ。これは、勝てるように設定されていない――『負けイベ』だ。
視界がスローモーションになる中、俺の目の前に、突如として「1つの影」が舞い降りた。
キィィィィィィィィン!!!
鼓膜を突き刺すような、金属同士の激しい激突音。
「――そこまでにしてもらおう。これ以上の規約違反は、看過できない」
俺の目の前で、第四師団長の鋼鉄の拳を、たった1本の「黒い仕込み傘」で微動だにせず受け止めている男が立っていた。
仕立ての良い黒いコートを纏い、冷徹な眼光を放つ端正な青年。その全身から漂う圧倒的な規律の重圧は、目の前の大男すらも一瞬で硬直させた。
「……お、お兄様!?」
地面に倒れていた一条さんが、驚愕の声を上げる。
お兄様!? ということは、この人が……我が校の頂点にして、まだ見ぬ生徒会長一条蓮!?
てか一条家の戦闘力高すぎない!?
「……あ? 誰だお前。俺の邪魔をするんじゃねえよ」
第四師団長が忌々しそうに顔をしかめ、拳を引き戻す。
生徒会長は、傘を静かに下ろすと、感情の消えた声で第四師団長を見据えた。
「私は本校の生徒会長、一条だ。第四師団長……君たちは外部の不正な力を用いて、この地域の秩序を著しく乱している。これ以上の身勝手なコード書き換えを行うならば、生徒会総力を以て、君たちをこの社会から完全に排除する」
一切の揺らぎがない、絶対的な警告。
(……何だ、この圧倒的なシステム権限は。まるで、現実のバグを消去しに来た本物のデバッカーだ……)
会長が静かに手を上げると、背後の暗闇から、統率された動きの生徒会執行部の影がいくつも現れた。これ以上の交戦は不利と悟ったのか、第四師団長はチッと舌打ちを残し、夜の闇へと姿を消した。
「ハァ、ハァ、ハァ……っ」
静まり返った工事現場で、俺はへたり込み、冷や汗で濡れた手を強く握り締めた。
黒死蝶の理不尽な暴力に対抗する、生徒会長という名の「絶対的な運営(GM)」。
学園の防衛に成功したと思った直後、俺たちの前に、世界というクソゲーの「本当のルール」が姿を現そうとしていた。
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