第16話 暴走水環
力は願いを叶える。
だが、
制御を失った瞬間、
それは災厄へ変わる。
HYDRA CHRYSALIS
新章:ORIGIN
第16話 暴走水環
空が鳴っていた。
超巨大水環。
都市上空で暴走を始めたそれは、
もはや兵器ではなかった。
天災。
世界そのもの。
「――崩壊指数、急上昇!」
監視施設が悲鳴を上げる。
モニターが次々とブラックアウト。
都市全域の電力が落ちる。
「水位上昇止まりません!」
「空間歪曲を確認!」
混乱。
絶望。
誰も理解できない。
なぜ空に“海”があるのか。
「……っ」
榊が膝をつく。
全身が軋む。
深海色の水が、
身体から溢れていた。
「――接続率、82%」
管理体が叫ぶ。
「――このままでは人格が消失する!」
榊の視界が揺れる。
都市。
海。
空。
全部が重なって見える。
「……うるせぇ」
声が低い。
二重に響く。
人間の声と、
深海の音が混ざっている。
「――榊!」
管理体が近づく。
だが。
空間圧に弾かれる。
近寄れない。
榊の周囲だけ、
深海そのものになっている。
超圧縮空間。
存在が歪む領域。
「……来るな」
榊が顔を上げる。
両目が完全に深海色へ染まっている。
「今の俺に触ると」
笑う。
苦しそうに。
「消えるぞ」
その瞬間。
超巨大水環が回転加速。
轟音。
空間が裂ける。
「――まずい!」
管理体が空を見る。
水環の一部が崩れる。
巨大水塊。
隕石のように、
都市へ落下開始。
「避難しろぉ!!」
地上で人々が叫ぶ。
だが間に合わない。
規模が違う。
都市一区画を丸ごと消し飛ばす質量。
「……ちっ」
榊が立ち上がる。
フラつきながら。
右腕。
完全流体化。
「――やめろ!」
管理体が叫ぶ。
「――今動けば、お前が!」
榊は笑う。
「……知るかよ」
空を見る。
落下する海。
「俺のせいだろ」
その瞬間。
榊の背後に、
巨大な水の翼が形成される。
深海色。
半透明。
「――っ」
管理体が絶句する。
「――原初形態……!」
榊が跳ぶ。
爆発的加速。
音を置き去りに。
空へ。
落下する巨大水塊へ突っ込む。
「……止まれぇぇ!!」
両手を広げる。
深海色の水が拡散。
巨大な網のように空へ広がる。
衝突。
世界が揺れる。
凄まじい衝撃波。
ビル群が吹き飛ぶ。
だが。
止まらない。
「ぐっ……!!」
押される。
質量が異常。
「――榊!!」
管理体が支援障壁を展開。
白い光が水塊を包む。
それでも。
崩壊が止まらない。
榊の腕が裂ける。
水へ変わる。
肉体維持限界。
「……まだだ」
深海色の瞳が光る。
その奥。
原初が脈動する。
もっと深く。
もっと強く。
「――接続深化」
起源個体の声。
世界から響く。
「――受容開始」
榊の背中から、
さらに巨大な水翼が展開される。
空全体を覆うほどに。
「……うぉぉぉ!!」
咆哮。
その瞬間。
落下していた巨大水塊が停止。
完全に。
都市上空で。
「止まった……」
誰かが呟く。
だが。
榊の身体が崩れる。
左肩。
胸部。
深海色へ侵食。
「――限界超過!」
管理体が叫ぶ。
榊の意識が沈む。
深海。
暗い。
冷たい。
その奥。
起源個体の“目”。
すぐ近く。
「――来い」
甘い声。
包み込むような。
「――お前はもう、こちら側だ」
榊の瞳が揺れる。
理性が沈む。
その瞬間。
遠くで。
声。
かすかに。
「……戻れ」
管理体。
必死の声。
「――まだ人間でいろ!」
榊の指が震える。
わずかに。
意識が止まる。
深海の中で。
「……っ」
苦しそうに顔を上げる。
「俺は……」
都市を見る。
逃げ惑う人々。
崩れた街。
雨。
海。
「……まだ」
小さく。
だが。
確かに。
「終われねぇ」
その瞬間。
榊の胸の原初が逆流する。
暴走ではない。
拒絶。
「――っ!?」
起源個体が初めて反応する。
驚き。
榊が咆哮する。
「戻れぇぇぇ!!」
超巨大水塊が、
海へ向かって押し返される。
強制的に。
空を裂きながら。
轟音。
衝撃波。
世界規模の逆流。
その中心で。
榊の身体が、
静かに崩れ始めていた。
―――続く
第16話を読んでいただきありがとうございます。
暴走した“水環”との戦いの中で、
榊はさらに起源個体へ近づいていきます。
しかし同時に、
彼の肉体と人間性は限界へ達し始めています。
次話では、
榊の崩壊と、
起源個体との本格接触が描かれます。




