第14話 深度
深く潜るほど、
人は人でいられなくなる。
HYDRA CHRYSALIS
新章:ORIGIN
第14話 深度
海が唸っていた。
都市を囲むように、
巨大な渦が形成されている。
空は暗い。
雨は止まない。
世界中の水が、
何かに引き寄せられている。
中心。
そこに榊が立っていた。
「……すげぇな」
静かな声。
だが。
その声には、
以前の人間らしい温度が薄れていた。
右半身。
完全に深海色へ変質している。
皮膚ではない。
水。
流動する身体。
「――同期率、61%」
管理体が言う。
距離を取りながら。
「――危険域を突破」
榊が笑う。
「数字とかどうでもいい」
水が揺れる。
周囲数百メートルの雨粒が、
空中で静止する。
完全に。
「……今は全部見える」
榊の視界。
海流。
地下水脈。
人体内部の水分。
都市の“循環”そのもの。
「――それ以上は」
管理体が一歩前へ出る。
「――戻れなくなる」
沈黙。
榊は海を見る。
遠く。
起源個体の“目”。
巨大な存在。
こちらを観察している。
「……もう戻れねぇよ」
静かに言う。
「最初から」
その瞬間。
海が爆発する。
守護個体。
再突撃。
海面を割りながら、
都市へ迫る。
「――排除継続」
超高圧水流。
今度は複数。
街を貫く。
「……うるせぇ」
榊が手を上げる。
止まる。
すべて。
空中で。
完全静止。
「――なっ」
管理体が目を見開く。
守護個体の攻撃を、
完全制御している。
「返す」
指を動かす。
その瞬間。
停止していた水流が反転。
守護個体へ超加速。
直撃。
巨大な外殻が砕ける。
海が裂ける。
「――損傷率増加」
守護個体が咆哮する。
怒り。
海全体が揺れる。
「……まだやるか」
榊が前へ出る。
一歩ごとに、
海面が沈む。
重圧。
もはや人間の存在密度じゃない。
「――榊」
管理体が低く言う。
警告。
「――精神汚染進行」
榊の左目。
わずかに深海色へ染まり始めていた。
「……あ?」
その瞬間。
声が聞こえる。
無数に。
深海の底から。
「――還れ」
「――統合しろ」
「――原初へ」
榊の頭へ直接響く。
膨大な情報。
意識が揺れる。
「っ……!」
膝が落ちる。
海が共鳴する。
起源個体が見ている。
もっと深く。
もっと近く。
「――適合が始まっている」
管理体が近づく。
だが。
榊は笑った。
苦しそうに。
それでも。
「……面白ぇ」
水が暴走する。
都市全体へ拡散。
ビルが浮く。
道路が波打つ。
重力が狂う。
「――止まれ!」
管理体が障壁を展開。
白い光が都市を包む。
ギリギリで崩壊を防ぐ。
「……はは」
榊が顔を上げる。
瞳。
両目とも深海色。
完全に。
「……聞こえる」
起源個体の声。
深海の鼓動。
世界中の水の記憶。
「全部」
守護個体が止まる。
動かない。
まるで。
“命令待ち”。
管理体が凍りつく。
「――まさか」
理解してしまう。
榊が。
守護個体へ干渉し始めている。
「……お前」
榊が守護個体を見る。
巨大な龍のような存在。
「苦しいのか」
守護個体が揺れる。
わずかに。
「――使命」
苦しそうな声。
初めて。
感情。
「――護る」
榊が目を細める。
起源個体を見る。
その奥。
さらに深い場所。
「……操られてんのか」
守護個体が咆哮する。
否定ではない。
苦痛。
「――榊!」
管理体が叫ぶ。
「――見るな!」
遅い。
榊は“繋がった”。
守護個体の内部へ。
映像。
深海。
拘束。
命令。
永遠の防衛。
終わらない役目。
「……なるほどな」
榊が静かに呟く。
「お前も縛られてんのか」
その瞬間。
起源個体の“目”が大きく開く。
海が震える。
怒り。
世界規模で。
「――接触禁止」
声。
絶対的。
次の瞬間。
空が割れる。
巨大な水槍。
空から。
都市全域へ。
「――来るぞ!!」
管理体が叫ぶ。
だが。
榊は笑う。
静かに。
深海のように。
「……だったら」
両手を広げる。
世界中の水が、
再び榊へ集まり始める。
「全部、相手してやる」
その瞬間。
都市上空に、
超巨大水環が形成される。
終末級。
世界が、
完全に戦場へ変わった。
―――続く
第14話を読んでいただきありがとうございます。
榊はさらに深層へ近づき、
守護個体との接触を果たしました。
しかしその代償として、
人間性の境界は急速に崩れ始めています。
そして起源個体もまた、
明確な敵意を示し始めました。
次話では、
終末級の激突が始まります。




