第12話 海嘯
世界は壊れる時、
あまりにも静かだ。
HYDRA CHRYSALIS
新章:ORIGIN
第12話 海嘯
海が来る。
都市を呑み込むために。
終末級の津波。
黒い壁のような水塊が、
夜の街へ迫っていた。
警報が鳴り響く。
避難誘導。
悲鳴。
車の衝突音。
逃げ惑う人々。
「……間に合わねぇな」
榊が呟く。
距離。
速度。
規模。
全部が異常。
通常の災害じゃない。
“意思”を持っている。
「――退避を優先しろ」
管理体が言う。
白い光を展開しながら。
「――接触は危険」
榊は答えない。
津波を見ている。
その奥。
巨大な“目”。
海そのものが、
こちらを観察している。
「……見てやがる」
胸の奥の原初が脈動する。
強く。
深く。
呼ばれている。
「――榊」
管理体が近づく。
初めて。
明確な焦り。
「――同期率が危険域だ」
右腕の紋様。
すでに全身へ広がり始めている。
首。
頬。
心臓。
水の回路のように。
「……分かってる」
榊が拳を握る。
その瞬間。
周囲の雨粒が停止する。
空中で。
完全に。
「――っ」
管理体が止まる。
空間制御。
しかも無意識。
「……やっぱりな」
榊が空を見る。
雨。
海。
人体。
世界の水。
全部が“見える”。
「……聞こえるんだよ」
小さく呟く。
「全部」
次の瞬間。
津波が加速する。
都市目前。
「――来る!」
管理体が障壁を展開。
白い光の壁。
都市全域へ。
だが。
榊は前へ出る。
一人で。
「――待て!」
止まらない。
水が集まる。
街中から。
海から。
空から。
凄まじい量。
「……お前」
榊が津波へ向かって言う。
巨大な“目”を見上げる。
「起きてんだろ」
海が揺れる。
返事のように。
「……なら」
両手を広げる。
深層水が脈動する。
青白い光。
「止まれ」
その一言。
世界が止まる。
本当に。
津波が静止する。
都市目前で。
数百メートル級の水塊が、
完全に止まっていた。
「なっ……」
管理体ですら、
言葉を失う。
「――直接干渉……?」
ありえない。
起源個体の力へ、
人間側が触れている。
榊の目が光る。
完全に。
青白く。
「……戻れ」
津波が揺れる。
抵抗している。
世界規模の質量。
それを。
一人で押し返している。
「――負荷増大!」
管理体が叫ぶ。
榊の皮膚が崩れる。
水へ変わる。
左腕が半透明になる。
「……っ」
痛み。
限界。
だが。
止めない。
「戻れぇぇ!!」
咆哮。
その瞬間。
津波が反転する。
海へ。
強制的に。
空を裂きながら。
巨大な水塊が、
逆流する。
「――成功……?」
管理体が呟く。
信じられないものを見る目。
だが。
次の瞬間。
榊の体が崩れる。
膝をつく。
右半身が完全に水化している。
「……やべ」
呼吸が浅い。
意識が遠い。
「――限界超過!」
管理体が支える。
だが。
榊の目は海を見ている。
遠く。
そのさらに奥。
起源個体。
巨大な“目”。
静かに。
こちらを見ている。
そして。
ゆっくりと。
“笑った”。
「……っ」
榊の背筋が凍る。
理解する。
今のは。
試された。
「――観測成功」
起源個体の声。
世界中へ響く。
海が共鳴する。
雨が震える。
「――適合体、確認完了」
その瞬間。
榊の胸の原初が激しく脈動する。
「がっ……!!」
視界が白く染まる。
大量の情報。
深海。
原初。
世界誕生以前の記憶。
「――次段階、開始」
起源個体が言う。
静かに。
絶対的に。
海面が割れる。
巨大な影が浮上する。
都市より大きい。
山のような輪郭。
「……なんだよ」
榊が息を呑む。
管理体が初めて後退する。
明確な恐怖。
「――守護個体」
その言葉。
終わりの始まり。
巨大な存在が、
ゆっくりと海から姿を現した。
―――続く
第12話を読んでいただきありがとうございます。
榊はついに、
起源個体の力へ直接干渉しました。
しかしその代償として、
彼の人間性は少しずつ崩れ始めています。
そして海から現れた“守護個体”。
世界規模の戦いは、
さらに新たな段階へ突入していきます。
ここから物語は、
原初の核心へ近づいていきます。




