金槌
避難民とされるもの達は全国各地から逃げてきた。交通機関も無く、危険と隣り合わせの日々。そんな中で関東までやってきたという事には様々な背景を想起させる。
彼らにとって居場所は自ら作るものだった。与えられたその場所で生きることができるというのは、ある種強者の論理と言える。
そんな彼にとって東京という街も決して安全ではなかった。シェルターがあった頃からこの辺りに定住している者も少なくない。シェルターが無くなってからは尚更。
そんな彼らに近づいてくる者達も少なくなかった。理由は様々。単純な労働力、悪い誘い、同情。利用されるなんてケースは珍しくなかった。だからこの地下に住む者達は来訪者というだけで警戒心を一層高める。
奪われ続けてきたからこそ、もう奪われないようにと。
ここにいるのは何か弱さを持つ者達。それは純粋な戦闘力だけではない。何かを抱える者達が最後に行き着く場所だった。
それは人だけでは無かった。
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玖珂将生はなんの変哲もないサラリーマンだった。機械部品の営業マン。世界の変革が起こったあの日、玖珂はどのシェルターにも入ることが出来なかった。
シェルターの生成条件は幾つかあるがその条件はかなり軽い。数人規模の村でさえもシェルターは生まれる。
しかし、玖珂がその時いた場所は現在も残る大規模シェルターと中規模シェルターのちょうど中間位置だった。
どうにか安全な場所を探そうと彷徨った玖珂だったが、モンスター達はそれを許さなかった。
飛びかかる異界の怪物。車の中に閉じ籠り、光が差し込むの待つしかない状況。玖珂に配られたカードはいたって普通。【火魔法】と【肉体強化】スキルも無く、魔力量も乏しい。中高と文化部で体力や筋力に自信があるわけでも無く、突飛な発想力や勇気も持ち合わせていなかった。
この世界の常を見るならば玖珂の未来はたった一つ。死という決められた帰着までの道のりをただなぞるだけ。
そこにある絶望や恐怖が玖珂に唯一残された権利だった。
小さな音が怖い。日が落ちていく夜が怖い。窓を揺らす風が怖い。モンスターの爪は車体を傷つけるのに留まって、玖珂の肉体に近づく事は無かった。しかし、飢えと乾き、垂れ流した糞尿と衰弱していく身体。閉めっぱなしの車内は酸素が薄く、日中は熱く、夜は蒸す。確実に死を実感していた。
「よっこらせ!っと!」
目の前の車が宙に浮く。その光景に驚く体力もない玖珂だったが、モンスター達は退屈な脅かしよりもそちらに意識が向いた。
もしかして、と絶望に光が差したと考えたのも束の間。浮き上がる。玖珂の乗る車ごと空に持ち上げられた。そして、新たな衝撃に対して玖珂は反応する余力など残しておらず、そこで意識を失った。
「っは」と、玖珂は刻んだ呼吸で目を覚ます。
ひんやりとした空気。さっきまで全身を預けていた板はわずかに湿っている。ここがどんな場所なのか、ぼやける視界でも判別できた。
そこは地下だった。そんな事を意識すると突然閉塞感を覚え、息苦しさを感じる。意識がはっきりし始めると、周囲の環境よりも先に自分の状態に意識が向いた。
飢えと乾き、満身創痍だった玖珂。不安によって張られた糸が切れた感覚が残る。
玖珂は未だ恐れや不安を払拭出来ず、外から近づいてくる気配にただ怯えるしか出来なかった。木でできた簡易的な扉が開く。ワッと光が差し込んでくる。玖珂の休んでいた部屋につけられた松明の灯りとは違う強いもの。
玖珂の視界はその光に一度奪われ、次第に慣れていく。が、そこで玖珂は圧倒的な違和感に気がついた。
背の低い男が二人。どちらも豊かな髭を蓄えている。短い四肢はパンパンに膨れ上がって、大木のような硬さを感じさせる。
いわゆるドワーフと呼ばれるそれと全く同じ身体を持っていた。
玖珂にとってドワーフ達との出会いは劇的だった。自分、または世界ごと別の何かに乗っ取られたという認識を持っていた玖珂は、ドワーフの登場で世界の輪郭を掴むことが出来た。
また、玖珂はドワーフ達が自分達と同じ巻き込まれた存在であるという事をなんとなく理解していた。
扉の向こうにいる彼らは敵ではない。その確信が玖珂にはあった。
そして、その確信は思ったとおりで、玖珂とドワーフ達の生活は始まった。玖珂に出来ることは少なかったが、人間族としてできる限りの事はやった。人の知識を持っている分だけは与え、逆にドワーフからは様々なものが返される。もらうばかりだったが、ドワーフ達は常に優しかった。
だから玖珂はこの居場所を失いたくなかった。
それはドワーフ達からしても同じ意思で、地上で起こる争いに巻き込まれないように、ずっと隠れるように生きてきた。
そんな中、数人のドワーフが資源採集に行ったっきり帰って来なかった。彼らは殺されていた。それが人の手によるものか、モンスターによるものか。正直どちらでも良かった。
隠れるのやめだ。そう決心するのには十分な理由だったから。
ドワーフの技術、現代の知識、魔石の可能性、これらによって一つの武器を生み出すことに成功した。
それを玖珂は『シュヴァリエ』と呼ぶことにした。
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