喰らう
作業化した行動。感覚としては淡々とこなしていく。投げても返ってこないキャッチボールほど退屈なものはない。
それと同じ。
避難民のコロニーが綜馬達へ向ける感情は様々あるが、全て同じ結果に帰着する。
拒絶される事に慣れたくない。きっとそんな感情が始まりだろう。いつしか綜馬もきっと彼らは話を聞いていない。ただ、仕事として向き合わなければならない。そんなふうに考えてその日を過ごしていた。
だから、目の前に現れた想定外は妙にワクワクした。黒い装甲を身につけたシュヴァリエ。明らかに前回戦ったシュヴァリエより強い。
問題は今回、有栖も、完全体の朔もいないという事。
玖珂は相変わらず声を、体を、魂を震わせて怯えている。玖珂の戦闘力を数えているわけではないが、人数は多くて損がない。
「ミケア、行くよ。」
「うん。」
しかし、戦うしかない。僕たちの目の前に現れたということは、その標的は僕たち。逃避行動に力を割くのは意味がない可能性が高い。
近接戦が苦手な二人。しかし、戦い方の選り好みが許される環境ではない。比較的得意な方、ミケアが前に出る。綜馬は即座に[スコル]を召喚し、魔石に魔力を込める。ミケアと[スコル]が時間を稼ぎ、魔石爆弾で火力をぶつける。中型モンスターが急に表れた時の決まった対処方だった。
いつも通り綜馬は一歩下がり、召喚後魔石爆弾の用意を始める。が、ミケアが飛び上がる。空に投げ出されたような格好のミケア。一瞬の鍔迫り合いでミケアは吹き飛ばされた。
即座にミケアは【音魔法】による妨害を行うが一切様子は変わらずこちらに向かってくる。
[スコル]の牙や爪ではシュヴァリエの鎧に跡を残す程度。相手にされてなかった。
綜馬は覚悟を決めた。魔力を込めるのは魔石でも召喚でもない、【空間魔法】を暴力的に発動する。手のひらを向けた方向、対象を喰らう一撃。
【空間魔法】はシュヴァリエの下半身を飲み込む。空間の消化、膨大な魔力が抜け落ちていく。綜馬の魔力量は本人の知るところではないが、世界の中でも一つ抜けた貯蔵量を持つ。そんな綜馬の魔力量がこの時総量5%まで落ち込む。満タンではなかったとはいえあり得ない消費量。
シュヴァリエはガランとそのまま地面に倒れ込む。つくことのできない膝の代わりに両腕が弱々しく地面を叩く。
綜馬も同じように力無く地面に倒れ込む。呼吸が荒く、脂汗をかいている。魔力とは精神の源である。そんなものが突然ごっそりと抜け落ちる。意識を保っているだけでやっとだろう。
ミケアはその機を逃さずシュヴァリエにトドメを刺す。甲冑の隙間に矢を突き刺し、その上から【音魔法】を打ち込む。肉体のような実感は無いが、層になっているような何かに確実に突き刺さる。矢から伝わってくる力が次第に弱くなり、シュヴァリエは全身を脱力させた。
それを確認したミケアはすぐに綜馬の元へ駆け寄る。微かに残る意識。それを絶やさないように体を揺らしながら担ぎ上げる。地面に尻をつく玖珂に冷たい視線を向ける余裕もなく、一旦安静に横になれそうな場所を探し回った。
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自由を得た[シーナ]はここ最近勝手に【空間魔法】を使い様々な場所を行き来していた。[シーナ]が【空間魔法】を行動手段に出来ているのは魔法生物である事が関係している。
ゴーレムとスライムの核を使った唯一の個体。存在全てが魔力だった。クラゲのような身体はその体躯を自由に扱う。つまり魔力の増減を無限に扱えるという事。
大きくなり、小さくなり、魔力を濃くすれば身体は硬くなり、濃度を薄くすれば柔らかくなる。
自我を獲得し、自由を味わう[シーナ]は様々な未知に触れ続ける。[シーナ]は宿主であり、主人の綜馬とは様々な感覚、能力が同期されていた。
【空間魔法】を手足のように使っているだけでなく、【陰魔法】の方も使える。
しかし2人の関係は相互のやり取りではなく、ある種綜馬から一方的な形で作られていた。
[シーナ]は独自の力を得られる。それは魔法と呼べるのか、スキルと呼ぶのか、名称不明。魔道具を喰み、モンスターを飲み、力を噛み砕く。
その現状に綜馬は気づいていない。主人の綜馬が気づいていない時点で他の誰も知らない事は確実。綜馬の放任主義がいつのまにか一つの傑物を生み出そうとしていた。
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長月琴は様々な感情が混ざり合い、自分自身でも何をしたいのかわからなくなっていた。
シェルターで起きた羽間の裏切り。その事実を知っている唯一の人物。その後の混乱で長月はシェルターを離れる。理由はいくつかあるが、大きなものは命を狙われていた事と、協力を受け負ってくれた者がいた事。
成人にも満たない少女にとって羽間の持つ感情はどす黒く、耐えられるものではなかった。あの時は常に恐怖へ怯えていた。
やっと落ち着けたと思ったら矢先、逃げこんだシェルターが無くなった。攻城戦に負け核が破壊された。長月の逃避行は終わらなかった。行き先も、目的もない。ただ、どこか命を狙われているんじゃないかという漠然とした恐怖だけを抱えていた。
【召喚魔法】が使える事は誰にも言わなかった。大事な友人が貴重な力を持つが故に傷つく姿を見てきた。誰かの力になりたいとは思っているが、利用されるというのは気持ちが前を向けなかった。
「心配?彼氏くんのこと。」
「彼氏じゃないんだって。何回も説明したでしょ。」
「でも、琴があんなに嬉しそうな顔したの初めて見たもん。」
「もぉー、揶揄わないでよ、れあ。」
長月は拠点を転々としながら、同じような仲間たちを見つけた。それが今一緒に暮らしている家族たちだった。
皆同じように何か大きな力によって逃げるという選択肢を取らざるを得なかった者たち。地下鉄を拠点にしているのはいくつか理由があった。長月にとってここは唯一の居場所だと考えていた。だから、
「琴は行きたいの?あの子のところに。」
「行かないよ。私の居場所はここ。何があっても。」
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