縮まらない
平凡で退屈で、戻ってこないあの幸福な日々。ただの高校生だった綜馬と長月琴の関係は同級生だった。知り合い以上友達未満。二人の関係が大きく変わったのは災害以降。同じシェルターで生活しながら、当時唯一の味方と呼べる人物だった。彼女には大きな恩があった。
綜馬を人としてではなく、私利私欲のために向き合う者達に嫌気がさしていたあの頃。綜馬とくだらない話で笑い、何気なくその日あったことを話し合う間柄がどれだけ大切だったか。彼女はきっと大したことはしていないと言うけれど、あの時間がなければ今の綜馬は絶対に無かった。
心のどこかで彼女の欠落を感じていた。しかしその迷いを持つことをこの世界は決して許してはくれなかった。日々の戦いは安らぎを思い出す時間など用意してくれない。
だからこそ、綜馬の気持ちは大きく振れた。心の片隅に居続けた大事な存在。当然のことで理解が追い付かない。
「綜馬君だよね、ごめんなさい違ってたら。」
「長月ちゃん、」
どこか緊張してしまってまだ名前は呼べない。
「……、」
あと一歩お互いの距離が身近ければ、周囲に好奇の目が無ければ再会を喜ぶ抱擁を交わしただろう。けれど二人とも理性が勝っていた。見つめ合い、二人の時間が流れている中、
「ソーマ、仕事、」と柄にもなく勤勉な様子を見せるミケア。その言葉で誰も邪魔できなかった空気が緩み、お互い別の人物が入ってきた。
「彼と知り合いなら話が早いです。どうか僕たちの話だけでも。」玖珂はチャンスを逃すまいと長月の周囲にいる人を含めて声をかける。
「何かと思ったらまたこれかい。なんだい、今度は知り合いを見つけてきて騙す作戦かい?その手には乗らないよ。」ほら行くよと、その場のまとめ役が声をかけてその場を去ろうとする。長月もその言葉に逆らえる様子はなく、名残り惜しそうに綜馬を見つめる。
「騙してなんかいません!僕たちは貴方たちの安全のために、」
「そう言って何人帰ってこなかった!」
激情が弾ける。この機会を求めていたかのように彼女は捲し立てた。
「あそことは違う、自分たちは信用できる、みんなそうやって近づいてきて人のいい人から騙される。私たちがノンアビだから騙したって罪悪感は無いんだろうけど、人間なんだ!あんた達と同じ!」
「わかったらさっさとどっかに行ってくれ。」さっきまでの勢いを無理やり押し殺すように、トーンダウンした息遣いで背を向けた。
ここにいる人間達の傷の深さを誰も理解できていなかった。
——————————————————————————————————
帰り道、玖珂は酷く落ち込んだ表情を浮かべていた。自分を信じてくれなかったからか、彼女達の悲痛の一端を目にしたからか、それとも別の理由か。
正直、綜馬は長月のことで頭がいっぱいになっていた。今まで無理やり抑えていた気持ちの堰が切られた。感情の濁流を抑え込めるほど綜馬の精神は成長しきっていなかった。
そんな二人の様子をじっと見るのはミケア。特に綜馬の表情ひとつひとつに気を巡らせていた。
「綜馬君。どうしたの、そんな顔して。」
来る事がわかっていたかのようなタイミングで有栖が現れた。
有栖を知らない玖珂は驚いた表情で警戒心を漏らすが、当の有栖は眼中にないと言った様子で綜馬に話しかける。
「ほっといてくれ。考え事をしてるんだ。」
自分本位な行動に思わず綜馬の語気も荒くなる。
「ますます気になるね。綜馬君が感情的になるなんてさ。」
「今はいいから。どっか行ってくれ。」
「そんな事言わずにさぁ、」
二人のやりとりをミケアは不思議そうに見つめる。綜馬が感情を表に出すことはこれまでずっと一緒にいても数えられるくらい。それほどあの女性に強い感情を持っているのか。それと同時に綜馬に対してダラダラと絡む人間がいなかった事で、有栖という人間が特異過ぎて二人のやりとりが新鮮で仕方なかった。
その様子を見ているもう一人。軽薄に笑う有栖とは対照的に玖珂は冷たい視線を送っている。誰かわからない上に空気を読めという状況なのにも関わらずずけずけとご機嫌な様子。考えられないと思った。だからつい、
「お前何者だ。不審人物としてここで取り押さえたって良いんだぞ。」
「え?それって俺に言ってんの?」
有栖はスイッチの切り替えが早すぎる。向けられる意識に敏感ということもあるのかも知れないが、玖珂が話し始めた瞬間には臨戦態勢に入っていた。
「いや、あっ、」
手頃なナイフだったが、有栖から放たれる殺気に玖珂は動転。一気に有栖の空気に塗り変わる。
「ってかまずさ、お前の方が誰だよ。俺は綜馬と耳長ちゃんと仲良しなわけ。そこにお邪魔してるのお前。これ以上余計な事言うならやっちゃうけど、」
「わた、私は、ヨハネの一員で、」
「よはねぇ?なにそれ。気持ち悪いカルト集団か何か?ちょくちょく見かけるよね、神の名前を騙った胡散臭い奴ら。名前やら肩書きだけ一丁前に取り繕って、やってることは屑以下みたいなさぁ、それ?」
「断じて、そんな連中とは、」
「じゃあ何ができてるわけ?そのオハネとやらに。どうせ仲間内でそこそこの快楽を共有しあって、馴れ合いで得た全能感で罪悪感とか無視して好き放題やるだけでしょ?目障りだから潰すちゃおっか。ねぇ?綜馬君それで良いよね?」
「ちがっ、」
「もうやめとけ。有栖。」
「えぇーだってー、」
「いちいち波風を立てなくても良いから。それに、この人たちは有栖の言ってるような奴らとは違う。」
「まぁ、なんでも良いけどさ。綜馬君が言うならそれで。」
再びスイッチが切り替わる。さっきまで周囲を包んでいた殺気の空気は霧散し、穏やかなものへ変わっている。
「玖珂さん。今日はもう疲れました。仕事はまた明日以降で。」
「は、はい。わかりました。団野には私から連絡しておきます。宿舎の方なんですが、」
「それは団野さんにも言いましたけど、自分たちで用意するので大丈夫です。また明日。九時に時計台で。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
もうひとつ避難民のコロニーへ行く予定だったが、どうにもそんな気にはなれず今日はこれくらいで休む事にした。
玖珂と別れた後も相変わらず一方的に話しかけてくる有栖と、そんな様子をじっと見るミケアに挟まれて、泊まれる場所を探した。
読んでいただきありがとうございます。
いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。




