第2話②「狂い始める世界」
翌朝、出社したユカはフロアの入口で足を止めた。
電話の着信音がいくつも重なり、あちこちで切迫した報告が飛び交っている。キーボードを叩く音は雨のように途切れない。
「……みんな、どうしたんだろ?」
肩のそばを飛ぶピコが、すぐに答えた。
「騒音レベル、平常値の二・三倍。明らかに異常事態です!」
ユカは自席へ駆け寄り、端末を起動した。途端に、未読通知が画面を埋め尽くす。
「ええーっ!? 何これぇーーっ!!」
警告メール、緊急チャット、システムの自動アラート。赤い文字列が次々と流れ、読んでも読んでも終わらない。
「データ整合性エラー……同期不能……? これ、普通じゃない……!」
「市内の複数エリアで同時に発生しています。偶然とは考えにくいです」
背後から、急ぎ足で近づく音がした。
「ユカ、すまんが来てくれ」
振り向くと、険しい表情のアランが立っていた。その隣にいるサクラにも、いつもの笑みはない。
「あ、はい!」
ユカは二人の後を追い、アランの執務室へ入った。扉が閉まると、ホログラムスクリーンにアストラシティ全域の地図が映し出される。
赤い点が、市内のいたるところで明滅していた。
「市内各所でデータ異常が発生している。交通制御、物流管理、エネルギー供給……分野はバラバラだ」
アランが地図上の赤い点を指す。ユカがその数を追う間にも、新たな点が増えた。
「分散型インフラ全域に波及しています。これは事故ではありません」
ピコの分析に、サクラもうなずいた。
「同時多発。誰かが意図的に起こしている可能性が高いわ」
サクラは第三区の赤い点を拡大する。表示されたのは、スマートファクトリーの所在地だった。
「ユカ、あなたはここへ行って。現場の復旧をお願い」
「はい、わかりました!」
不安がないわけではない。だが、現場で何が起きているのかは、行かなければわからない。
ユカは執務室を飛び出し、エレベーターで飛行バイクの発着フロアへ向かった。高層階の一角が外へ向けて大きく開かれ、並んだ機体の向こうには朝の街が広がっている。
愛用のスクーターほどの小型バイクにまたがり、ヘルメットをかぶった。
「行くよ、ピコ!」
「ドローンモード、起動!」
ドローンモードに変形するピコ。
ユカはバイクのキーをひねると、エンジンが低く唸った。車体の周囲に仮想フィールドが広がり、バイクが宙に浮かぶ。床から離れたランディングギアが自動で折りたたまれ、機体の中へ収納された。
ユカは発着フロアの開口部へ向けて加速し、そのまま朝の空へ飛び出した。ドローンモードに切り替わったピコが後を追う。
前方にビルが迫る。ユカは速度を落とさず、車体を大きく傾けて曲がった。
「ユカ! カーブでは減速してください!」
「制限時速は守ってるよー!」
「そういう問題ではありません! 追従するこちらの身にもなってください!」
抗議するピコを連れて、ユカはビルの間を抜けていく。
眼下に広がるアストラシティは、いつもどおりの朝を迎えたように見えた。
けれど、その街を支える仕組みは、もう狂い始めていた。
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