第2話①「セイラン家の夕食」
夕暮れの商店街。
仕事を終えたユカとピコは、
近所のスーパーマーケットへ立ち寄っていた。
自動ドアが開くと、
暖房の効いた空気と一緒に、
揚げ物や焼き魚の匂いが流れてくる。
「さて、本日の夕食プランを提示してください」
隣を飛ぶピコに尋ねられ、
ユカは買い物カゴを片手に考える。
「うーん……お鍋にしようかな。最近、少し寒くなってきたし」
「闇鍋、ですか?」
「なんでそんなロシアンルーレットみたいな料理を選ばなきゃいけないのよ!」
「盛り上がるかと思いまして」
「うちはエンタメ系家族じゃないの!」
そう言いながらも、
ユカは笑っていた。
白菜。
長ねぎ。
きのこ。
豆腐。
鶏肉。
寄せ鍋の材料を次々とカゴへ入れていく。
最後に中身を確認して、
満足そうにうなずいた。
「よし、完璧。今日はあったまるぞー!」
「栄養バランス、良好です。闇要素ゼロ」
「だから闇入れないってば」
***
アストラシティ郊外。
ユカと、その保護者であるカイが暮らす自宅兼事務所。
玄関横には、
一枚の看板が掲げられている。
“Kai Seiran : AI Troubleshooting & Innovation”
――《カイ・セイランのAI問題何でも屋》。
一階が仕事場。
二階が二人の生活スペースだ。
買い物袋を提げたユカが、
いつものように玄関を開ける。
「ただいまー!」
「ただいまです!」
その直後。
「うわああああっ!!」
家の奥から、
カイの悲鳴が響いた。
「カイ!?」
ユカは買い物袋を抱えたまま、
リビングへ駆け込む。
そして――
足が止まった。
「な、なにこれ……?!」
カイが光っていた。
比喩ではない。
全身が淡い白光に包まれ、
輪郭そのものがぼんやりと輝いている。
「お、俺にもわからん! 突然、体が光りだして……!」
ピコがすぐさまカイの周囲を飛び、
センサーを向ける。
「発光レベル上昇中。まるでピカピカのLED人間です!」
「例えが雑だな!」
「体は!? 痛くないの!?」
ユカが駆け寄る。
カイは自分の腕を見下ろし、
何度か拳を握った。
「……平気だ。むしろ、妙に冴えてる」
「それはそれで怖いんだけど!」
白い光が、
脈打つように強くなる。
どう見ても普通ではない。
なのにカイは、
自分の身体に起きた異変を観察するように、
妙に落ち着いていた。
やがて何かに気づいたように、
机の上へ視線を向ける。
そこには、
空になったペットボトルが置かれていた。
カイが右手を向ける。
「ちょ、ちょっと何するの――」
「……何か、できそうなんだ」
「何かって――」
バシュッ!!
空気が弾けた。
目に見えない衝撃が走り、
ペットボトルが勢いよく吹き飛ぶ。
壁にぶつかり、
床を何度も跳ねて転がった。
「えええええっ!?」
ユカとピコの声が重なる。
「今、触ってないよね!?」
「非接触型エネルギー射出を確認。これは明らかに《能力》です!」
カイは答えない。
ただ、
自分の右手を見つめている。
その表情から、
さすがに余裕が消えていた。
「……なんだよ、これ」
白い光は、
まだ消えない。
いつもの家。
いつもの夕暮れ。
今夜は三人で鍋を食べる。
ただそれだけのはずだった日常に――
普通ではない《何か》が、
入り込んでいた。
***
それからしばらくして。
食卓では、
土鍋から白い湯気が立ちのぼっていた。
出汁をたっぷり吸った白菜。
鶏肉。
豆腐。
長ねぎ。
きのこ。
ぐつぐつと煮える鍋を挟み、
ユカとカイが向かい合って座っている。
その間を、
ドローンモードのピコが小さくホバリングしていた。
カイは箸を持ったまま、
自分の手のひらを見つめている。
間違いなく、
さっきこの手から衝撃波が放たれた。
夢でも見間違いでもない。
「……どうする? 明日、病院に行く?」
ユカが箸を止める。
「うーん……」
カイは少し考えた。
そして、
「でもさ。できるようになっちまったもんは、悩んでも仕方ないだろ」
何事もなかったように、
鍋から白菜と長ねぎをすくい上げた。
「のんきねー」
ユカは呆れながら、
豆腐にゆず風味のぽん酢をたっぷりかける。
「ストレス耐性、異常値です。普通の人間なら動揺して、取り乱します」
「いやいや。取り乱したところで、何も変わらないだろ?」
カイは肩をすくめる。
そして、
ふと思いついたように口を開いた。
「……これ、動画に上げたらバズるかな」
「は?」
「《突然、能力に目覚めた男》とか」
「トップ・データチューバーも夢ではありませんね。登録者100万人、秒読みです」
「やめなさい。絶対やめなさい」
ユカの声だけが、
急激に冷たくなった。
「せめてセラ博士に相談したら? こういう現象、放っておくの怖いよ」
「ああ、それはそうだな。明日、仕事で会う予定がある。そのときに話すよ」
「絶対だよ? 私もレンに伝えておくから」
その名前を聞いた瞬間。
カイの眉が、
わずかに動いた。
「そういや、お前たち……付き合うようになったのか?」
ユカの箸が止まる。
「……」
そのまま、
がくんと肩を落とした。
代わりにピコが答える。
「ええ。まったく進展しておりません」
「えっ、まだなのか?」
カイが本気で驚いた。
「い、今は関係ないでしょ!」
ユカの頬が一気に赤くなる。
「俺なんてな、ユナと出会って――確か5〜6話くらいで付き合いだしたぞ」
「メタ発言、禁止!」
「時間軸の壁を越えましたね」
「いや、事実だろ?」
「事実でもダメなの!」
能力が発現した。
カイの身体が光った。
衝撃波まで撃てるようになった。
明らかに普通ではないことが、
この家で起きている。
それでも。
土鍋からは湯気が立ち、
ユカは頬を膨らませ、
カイは笑い、
ピコは二人の間を飛んでいる。
今日もセイラン家の夕食は、
いつも通り賑やかだった。
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