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第1話④「24箇所達成記念」

データ管理省ビル。


ユカは自席に戻ると、

端末の前で大きく息を吸った。


「……よし。いきなりは書かない」


隣にいたピコが、

興味深そうに反応する。


「ほう?」


ユカは空中に新規ドキュメントを開いた。


だが、

表示したのは本文ではない。


ページ上部には大きく、


《骨子》


と書かれていた。


「まずは事実の整理」


ユカは指を動かしながら、

項目を並べていく。


「時系列、原因、対応、結果。

感想は後回し」


画面に文字が増えていく。


・浮遊エリアにてピース回収

・断面照合によりL&Tシンク案件と接続判明

・一致率96.1%

・転送手配済み

・再構築成功確認待ち


ピコが感心したように画面を見る。


「以前とは、

ずいぶん書き方が変わりましたね」


「でしょ?」


ユカは少し得意げに笑った。


「いきなり文章を書き始めると、

前提を飛ばしたり、

結論を書いても“だから何?”ってなるからね」


以前なら、

思いついた順番でそのまま書いていた。


現場で何をした。


次に何をした。


そのあと何が起きた。


本人には分かっていても、

読み手には伝わらない。


何度も指摘されて、

ようやく分かったことだった。


「あと、やった順じゃなくて、

読み手に伝わる順で書く」


ユカは骨子を並べ替える。


「まず結論。

次に全体像。

そこから各論を説明する」


「素晴らしいです」


ピコが即座に評価する。


「論理構造が、

かなり安定してきました」


「問題はここからなんだよねぇ……」


ユカの顔が曇る。


「アランさん、

細かいところまで見てくるから」


指を折りながら、

嫌そうに再現する。


「“主語が曖昧”」


もう一本。


「“根拠を提示してください”」


さらに一本。


「“その判断基準は何ですか?”」


ピコが提案する。


「再現精度を上げますか?」


「やめて。

今は思い出したくない」


そう言いながらも、

ユカの口元は少し笑っていた。


***


骨子が完成すると、

文章化に移る。


結論。


事実。


分析。


意義。


今後の対応。


一文ずつ、

意味を確認しながら組み立てていく。


「ここ、“かなり改善した”はダメだな……」


ユカは自分で文章を消す。


「何が、どれだけ改善したか書かないと」


ピコが誤字脱字チェックを走らせる。


「誤字ゼロ。

数値の整合性も問題ありません」


「よし……次」


ユカの顔に、

いたずらっぽい笑みが浮かぶ。


「《アラン部長プロンプト》、起動!」


画面上に、

仮想アランが立ち上がった。


『結論が抽象的です』


「ほら来た!」


『“成果があった”ではなく、

何が、どの範囲で改善されたのかを

明示してください』


「はいはい、具体化ね!」


すぐに修正。


再判定。


『L&Tシンクとの連携プロセスを、

もう一段具体化してください』


「まだ足りないの!?」


再び修正。


『良いでしょう。

ただし、今後の再発防止策が弱いです』


「まだ来るの!?」


隣でピコがうなずく。


「実に本人らしいです」


「自分で作っといて腹立ってきた!」


それでも、

指摘候補を一つずつ潰していく。


文章は少しずつ研ぎ澄まされていった。


やがて。


「……よし」


ユカは椅子にもたれた。


「ここまでやれば……!」


「構造、根拠、客観性、網羅性。

かなり高い水準です」


「完璧?」


「完璧です」


ユカは画面を見つめる。


「……って言い切られると、

逆に怖いんだよね」


前回もそうだった。


これならいける。


そう思って提出した。


そして戻ってきた報告書は、

見事なまでに赤かった。


「前回もさぁ……

“今回は完璧!”って思ったんだよ」


「完全に条件反射ですね」


「え?」


「軽度の《アラン後遺症》です」


「そんな病名つけないで!」


「もう、当たって砕けろです!」


「砕けるのヤダよ〜!」


ユカは半分泣きながら、

送信ボタンへ指を伸ばした。


以前なら、

ここでもう一度読み返していた。


そして直す。


また不安になる。


さらに直す。


だが今日は、

指が止まらなかった。


カチッ。


《送信完了》


「……送っちゃった」


画面を見つめる。


そして、

小さく息を吐いた。


「今の私にできることは、

ちゃんとやった」


その顔には、

以前にはなかった納得があった。


***


一時間後。


端末が通知音を鳴らした。


ユカの肩が跳ねる。


「……来た」


差出人。


《アラン部長》


「早くない?」


「仕事が速いですね」


「そういうところだけ

今日は遅くていいのに……」


恐る恐る、

レビュー画面を開く。


赤。


赤。


赤。


画面のあちこちに、

修正マークが並んでいる。


「…………」


ユカの顔が固まった。


ピコが即座に集計を開始する。


「数えます」


「数えなくてもいいよ……」


「指摘――」


「言わなくてもいいって!」


「24箇所です」


「に、にじゅうよん……?」


肩が落ちる。


「あれだけやって、

まだ24もあるのぉ!?」


画面をスクロールする。


『主語が曖昧』


『この数値の母数を明示』


『再発防止策を定量化してほしい』


そして。


『“十分”の定義は?』


ユカの手が止まった。


「“十分の定義は?”って何〜……!」


「抽象語に対する警戒心が

かなり高いですね」


「十分は十分でしょぉ……」


机に突っ伏す。


「完璧だと思ったのにぃ……」


すると、

ピコが淡々と告げた。


「ですが、初回は108箇所でした」


「うっ」


「前回は63箇所」


「ううっ」


「今回は24箇所」


ユカが、

ゆっくり顔を上げる。


「……減ってる」


「大幅に」


「ものすごく減ってる……?」


「はい」


ピコは続ける。


「しかも今回は、

構成そのものをやり直すような

大幅修正がありません」


ユカは改めて、

赤字コメントを見る。


確かに。


指摘されている意味が分かる。


以前のように、


何が悪いのか分からない。


何を直せばいいのか分からない。


そんな恐怖はない。


「……あ」


一つのコメントを読む。


「なるほど。

ここ、母数書いてなかった」


別の指摘を見る。


「あー……確かに。

“十分”じゃ分かんないか」


ピコが言った。


「確実に、

《読まれる文章》に近づいています」


ユカはしばらく画面を見つめ――


ふっと笑った。


「……でも、

まだ道は長いなあ」


「《アラン部長プロンプト》の

精度向上も必要です」


「そうだね」


ユカも真剣な顔になる。


「今のは《厳しめモード》だったけど……」


腕を組む。


「《揚げ足取りモード》が

足りなかった」


「分析を開始します」


「本当に作るの!?」


言いながら、

ユカは姿勢を正した。


赤字コメントを一つ選ぶ。


修正。


次。


修正。


さらに次。


修正。


「……24なら」


キーボードを叩きながら、

ユカが笑う。


「戦える」


「その意気です」


画面から、

赤い文字が一つずつ消えていく。


失敗が、

修正へ変わる。


修正が、

経験へ変わる。


そして経験が、

次の自分につながっていく。


「いつか……」


ユカは次の指摘を開いた。


「ゼロにしてみせるからね。

アランさん」


その目は、

もう赤字から逃げていなかった。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※『フラグメンツ・シリーズ』一覧はこちら。

https://ncode.syosetu.com/s8950k/


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