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第1話②「共鳴する世界」

浮遊エリア。


雲海の上に、

不安定な空中地盤が浮かんでいる。


足元では重力がわずかに揺らぎ、

遠くでは光の航路が幾重にも交差していた。


ユカは地面にしゃがみ込み、

携帯端末を展開する。


幾何学模様のホログラムが、

淡い光を放ちながら空間へ広がった。


「……ここ。歪みの中心」


表示された座標を指さす。


隣でピコがドローンモードへ変形し、

周囲をスキャンする。


「座標固定。

位相、0.02ずれています」


「やっぱり」


ユカがうなずくと、

ピコが特殊スプレーを噴射した。


白い霧が、

何もない空間へ溶けていく。


次の瞬間。


ビリッ。


空気が震えた。


「出た」


それまで何もなかった場所に、

淡い光を帯びた結晶が浮かび上がる。


《ピース》。


大きさは、

ユカの掌に収まるほどしかない。


けれど透明な結晶の内部では、

無数のデータが細い光となって、

複雑に流れ続けている。


ユカはARグローブを装着した。


ゆっくりと手を伸ばす。


指先がピースに触れた瞬間、

ひやりとした感触が神経を駆け抜けた。


光が指先へ絡みつく。


まるで、

触れた相手を確かめる生き物のように。


「慎重にですよ」


ピコが横から念を押す。


「前回みたいに、

爆発させたら大変ですからね」


「うっ……」


その一言で、

ユカの脳裏に嫌な記憶がよみがえる。


ニュース画面に踊った、

あの見出し。


《廃工場で大爆発。

ピース回収中の事故か?》


ユカの眉がぴくりと動く。


「その話、今する!?」


「重要なリスク情報です」


「それ思い出したら、

余計に集中できなくなる!」


「では、爆発させないでください」


「それならないように集中してるの!」


ユカは息を整えた。


力任せに引き抜かず、

両手で包み込むように持ち上げる。


ピースが、

ゆっくりと空間の歪みから離れていく。


そのまま回収ボックスへ。


カチリ。


ロック音とともに、

結晶の光が弱まった。


足元の振動も止まる。


ユカは数秒ほどボックスを見つめ――


「……よし、完了!」


ぱっと表情を明るくした。


手の甲で額の汗を拭う。


緊張から解放された身体に、

仕事をやり終えた達成感が

じんわりと広がっていった。


***


「いただきまーす!」


数分後。


ユカは飛行バイクの荷台から

ランチボックスを取り出していた。


ふたを開けた途端、

温かな香りが広がる。


特大おにぎり。


唐揚げ。


卵焼き。


ブロッコリー。


プチトマト。


「うわぁ……最高」


まずは、

特大おにぎりにかぶりつく。


「おいし〜……」


頬をいっぱいに膨らませながら、

ユカは眼下へ視線を向けた。


浮遊エリアから見渡す、

アストラシティ。


雲を突き抜けるタワー群。


ビルの合間を走る光の航路。


輸送機。


空中列車。


さらに遠くには、

陽光を反射する青い海が見える。


ユカはおにぎりを持ったまま、

満足そうにうなずいた。


「なんかさ……

ここから見ると、

世界を征服した気分になれるよね」


「それは悪役のセリフです」


ピコが即答する。


「もっとも悪役なら、

おにぎりではなく、

ワインやブランデーでも

嗜んでいそうですが」


「それ、完全に偏見だから!」


ユカは笑いながら、

残りのおにぎりを口へ放り込んだ。


食事を終える。


水筒のほうじ茶を一口。


温かさが、

ゆっくりと喉を落ちていく。


「あ〜……」


そのまま地面へ寝転がった。


視界いっぱいに広がる、

青い空。


流れていく雲。


頬を撫でる、

穏やかな風。


「……平和だなあ」


思わず声が漏れる。


すると、

すぐ隣から現実的な声が返ってきた。


「本当に平和かどうかは、

ユカがこのあと書く報告書次第です」


「え?」


「アラン部長の赤字チェック。

回避してくださいね」


「うわぁ!

現実に戻さないで!」


せっかくの気分を壊されたユカが、

顔をしかめる。


その瞬間だった。


ザザッ……!


「え?」


世界が歪んだ。


空。


雲。


遠くのタワー。


空を走る空中列車。


すべての輪郭が、

突然ほどけていく。


色が消える。


形が消える。


代わりに現れたのは――


波。


無数の音。


振動。


互いに重なり合い、

ぶつかり合い、

響き合うもの。


世界そのものが、

巨大な楽器のように震えていた。


「なに……これ……?」


ユカは身体を起こした。


目を見開く。


空間を満たす無数の波が、

自分の身体を通り抜けていく。


高い音。


低い音。


柔らかな振動。


鋭い振動。


人。


建物。


空。


雲。


目に映るすべてが、

それぞれ違う響きを持っている。


世界は、

色でできているのではない。


形でもない。


――《共鳴》。


そんな言葉が、

なぜか頭に浮かんだ。


「……聞こえる」


空間の奥深く。


無数の響きの中に、

ひとつだけ異質な音が混ざっている。


かすかな不協和音。


何かが、

世界の調律から外れている。


ユカは、

吸い寄せられるように手を伸ばした。


その瞬間――


パチン。


「……っ!」


世界が戻った。


青い空。


白い雲。


アストラ・シティのタワー群。


さっきまでと何も変わらない景色が、

目の前に広がっている。


「どうしました?」


ピコの声。


ユカは、

自分の伸ばした手を見つめた。


「……わかんない」


「?」


「一瞬だけ、

変な景色が見えた」


ピコのセンサーが点灯する。


周囲を何度もスキャン。


しかし。


「ピコのセンサーは、

異常を検知していません」


「そっか……」


ユカはゆっくり立ち上がった。


もう一度、

街を見渡す。


何も変わっていない。


それなのに。


胸の奥には、

さっき感じた振動が、

まだ小さな波紋のように残っている。


(気のせい……だったのかな?)


そう思おうとした。


けれど。


あまりにも鮮明だった。


色よりも。


形よりも。


むしろ今見ている景色のほうが、

作り物だったように思えるほどに。


遠くで、

風が鳴った。


その音が一瞬だけ――


さっきの世界と、

重なって聞こえた。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※『フラグメンツ・シリーズ』一覧はこちら。

https://ncode.syosetu.com/s8950k/


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