第1話①「夕暮れの帰り道」
夕暮れの帰り道が好きだった。
風が吹くたび、
影が少しずつ長くなっていく。
家までの道は、いつも同じなのに――
あの日だけは、何かが違って見えた。
……誰かが、待っている気がして。
***
夏の夕暮れ。
一日の熱を残した道に、
長い影が伸びていた。
太陽は地平線へ半分ほど沈み、
空は橙から群青へ、
ゆっくりと色を変えていく。
遠くで鳴く虫の声。
風に揺れる草の音。
どこかの家から漂ってくる、
夕飯の匂い。
毎日繰り返される、
ありふれた帰り道だった。
その道を、
ひとりの少女が歩いている。
大きな麦わら帽子。
背中まで伸びた長い髪が、
風に合わせて揺れている。
少女の顔は、
帽子の影に隠れてまだ見えない。
ただ足元から伸びる影だけが、
夕陽とともに、
少しずつ長くなっていった。
少女が、ふと立ち止まる。
足元に、
小さな光があった。
砂利のあいだから覗く、
かすかなデータの欠片。
夕陽を反射した
ガラス片のようにも見える。
けれど、その光は一定ではない。
明るくなり。
弱くなり。
まるで呼吸するように、
淡く明滅している。
少女はしゃがみ込み、
そっと手を伸ばした。
指先で拾い上げる。
掌の上で、
小さな光が揺れる。
その瞬間――
「ユナ……」
風に溶けるような、
かすかな囁き。
少女――ユナが、
はっと顔を上げた。
「……え?」
辺りを見回す。
誰もいない。
まっすぐ伸びる道。
風に揺れる草。
夕陽に染まる家々。
遠くへ帰っていく鳥の影。
さっきまでと何も変わらない、
いつもの帰り道。
「誰……?」
返事はなかった。
代わりに、
強い風が吹き抜ける。
「あっ!」
麦わら帽子が、
ふわりと頭から離れた。
橙色の空へ舞い上がる。
ユナが手を伸ばす。
その瞬間――
掌の光が弾けた。
***
白い世界。
無数の映像が、
断片となって点滅する。
都市のスカイライン。
行き交う人々。
誰かの笑い声。
空を走る交通網。
世界中をつなぐ通信網。
積み重ねられてきた、
膨大な人類の記録。
そして――
すべてを飲み込む、
白い光。
街が崩れる。
ホログラムが歪む。
無数のデータが、
光の粒子となって空へ舞い上がっていく。
空には、
壊れたデータ構造の残骸が漂っていた。
「世界が白い光に包まれたあの日。
真実を判定していた
《シン統治システム》は消滅し、
人類が蓄積してきた膨大な記録は
世界中に飛散した。
人々はそれを“ピース”と呼び、
失われた世界を
少しずつ、つなぎ直している。
……私たちの仕事は、
その欠片を見つけ出し、
未来へ繋ぐこと。」
***
世界連合政府首都――
アストラ・シティ。
青い空を、
一台の小型飛行バイクが駆け抜けていく。
ビル群のあいだを抜け、
光の航路を横切り、
さらに上空へ。
バイクにまたがっているのは、
データ修復士の防護服を着た少女。
ユカ・セイラン。
その後方には、
AIサポートロボのピコが
ドローンモードで追従している。
「あ、見えてきた」
ユカが前方を指さす。
「今日の現場は、
あの浮遊エリアだよ」
雲の合間に、
歪んだ地形の残骸が浮かんでいた。
まるで大地の一部だけを
空へ切り取ったような、
不安定な浮遊区域。
ピコのセンサーが光る。
「規模、大きめですね。
高エネルギー反応を検知しています」
「ってことは、
大きなピースがありそうね」
ユカは速度を少し落とした。
さっきまでの軽い表情が消え、
仕事の顔へ変わる。
「慎重にやらないと」
「了解です!」
飛行バイクは、
雲の向こうへ進んでいく。
失われた世界の欠片が眠る場所へ。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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