第4話②「サーバ街で出会ったもの」
アストラ・シティ第11地区――通称《サーバ街》。
アストラシティで生み出される膨大なデータを処理し、保管するために造られた巨大データセンター群だ。
交通管制。
物流。
行政サービス。
金融決済。
都市インフラの制御。
街を動かす無数の情報が、最終的にここへ集まってくる。
その規模は、もはや施設というより、ひとつの街だった。
巨大なサーバ棟が、ビルのように幾何学的に立ち並んでいる。
銀色の外壁。
建物を縦横に走る冷却ダクト。
地下の電力施設へ伸びる太いケーブル。
建物同士を結ぶデータブリッジ。
地面には青白いメンテナンスラインが光り、無人搬送機が絶え間なく行き交っている。
本来なら、人間の姿はほとんどない。
大量の機械を冷却するため、地区全体の気温さえ低めに保たれている。
ところが――
ユカたちが到着した瞬間、異変は肌でわかった。
「あっつ……! なにこれ!?」
ドローンモードのピコから降りた途端、熱気が全身を包んだ。
冬のはずなのに、真夏の炎天下のようだ。
銀色の建物から吐き出される熱風が道路を吹き抜け、地面からは陽炎が立ち上っている。
遠くのサーバ棟が、ぐにゃりと歪んで見えた。
「データ異常による暴走で、巨大サーバが異常昇温しています! 冷却制御も正常に機能していません!」
ピコのレンズが高速で動く。
あちこちで警告ランプが赤く明滅していた。
本来なら整然と走っているはずの無人搬送機が道路の途中で停止し、冷却ダクトの一部から白い蒸気が噴き出している。
巨大なファンが狂ったように回転していた。
それでも排熱が追いついていない。
「このままじゃ、物理的に焼き切れる……早く止めないと!」
「そのためには、まず異常の発生源を特定する必要があります!」
ユカは周囲を見渡した。
見える範囲だけでも、サーバ棟は数十。
その奥にも、同じような銀色の建物が延々と続いている。
「原因の特定……」
ふと、自分の手を見る。
「これ、私の能力でできないかな?」
「え? ユカの《レゾナーレ》で、ですか?」
ピコの液晶表示が忙しく明滅する。
演算中。
数秒後。
ぴこーん!
「ひらめきました! 潜水艦です!」
「えっ、水に潜るの?」
「なぜこの状況で水に潜る必要があるのですか?」
「ピコが潜水艦って言うからじゃん!」
「違います! 潜水艦の《ソナー》です!」
ピコはユカの目の前へ回り込んだ。
「ソナーは、音を使って対象物の位置や距離などを調べる技術です。音を送り、その反射を捉えることで、水中のように視界の利かない場所でも対象を探知できます」
「あっ、それ、映画の『U・ボート』とか『眼下の敵』に出てた!」
「ずいぶんマニアックなものを見ていますね……」
ユカは腰に手を当てた。
「カイがこういうの好きなんだよ」
「なるほど。納得しました」
「よし、やってみる!」
「相変わらず実行までが速いですね!?」
ユカは道路の中央にしゃがみ込み、地面へ片手を当てた。
目を閉じる。
サーバの駆動音。
冷却ファンの回転。
電力設備の低い唸り。
足元を走る、かすかな振動。
それらが少しずつ輪郭を持ち始める。
ユカの瞳に、淡い光の輪が浮かんだ。
「――《レゾナーレ・ソヌス》!」
キィィィーン――
ユカを中心に、円状の共鳴波が放たれた。
道路を走り、建物を抜け、巨大なサーバ街全体へ広がっていく。
世界から色が消えた。
代わりに現れたのは――音と振動。
無数の波が重なり合う世界。
ユカは息を止めた。
「……すごい」
送り出した共鳴波が、次々と戻ってくる。
建物。
地下配管。
冷却設備。
回転するファン。
数え切れないサーバ。
それぞれが違う響きを返してくる。
ユカの意識の中で、見えないサーバ街の姿が音によって形作られていく。
「これが……ソナー」
巨大なサーバ群は、ひとつの共鳴体だった。
無数の機械が、それぞれ異なる音を発しながら、それでも全体としてひとつの規則正しい低音を奏でている。
巨大な街そのものが、ひとつの楽器のようだった。
だが――
その中に。
ひとつだけ。
濁った音。
ドクン。
ドクン。
周囲の旋律から外れ、脈打つように歪んでいる。
「……いる」
ユカの目が開いた。
迷いなく指を伸ばす。
「あそこ!」
ピコが即座に方角を照合する。
「北側第3冷却棟! 行きましょう!」
二人は走った。
***
第3冷却棟。
扉が開いた瞬間、さらに強烈な熱気が押し寄せた。
「うわっ!」
空気が重い。
壁面いっぱいに並ぶ冷却装置が唸りを上げ、赤い警告表示が至るところに浮かんでいる。
そのとき――
床を走っていたデータ光が、突然、上へ伸びた。
黒いコードが束になる。
絡まり、ねじれ、凝縮する。
やがて、人のような輪郭を作り始めた。
「これ……前と同じ!」
「データゴブリン、来ます!」
歪んだ顔。
異様に長い腕。
鋭い爪。
口らしき裂け目から、ノイズ混じりの咆哮が漏れる。
一体。
二体。
三体。
ユカは手を前へ出した。
「《レゾナーレ・タクト》」
光が集まり、細長いタクトを形作る。
剣ではない。
敵を斬るためではなく、世界を導くための指揮棒。
ユカはゴブリンたちを見ながら、眉を寄せた。
「でもさ、なんでRPGのモンスターみたいな姿になってるの?」
「仮説ですが、暴走したデータが、この場の状況に最も適応した形で現実化したものと考えられます」
「それがなんでモンスターなの? もっとかわいいゆるキャラでもいいわけじゃん。《でばっぐ君》みたいに」
ユカお気に入りのゆるキャラである。
ピコは少し考えた。
「それは、ご自分で考えてください」
「あっ、ひどーい! こっちが聞いてるのに丸投げ!?」
ゴブリンたちが一斉に跳躍した。
「わっ、話してる途中!」
ユカは一歩踏み出す。
タクトを構えた。
「世界よ、響いて――《レゾナーレ》!」
光の軌跡が弧を描く。
柔らかな波紋が広がった。
それはゴブリンたちを吹き飛ばさない。
斬り裂きもしない。
ただ、包み込む。
空間を満たす旋律に触れた瞬間、ゴブリンの輪郭が大きく揺らいだ。
黒い歪みだけが、するりと剥がれていく。
そして――
すべてが無害なデータへと還元された。
「やりました!」
ピコが声を上げる。
だが、ユカはタクトを下ろさなかった。
「……まだ、終わってない」
ゴゴゴゴゴ……。
床が震え始める。
先ほどとは比較にならない、低く重い振動。
巨大サーバの中心部から、黒いデータの渦が巻き起こった。
コードが何層にも絡み合う。
圧縮される。
さらに別のデータを取り込み、肥大化していく。
「エネルギー反応、急上昇! これは――《オーガ・タイプ》に分類されます!」
渦が裂けた。
そこから現れたのは――
ゴブリンの数倍はある、二体の異形。
赤熱する外殻。
床まで届きそうな巨大な腕。
その全身から、空間そのものを歪ませるような振動が放たれている。
ユカはタクトを握り直した。
「データオーガ……」
巨大な二体を見上げる。
「中ボスどころじゃなさそうだね」
「心拍数、上昇しています」
ピコがユカを見る。
「でも――逃げませんよね?」
ユカは口元を上げた。
「当たり前でしょ」
次の瞬間。
ガアアアアァァァッ!!
二体の咆哮が、巨大なサーバ街を震わせた。
赤い警告灯が明滅する。
冷却ファンが唸る。
灼熱の空気の中――
第二ラウンドが、始まろうとしていた。
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